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十一話目

 飛行すること小一時間。徐々に飛行速度が弱まり高度が下がってきた。数百年の倦怠で魔力回路が錆びついているらしい。ちょっとリハビリを行う必要がありそうだ。

 っと、そんなことより。

「メア。あそこの森でいったん降りるぞ。しっかり俺の手を掴んどけよ」

「ええ、わかったわ」

 首肯する彼女にこちらも頷きを返し、風を操って降下。ふわりとその場に着地し、俺は二人を解放した。こんなに動き回ったのも久しぶりだから妙に疲れが出ている。まずは魔力、次は体の方のメンテナンスをする必要がありそうだ。

「ねえ、ウル。ここは、どこ?」

 不思議そうなメアの声。見れば彼女はキョトンとして首を捻っていた。俺は肩を竦めつつ、そっけない返事を寄越す。

「さぁな。俺も来たことがない場所だから断定は出来ねえ」

「そう。それと、椅子ウサギさんが……」

 見れば椅子ウサギは制限時間を迎えたせいで元の形態に戻っていた。ちなみにゴーシュはそこにぐったりと座っている。少しずつ顔色もよくなってきているので、もうすぐ目覚めるだろう。

 そこで俺は椅子ウサギの方に寄り、コンコンとノックする。すると、一瞬のうちに獣の姿へと変化し、小さく唸り声を上げた。

「おいおい、そう怒るなよ。空を飛ばせたのは悪かったって」

「グルルルルルッ……」

「急に起こしたのも悪かった。だから許してくれよ。な?」

 だが――そこで俺はようやく気付いた。こいつが唸っている理由に。

 高いところに連れていかれたことを恨んでいるわけでもなく、機嫌が悪いわけでもない。今のこいつはただ……怯えているのだ。周囲に生物の姿は見えない。だが、椅子ウサギには野生の勘がある。きっと、この森には何かが――威嚇する必要性のある何かがいるのだろう。それだけは確かなことだった。

「ウル……どうしたの?」

「……心配すんな。俺が護る」

 不安そうな顔をして俺の顔を見上げてくる彼女の頭を優しく撫でてやる。彼女も何かを感じ取ったのだろう。小さくその肩が震えていた。

「グルルルルルッ……!」

 一層激しく椅子ウサギが唸りを上げる。こいつの見ている方に視線を寄越すとそこには、

「ドラ……ゴン?」

 そう。そこにいたのは紛れもない一匹のドラゴン。山のように巨大な体。ギラギラと月の光を浴びて輝く銀色の鱗。空を覆い尽くさんばかりに広げられた蝙蝠のような翼。そいつが金色の目を光らせながらこちらをジロジロと見ていたのだ。

「……メア。すぐに椅子ウサギに乗れ。そしたらすぐ逃げろ」

「でも……」

「いいから行け。早く」

 彼女は逡巡を見せたものの、こちらの手を最後にギュッと握ってから椅子ウサギのほうに駆けだした。直後、ドラゴンがその長い首を後ろに逸らし――その口から黒炎を吐き出した。それはまっすぐメアに――

「《大地の盾よ・顕現せよ》!」

 直撃する寸前で俺が出現させた土壁によって遮られた。その間にメアは椅子ウサギの背に何とか上り、すぐさまここから離れていく。ひとまずは問題解決だ。

「さて……どうするかな?」

 目の前にいるドラゴンは希少種・メタルドラゴン。口からあらゆる金属を溶かす炎を吐き、溶かした金属を体に纏わせる特性を持つドラゴンだ。防御力に関してはドラゴン界随一と言われている。正直、復帰戦としては荷が重すぎる相手だ。

 だが……やるしかない。少なくとも、彼女たちが逃げる時間ぐらいは稼げるはずだ。

「オオオオオオオッ!」

 不意に、ドラゴンが耳を塞ぎたくなるほどの咆哮を上げた。それは大地をも揺るがし、辺りの木々を揺らす。並みの生物ならこれだけで戦意を喪失させるだろう。だが!

「《火の雨よ降り注げ》!」

 俺は違う。咆哮の隙をついて攻撃呪文――《レイン・ファイア》――を詠唱し、奴の体に炎で出来た矢を降り注がせた。しかし、それらは全て堅牢な鱗に弾かれ地面に落下した。やはり、硬い。

「《悪魔の鎖・天使の輪・汝らの敵を束縛せよ》!」

 攻撃呪文がだめなら拘束呪文だ。木の幹ほどの大きさを誇る鎖がいくつも出現し奴の体をがんじがらめにする。さらに上空から落下してきた金色の輪が肥大化して奴の周囲を取り囲み、一気に収縮。そのまま徐々に締め付けていった。

