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23話 天水城の日中・憩

また拠点っぽい話し。

投下します。ご覧じれィ!


「あーしんど。机仕事って案外結構な労働だねーとんずらしたいわ」

「法正さん、賈駆さんの目の前で言ったら笑顔で袖掴まれて拘束されますよ?」

「それ有り得そうだから怖い」


昼下がり。城内の一室にて姜維と法正が机を挟んで椅子に座り、茶の容器を口に傾けながら机にある茶菓子を食している。しかし二人の居住まいは対照的で、姜維は茶の容器を両手で持ち姿勢も正しているが法正は机に顎を乗せ、「うだー」など怠そうな声を上げている。


「参ったなーちょっと路銀稼ぐつもりがこのザマだもん。夜逃げしようかなマジでしようかああそうだねやっぱ夜逃げしよう」

「……そんなに疲れますか?」

「伯っち分かってない! 私伯っちみたいに体力なんて無いからね? 槍でほあたたたーなんて出来ないからね? インテリ舐めんな!」

「いんて……なんです?」

「インテリ。こないだ、ひなっちと話してる時にそんな言葉が出て来てさ、私みたいな文官を指すんだって。意味は知識先導者? とか……まあいいや。なんかずっと北方の言葉らしいよ」

「へー、そんな言葉があるんですね」


そして姜維は再び茶を口に運ぶ。法正も机に顎乗せ状態のまま茶菓子を口にくわえ、もそもそと食べる。

最近まで姜維は法正の正直で歯に衣着せぬ性格が少し苦手であったが、城内では顔を合わせることもある。その度に何度か話してみたが案外悪くは無く、近頃ではたまの休憩に一緒に過ごし、こうして他愛のない会話だってするようになった。自分と近しい歳もあり、話し易いと言えば話し易いものである。……渾名自体はイマイチ慣れないが。

そんな中ふと、法正は姜維を見つめる。


「伯っちさぁ、聞いてもいい?」

「はい?」

「ひなっちの何処に惚れたの?」


そして間髪入れずにむせた。

咳き込む姜維をニヤニヤと法正は見、大人しく言葉を待つ。


「なっ、何を言ってるんですか別に私は惚れっ、れれてない……ことも、ありませんけど……」

「あっは、そんな照れなくてもいいじゃんってあれっ、今途中で認めたこの人?」

「最初に出会った時は頼りなさそうな人でしたけど、実際はそんな事は無くて他の男の方より力強くてですね? しかも思慮も深くて、私と似通っている所が結構ありますし、あの顔立ちとか今になって思い返しますと動悸が激しくなってですね」

「待って待って落ち着け伯っち。無理だろうけど一応言っておくね、静まれ」

「しかも子供っぽい所もありますし」

「うん、それは大いに同意」

「まあ、たまに意味がよく分からない事も仰いますが……」

「それは激しく同意。昨日さ、あの気が抜けてる様な将軍……呂布将軍だっけ、賈駆って人に紹介された時暫く口開けて呆けててさ、明後日の方向見て『現代の人達にエマージェンシーコール!』とか言ってたよね。アレ何だったんだろ」

「さあ……でもその後、陳宮って子から『無礼なやつなのです!』って言われて飛び蹴りされましたよね。まぁなんなく躱して、こけた陳宮さんに『君に足りない物、それは!身長、年齢、気品、情熱、脚力、身長!そして何よりも!速さが足りないッ!』って言ってましたけど……何だったんでしょう。身長って二回言ってますし」

「呂布将軍以外は呆然としてたよね。陳宮って子はなんか雷を打たれた感じだったけど」

「……ひなたさんって、翌々思えば変な方ですよね」

「今更でしょそれ」


そして再び茶を啜る。お互い軽く笑いながらも溜め息を吐き、法正は座り直して茶菓子手に持ち口に放り込む。姜維は「食べ過ぎると横に成長しますよ」と言い掛けたが黙っている事にした。女の逆襲は怖いものである。


