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二十四話目

 しばらく飛行すると町が目に入ってきた。そこまで大きくはないが、それなりに賑わっているのが見て取れる。少しあそこで情報収集としゃれ込もう。

「ちょっと降りるぞ」

 一応断りを入れてからゆっくりと降下し、着地。それから俺はメアとゴーシュの方に向きなおり、

「ここで待っててくれ。先に俺が行って安全を確かめてくる。ゴーシュ。何かあったらすぐ叫べ。いいな?」

 メアは行きたそうにしていたが、俺はその提案をバッサリと切り捨てた。

 というのも、俺は脱獄犯であり、指名手配をされているかもしれないと思ったからだ。

 彼女たちと別れ、門の前まで移動したところで、

「《臆病な犬よ・息を殺し・己を殺し・同調せよ》」

 呪文を詠唱。やや遅れて俺の体が透明になっていき、やがて完全に周囲の景色と同化した。これは便利なのだが、いかんせん一人にしか有効じゃないのでほんの少し面倒なのだ。

 そのままの状態で門をくぐり、まずは一番賑わっている商店街を見て回ることにした。当然姿を隠している俺を認知できる者はいないのでたびたびぶつかったが、気づかれることはなかった。これに関しては幸運というしかない。

 あらかた物色し終えたところで、俺の目を引くものが一つ。そこには一枚の張り紙があった。

「――指名手配……か。やっぱりな」

 そこに書かれていたのは俺の情報と人相書き。おまけに懸賞金も馬鹿みたいに高くかけられている。

 その紙の横にはメアの捜索願も張られている。こちらも莫大な額だ。

 だが、ゴーシュのものは見当たらない。死んだと思われているのか、それともそもそも数に入れられていないのかはわからなかったが、これは使えると直感的に理解した。こうしてこそこそとしなくてもゴーシュがいればある程度はやっていけそうな気がする。

 そう思い立った俺はすぐさま踵を返し門の外へと足を向けた。そんな折、遠くの方で小さく何かが光った。俺は誘蛾灯に誘われる蛾のごとく、そちらに足を向けていく。するとそこにいたのは――三人の男女だった。

「……来た」

「――ッ!」

 まさか……ばれてる? いや、そんなまさか……。

「隠れてないで出てこいよ。なぁ、ウルブとやらよぉ」

「チッ!」

 すぐさま魔法を解除し、手を前に突き出して迎撃の態勢をとる。すると一人の少女が前に躍り出た。彼女はかかった前髪を払おうともせず、口を開く。

「《焦がせ・燃やせ・滅せ》!」

「《風の前の塵・虚しく掻き消えろ》」

 俺の手から放たれた熱線は彼女に直撃する前にぐにゃりと軌道を変えて空の彼方へと消えていった。こいつは……やばい。相当できる。

「っしゃ! 次は俺の番か!」

 次は黒髪の少年が威勢よく声を上げ、素早くポーズを取り出した。かと思うと、

「《目覚めろ・暴虐の徒・全てを破壊しつくせ》!」

 瞬間、少年の周りに黒い靄のようなものが結集し、それは形を成して鎧となる。フルアーマーなので表情は読み取れないが、こいつがどれだけ危険なのかはよくわかる。全身から肌が焼けるようなプレッシャーを放っていた。

「っらぁ!」

 瞬時に跳躍し、俺の隣に移動。かと思うと振り向きざまに強烈な痛打を放ってきた。何とか受け止めようとしたものの、とっさに突き出した右腕はひしゃげ、攻撃は俺の脇腹に突き刺さる。骨が砕ける音と内臓が破裂する音が頭の中でこだまする。

「がっ!」

「今だ、やれ!」

 今度前に出てきたのはマントを被った少女。彼女は自分の両腕を広げたかと思うと、そこから無数の鎖を放ってきた。それらはまるで意志を持っているかのように俺に襲い掛かってくる。

「クソが……捕まるかよ!」

 すでに体の方は再生を始めている。走り出すことには何の支障もない。

「《雷帝よ・御身の怒りを・いざ知らしめん》!」

 呪文を詠唱すると同時、足が雷光を纏い始める。

 俺は一気に跳躍し、鎖の包囲網を抜け切ったところで、もう一度彼らの方を向く。

「何だ? 逃げねえのか?」

「ったりめえだ。ここまでやられて逃げたら男がすたる」

 それもあったが、もし俺が逃げたらこいつらは絶対に追ってくるだろう。とすれば、メアとゴーシュにも危険が及ぶかもしれない。こいつらはここで始末しなければならない存在だった。

「ま、そういう男らしいのは嫌いじゃねえぜ。けど、残念。やらせてもらうわ」

 男はそう言ったかと思うと、大きく上体を逸らし、大きく叫び声をあげる。

「《竜王の子孫・その権威を・今こそ示せ》!」

 二重詠唱!? マズイッ!

 そう思ったのも束の間、鎧の口の部分から放射された火炎は俺の左手に直撃し、跡形もなく吹きとばす。

 痛みに耐えつつ地面を転がり、何とか体勢を立て直したかと思うと、さらに男が追撃を仕掛けてきた。

「クソがっ!」

 後退しようとしたところで――見えない壁のようなものにぶつかった。チラリと後ろを見るとそこには――俺の攻撃を受け流した女の姿。あいつの仕業か!