 俺の覚えている中でも特に強力な呪文――《ディバインディング・クロス》――だ。そう簡単に破れる代物ではない。

「オオオオオッ!」

 ドラゴンは苦悶の声をあげながらそれらを振りほどこうともがく。だが、そうすれば逆に絡み取られていく始末だ。もう勝負は決した――かと思った次の瞬間、鎖と光輪が儚い音を立てて砕け散った。

「マジかよ」

 見れば、ドラゴンの体から小さく棘のようなものが出てきている。おそらく身体を捩らせると同時、それらで少しずつ傷をつけていたのだろう。小さな傷でもほころびができれば一気に崩れる。流石に知恵が回る。

 ドラゴンは敵意を孕んだ瞳でこちらを見据えると同時、飛翔。さらにそのまま急降下してきた。口の端からはチラチラと炎が覗いている。

 俺はとっさに両手を交叉させ、

「《受け止めろ》!」

 詠唱が完了したのとほぼ同時、眼前に空気で出来た壁が出現した。それは完全に奴を止めることはできないが、威力を抑えることには成功。勢いの緩まった隙に跳躍して回避。

「ガアアアアッ!」

 けれども――そこに重ねられる執拗なまでの追い打ち。ドラゴンは体を勢いよく旋回させ、まるで鞭のように自らの尾を振るった。それは見事に俺の胴体を打ち、真っ二つに両断する。

「グ……アアアアアッ!」

 流石に上半身と下半身が分かれる拷問は今まで受けてこなかった。気が狂いそうなまでの痛みが俺の体を駆け巡っているというのに、傷口はもう再生を始めている。やはり、死ねないらしい。

 それにしても、こいつは……やばい。ちょっと本腰を入れないとあいつらにまで被害が及びそうだ。本来なら手荒な真似は避けたかったが、仕方ないだろう。

 傷口が癒え下半身が再生すると同時、俺はゆっくりと立ち上がり口を開く。

「《雷帝の槍よ・愚かな反逆者に・正義の裁きを執行せよ》」

 俺の右手を中心に紫電が迸り、やがてそれらは凝縮して一本の槍となった。俺はそれをしっかりと掴み、投擲の構えを取る。

「――ッ!」

 流石に危険を感じ取ったのか、ドラゴンは飛び退って俺から距離を取ろうとする。だが、無駄だ。この槍は神速。奴が逃げる前にその体を貫くことなど容易い。

 右足をぐっと引き、上体を逸らして狙いを定める。最後に大きく息を吐き、

「行け……《雷帝の槍》!」

 躊躇なく、全身のばねを使って槍をドラゴンの胸元めがけて投擲した。

 決まったと、そう確信した。

 だというのに……それは誤認だった。

「《怒れるものよ・その怒りを置いて・魂を休めよ》」

 大きく開かれたドラゴンの口から放たれたのは黒炎ではなく呪文。瞬間奴の眼前に緑白色の半透明な壁が三枚出現する。数秒おいて、激突。俺の放った槍はまず一枚目を砕き、二枚目に至ったところで――ひびを入れることすらできずに霧散した。

「嘘だろ、おい……俺の最大呪文の一つだぞ? それにあいつ……呪文を?」

 高位のドラゴンが人語を話せることは珍しくない。メタルドラゴンもその類だ。だが、問題は奴が呪文を詠唱できたということだ。しかもあれは……

「オオオオオッ!」

 だが、俺の思考は耳を塞ぎたくなるような咆哮と放たれた黒炎によって遮られた。呪文を使った反動で一瞬だが回避が遅れる。無論、それこそが命取りだ。黒炎の直撃を受けた俺の右足は炭化し、ボロボロと崩れ始めている。俺は受け身を取ることすらできず硬い地面に叩きつけられた。

「く……っ!」

 足をやられた。さらに傷口が焼かれているせいで再生にも時間がかかる。もう回避は不可能だ。

 まぁ……もう避ける気はないのだが。

「……」

 無言のまま、ドラゴンはこちらに一歩一歩近づいてくる。だが、俺は奴の方を向いてニッと口角を吊り上げた。それを不審に思ったのか身構えるドラゴンをよそに、俺はぼそりとある名前を口にする。

「マリカ・マグノリア」

 すると、その名を聞いた途端ドラゴンがハッとした様子で目を見開いた。そして次の瞬間、

「貴様……何故その名を?」

 ややくぐもった声で問いかけてきた。俺は彼を安心させるように優しく微笑み、

「決まっているだろう。俺はあいつのダチだったんだ」

 告げた。

 俺の脳裏によみがえるのは、数百年前の出来事。投獄された俺に面会に来てくれた少女が話してくれたある話――ドラゴンの卵を拾ったという、話だった。


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