二十三話目
「本当に、もう行くのか?」
「ああ、色々ありがとうな。助かったよ」
翌朝、俺たちは出発の準備を行っていた。メリーはまだ行ってほしくなさそうだったが、しぶしぶ了承してくれた。そんな彼に俺は微笑み、
「ちょっと待ってな。ほら、これ」
あらかじめ懐に入れておいた一冊の本を手渡した。彼は不思議そうにそれをジロジロと眺めている。
「これは?」
「俺の記憶をもとにして綴ったメモリーブックだよ。お前が生まれる前のマリカのことが書かれている。ま、参考程度にと思ってな」
メモリーブックとは対象の記憶を文字に改めて再変換したものである。俺は起きてからずっとその作業に従事していた。きっとメリーは自分の母親について知りたいだろうと思ったから、少しでもその助けになればと思ったのだ。
「ありがたい。母様にはまだまだ聞けてないこともあったのでな。大事に保管させてもらおう」
「だったらよかった。それじゃ、そろそろ行くよ」
「これは選別だ。持っていけ」
メリーが渡してくれたのは袋いっぱいに詰められた食料。俺は魔法を詠唱し、それを縮小化させてポケットの中に入れた。
「さて、行くぞ、メア」
他の魔法生物たちに別れを告げているメア。彼女は名残惜しそうにしていたものの、すぐに俺の方に寄ってきた。聞き分けがいい子である。
というか、あれ? ゴーシュは?
「ウル。あれ」
「ん?」
メアが指差す方を見れば、そこにはゴーシュの姿。何やら他の女型の魔法生物たちと話し込んでいる。よく耳を澄ませてみると……
『大丈夫。ちゃんと戻ってきますから心配しないで。も、もちろん責任は取ります……というか、とってもらうの間違いだと思うんですけど』
……あいつマジでやりやがった。いや、この場合はやられたの間違いか。
どちらにしろ、メアの教育上よろしくない。俺は終始メアの耳を塞いでいた。
そうこうしているうちにゴーシュがこちらに歩み寄ってくる。
「いやぁ、参りましたよ」
全然そうは見えない。むしろ嬉しそうだ。
「で? どうだったよ?」
我ながら下種い質問だと思う。だが、ゴーシュはなおも嬉しそうに頭を掻き、
「いやぁ……いいですね。人間よりもずっとよかったですよ」
魔法生物の中には多種と交わらなければ子孫を残せないものもいる。当然そう言ったものたちはそのテクニックが種族内でも磨かれているわけで、こういうことが起こるのも稀ではなかった。
「二人とも、何の話をしているの?」
「お前にはまだ早いことだよ」
そう。純粋すぎるメアにはまだ早いことだ。というか、もし俺とゴーシュだけの旅だったらもっとエグイことになっていただろう。ある意味メアが一種の清涼剤だ。
「あれ? そう言えば、椅子ウサギさんは?」
きょろきょろとあたりを見渡しながらゴーシュが告げる。
元兵隊のこいつならあいつの正式名称も覚えているはずだが、いつの間にか椅子ウサギで呼び方が統一されてしまったらしい。どうせならもっと可愛い名前を付けてやればよかったと少し反省した。
「あ、あれじゃないですか?」
見れば、先ほどのゴーシュの時のように何やら話し込んでいる。と言っても合成獣語は話せないので何を言っているのかはわからないが。
しばらくして、椅子ウサギがゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。だが、そこで俺は大きく息を吸い込み、告げる。
「なぁ、椅子ウサギ」
「ガウ?」
「お前、どうしたい? 俺たちについてきたいか? それとも……ここに残りたいか? どっちでもいい。お前の人生だ。自分で決めろ」
すると椅子ウサギは極まりが悪そうに体を揺すり始める。どうもこいつは迷っているらしい。きっと俺に対する忠義を貫きたいという思いと、愛する者と共に居たいという思いがぶつかり合っているのだろう。
……悪い。椅子ウサギ。これだけは使いたくなかったが……
「《暴け・示せ・晒せ》」
俺は誰にも気づかれないように呪文を詠唱。すると椅子ウサギのちょうど心臓の部分にぽつんと光が灯った。その光は揺らぎ、落ち着かない。動揺している証拠だ。
「俺たちとついてきたいか?」
光が大きく揺らぎ、何回か点滅を始める。
「ここに残りたいか?」
先ほどよりも大きく揺らぎ、激しく点滅。これは……決まりだ。
こいつはここに残りたいのだろう。だけど、俺たちに対する忠義がそれを邪魔しているのだ。なら、それを後押ししてやるのも主人の、そしてダチの務めだ。
「なら、椅子ウサギ。お前に命令だ……ここを守れ。ここにいる奴らを、この場所を、マリカが眠っている墓地を、護れ。それから、お前が愛するやつもな。命令違反は許さないから覚悟しておけ」
「――ッ!」
「……行くぞ」
無理やりゴーシュとメアの手を取って、呪文を詠唱。すぐさま空へと舞いあがった。
「ウオオオオオオオンッ!」
空高くまで響いてくる椅子ウサギの声。だが、これで良かったんだ。あいつは自分の居場所を見つけた。だから、それを邪魔するのは野暮ってものだ。
あばよ、ダチ公。また会おうぜ。
「……あら、雨?」
――ふと、メアがそんなことを言い始める。無論、空は曇りない青空。雨など降るはずもない。
だというのに、その雨は止むことなく、しばらく続いた。