 しかし、その一瞬の隙が命取りとなる。回避が遅れた俺の顔面に容赦なく男の拳が叩きつけられ、後ろにある壁のせいで衝撃を逃がすこともできない。瞬間、俺の体を荒まじい痛みが駆け巡った。

「ぐ……ああああああっ!」

 痛い、痛い、痛い……感覚からして顔面がほとんど潰れた。眼球も破裂したのか再生するまで物を見ることも出来ない。口内もズタボロにされたせいで呼吸のたびに痛みが走る。

「……まだ生きてんのかよ。本当に化け物なんだな」

 かろうじてそんな声が聞こえてくる。耳はどうやら無事だったようだ。

 が、当面の問題はそこじゃない。こいつらをどうするかだ。

 一人一人が最高位の力を持っている上に、それが三人。分が悪いとしか言いようがなかった。

「……捕縛、します」

 そんな声の後に聞こえてくるのは風切り音とジャラジャラという耳障りな音。俺はまともに回避も出来ずにそれに捕らえられた。

「……捕縛、完了」

 この鎖は……魔道具か! 俺の魔力がどんどん吸収されていく……おかげで俺の再生速度が弱まってしまった。

 それにしても……不自然だ。こいつらは絶妙にバランスが取れている。というより、俺が相性が悪いと感じる相手ばかりだ。これは誰かが裏で手を引いているに違いない。

「お前らは……誰の差し金だ」

「答える義理はない。あなたを最重要機密として捕縛、拘束するのが私たちの使命です」

 空気の壁を作ったであろう女が告げる。

 ああ、そうかい。答えないってんなら……その体に聞くしかねえよなぁ?

「グ……オオオオオッ!」

「無駄無駄。その鎖は人間にはとても……」

 ピシッ……。

 微かだが、そんな音が響いた。かと思うとその音はどんどん大きくなり――やがて弾けた。

「……まさか。人間の力じゃ不可能なはず」

「ばぁか。てめえらさっき言っただろうが? 俺のことを化け物だってな」

「揚げ足取ってんじゃねえよ!」

 激昂した男がとび膝蹴りを仕掛けてくる。すさまじい速度だ……が、

「もう読めたわ」

 ほんの少し上体を逸らし、その顔面に拳を叩きこむ。流石に粉砕までは行かなかったが、吹き飛ばすことには成功した。

「嘘だろ……何で急に!」

「いや、わりぃ。お前と戦っていたらちょっと昔のことを思い出してな」

 かつて、肉弾戦において無敗を誇った男を俺は知っている。名門の出のくせに魔力を持たず、しかしそこで腐らずに自分の体術に磨きをかけてきた男――レックス。

 見た限り、この男はレックスより魔力量に優れている。きっと体術に主軸は置いたものの、他の魔法も使えるのだろう。ということはつまり……

「あのバカより体術は劣るってことだよ」

「っざけんな!」

 背中から羽を生やして距離を詰め、猛攻を仕掛けてくる。が、レックスとやり合った時に比べればこんなのおままごとだ。

「そらよっ!」

 突き出された拳をまともに受けることはせず、逆に絡め取りそれを支点にして奴の体を地面に叩きつけた。衝撃は鎧を貫通し、中の術者にまともに響く。

「もう一発!」

 拳を振り下ろしたところで、今度はぽわんという柔らかい感触。あの女の術か。しかし、甘い!

 この術より奇妙な術を俺は以前に何度も見てきている。千変万化、奇々怪々と謳われたヴィクターの奇術の方がよっぽどやり辛かった!

「オオオオオッ!」

 力任せに拳を振り下ろしていき――やがて粉砕。そのまま鎧の男に拳打を叩きこんでいく。

「……再度、捕縛を、実行」

 再び襲い来る鎖たち。だが、これも温い。

 かつて裸を見られたことにより怒りが頂点に達したアリシアが放った魔力のフルバーストに比べればこんなもの!

 ……いや、ちょっと回想を間違った。やり直しできない?

 その問いを否定するかのように飛来する鎖たち。ああ、そうかよ。じゃあいいや。

「《王の盾よ・主を守護せよ》!」

 詠唱は省略したものの、それは鎖を弾くことには成功。何とか凌いだようだ。

 そこで俺は大きく飛び退り、両腕を前にクロスして構える――俺の最大呪文の一つだ。止められるもんなら止めてみやがれ。

「《この世の嘆き・怒り・怨嗟……》」

「止めるぞ!」

 男の合図を契機に一斉に構える三人。あっちも最大呪文で迎え撃つつもりだ。

 いいぜ……やってやろうじゃねえか!

「《全てを持って・我らが敵を・粉砕せん》!」

「《覇龍の衣よ・ここに顕現し我らが盾となれ》!」

「《風神よ・森羅万象全てを薙ぎ払え》!」

「《回れ・回れ・回れ・意思なく・意味なく・ただ舞われ》!」

 瞬間、俺の手からは莫大な量の黒い炎が。

 男の周囲には何層もの重厚な鱗が。

 少女の手からは極大な風弾が。

 もう一人の少女の周りでは舞うように回る鎖が。

 それぞれ展開し、放たれ、衝突した。

 次の瞬間、その場一体が爆炎に包まれ――やがて静寂が訪れた。


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