二十話目
「さて……これからどうする?」
少しだけ落ち着きを取り戻した俺はメアに向かってそう告げた。すると彼女は、
「あなたに任せるわ。だって、私はここのことを何も知らないもの」
「わかった。それなら、まずはゴーシュや椅子ウサギと合流しなくちゃな」
「そう言えば、メリーは食事の用意をするって言ってたわ」
あいつめ……別に腹が減っていたわけではないというのに、こういうところまでマリカそっくりだ。それをちょっとだけ懐かしく思っている俺も俺だが。
「じゃあ、まず腹ごしらえだ。それから出発しようぜ」
「ええ、そうしましょう」
俺は彼女の手を取って森の中へ再び入り、元いた場所へと戻っていく。
最初は道に迷うのではないかと考えたが、それは杞憂だった。何と、彼らはキャンプファイヤーを行っていたのである。魔法生物は火を恐れるはずだが、これももしかしたらマリカの教育の賜物かもしれない。もし敵だったらと思うとゾッとした。
「おお、お前たち。そろそろできるから待っていてくれ」
頭に特大のコック帽をかぶったメリーが告げる。おそらく、アラクネ族が作った特注品だろう。随所にそれらしき紋様が見て取れた。
彼は火の前に立ってことことと煮えたぎる鍋の中を凝視していた。たまに日が弱くなると随時自分が吐く炎を使って火加減を調節している。その様子がどことなく愛嬌が合って俺とメアはクスリと笑ってしまった。
「あの、よろしいですか?」
「ん?」
突如後方から聞こえてくる声。くるりと振り返ってそちらを見るとそこには一人の女性が立っていた。メリーがかぶっているのと同じようなコック帽をかぶり、前掛けをしている。そのおかげでほとんど肌の露出が見られなかったが、かなりのプロポーションをしているということは十分伝わってきた。
「こちらに席を用意しておりますので、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
彼女はにこにこと温厚な笑みをたたえたまま俺たちを席までエスコートしてくれた。なかなか気の利く娘さんである。きっとマリカ直伝の接客術だろう。
「あなたの種族は何?」
席に着くや否や、メアが興味深そうに問いかけた。するとその女性は愛想のいい笑いを浮かべ、
「私ですか? ドラゴニュートですよ」
ドラゴニュートとは、言ってしまえば龍人である。人間の知能とドラゴンの強靭さを持つ種族であり、こちらも激レアだ。俺だって見たのは初めてである。
「あなたと同じ種族の人はいるの?」
「いませんよ。でも、夫ならいます」
そう言って彼女が照れくさそうに指差した先には――メリーの姿。一瞬思考が停止しかけるが、そこでメリーから補足が入る。
「彼女はある特殊条件下ならドラゴンへと変貌できるのだよ。まぁ、普段は人間体だから色々不便もあるがな」
「ええ。主に一緒に寝る時とか」
かなりギリギリのネタだ。魔法生物というのは性に奔放すぎる。
「確かに潰されそうだものね」
一方こちらは何もその真意をわかっていないメアの意見。まだ純粋な彼女を見ていると、何だか自分がとてもやましい人間のように思えてきた。
「おっと、もう頃合いだな」
メリーは急に思い出したかのように言って近くにあった大皿に鍋の中身――チラリと見た限りではシチューを入れ、こちらの目の前にどんと置いた。野菜がふんだんに使われていて美味そうであるが、意外なことに肉が入っていなかった。
「悪いが、私たちは肉食を禁じているのだよ。そこは理解してくれ」
「ああ、わかってるよ」
彼らが肉食を禁じている理由はおそらく一つ。マリカの影響だろう。
彼女は神を信仰していた。だから学生時代もずっと食堂を利用せず自分で作った精進料理ばかりを食べていたのを覚えている。しかもそれが絶品だったものだから、よくレックスや俺は彼女に昼食代を払って作ってもらっていたものだ。
俺はそんなことを考えながらスプーンを取り、シチューを掬って口に運ぶ。
直後、芳醇な香りが口の中に広がって蕩けていく。野菜は硬すぎず柔らかすぎないちょうどいい塩梅で煮込まれており、種類も多くそれぞれ触感も味も違うことで肉が入っていないことが気にならないほどだった。
「美味い!」
「そうかそうか。そう言ってもらえると作った甲斐がある」
「よろしければ、こちらもどうぞ」
そう言ってメリーの嫁さんが差し出してくれたのは数切れのパン。
「シチューに付けて食べてみてください。美味しいですよ?」
言われるがままパンを掴み、そのままちょいとシチューの中に付け、そっと引き抜く。あまりもたもたしているとシチューが垂れてしまうのですぐさま口に運んだ。
すると、今度は単体で食べた時の数倍以上濃厚な風味が口の中に広がった。しかもそれだけではなく真のあるうま味が追加されている。付けた部分以外を少しかじるとそれがより深みを増していった。
「これは私特製の麦芽パンです。この近くで栽培しているのですが、いかがですか?」
「すごく美味しいわ。もっと頂ける」
目をキラキラさせながらメアは期待を込めていった。するとメリーたちはにこっと笑い、
「ああ、たくさんあるから好きなだけ食べてくれ。おい、リース。もっとちょっと火の番を頼む」
「ええ、わかりましたよ、あなた」
同時に頷きあう二人。数秒後、リースはその背中から翼を生やして大なべのところまで飛んでいき、メリーは巨大な両翼を羽ばたかせてどこかへと飛んでいった。見た限り、かなりのコンビネーションである。もしかしたらそれなりに長い付き合いなのかもしれない。
「あ……そう言えば、ウチの連れ知らないか?」
「あの人間の方なら現在離れで治療を受けていますよ。それから……合成獣の方は別の個体と遊んでいるようですね。さっき会いましたけど、いい雰囲気でしたよ?」
どうやらゴーシュはまだ治療……もといおもちゃにされているらしい。
しかし、それより意外なのは椅子ウサギの方だ。確かに合成獣というのはその特性上仲間に巡り合う確率が極めて低い。とはいえ、俺たちに会うのをすっぽかしてまでそちらに構っているとは思わなかった。
……もしかしたら、ここがあいつの生きる場所なんじゃないか?
ふと、そんな疑念が頭に沸いた。
もともとあいつは無理やり俺たちが連れ出してきたようなものだ。あの国にいても結局はこき使われるだけだし、自由はないと思っていたからだが、それは俺たちとの旅でも同じかもしれない。
だとすれば……取るべき道は一つ。
ここに残るか、それとも俺たちについてくるか――あいつ自身に選ばせることだ。