「で、ひなっちは今なにしてんの?」

「確か、今は薺さん……臧覇さんと城下で見廻りを兼ねた案内に行ってますね。そろそろ戻ってくると思いますよ」

「ふーん。……でさ、ちょっと今度は真面目な話するけど」

「はい」


口の中にあった茶菓子は消え、姿勢を正して真っ直ぐと見て来る法正に応じ、姜維も座り直して法正を見つめる。いつもの軽い空気は纏って居らず、表情は無表情にも近い。


「近い内に大きい乱が起こると思うんだよね。……いや、確実に起きるって言っておこうかな。今の朝廷じゃ国を支える力なんてタカが知れてるけど、伯っちはどう思うよ」

「どう、とは」

「伯っちも頭良いから分かるでしょ。この国、あと何年保つと思う?」


――――異端、だと思った。

まるで日常的な会話をするかの様な気軽さで国の寿命を聞いてくる彼女に、表にこそ出さないが内心は驚きでいっぱいだった。動揺を隠す為に表情は崩れていないかと心配をする。


……もし、この場に漢に忠義を尽くす者が居れば、法正は手討ちにされようと文句は言えない。どころか一族も連座して極刑に処されるだろう。だが彼女は躊躇いなく姜維に問うた。歯に衣を着せる事を一切しない彼女でも、しかし頭の良い彼女なら分かるであろうに、それを知っていて尚訊く。


「仰る意味を分かりかねますが」

「まさかとは思うけど、本気で漢という国がこのまま生きるとは思って無いよね。今は私達二人だけなんだから、思ってる事を正直に話して欲しいなーなんて」


頬杖をつきながらも彼女は姜維を見据える。口調こそ軽いが、その笑みは先程とは違う。

自らの手に持つ茶の容器に視線を落とし、ゆっくりと彼女は答える。


「……正直に言うなら、早くてあと数年でしょう」

「あは」


姜維の答えを聞いた彼女は実に嬉しそうで、無邪気に笑みを浮かべた。


「そっか、そっか。伯っちもそう考えるんだね。いやー実に晴れやかな気分だよ、思っていても外で口に出したなら即首ちょんぱだもん」

「当たり前ですよ。言っておいて何ですが、私も今、心の臓が激しく動いてますよ」


互いに笑い合うと法正は机に顎を乗せて下の姿勢に戻った。

法正の問いに動揺こそしたが、彼女もやはり自分が口にした言葉の意味は理解していた。一般的な思考も持ち合わせていた。それに安心した姜維だったが、無邪気に笑う法正の目は笑っていないのに気付く。


「で、昨日同じ質問をひなっちにした訳よ。答えた内容は……まあ伯っちと大体同じで、今と同じ様に私も返したんだけど問題はそのあとよ」


視線だけを動かし見据えられる。ここまで言われたら何を切り出してくるか、大体想像は出来る。


「ひなっちさ、自分が言った事の重大さを重大とも何とも思ってないんだよね。言葉自体は口にしたら不味いって事は理解してたけど、伯っちみたいに少しの焦りを見せる訳でも無くて、それが何? って感じだった。まるで漢という国そのものを、何処にでもあるその辺の事象の一つとして捉えてるんだ」


何を思っての発言か。何を悟っての言挙か。


「伯っちがさっき私に抱いたはずの異質や異端って印象はさ、むしろひなっちにこそ当て嵌まると思うんだよね」


自分もそれなりに変わっているという自覚はある。

変人にして鬼才、

奇人にして偉才、

自分こそが他の人とは違う、その類だと思っていた。思っていた、のに。


「ねえ。ひなっちは……神坂日向は何者なの?」


彼はこのどれにも当て嵌まらない、自分とは全く違う人間。

対極の場にすら立っていない。何処か……別の立ち位置から見下ろされ、死角から見られているのではないかとさえ感じた。だから、目の前の彼女に問うた。


「それは私が答えて良い事ではありませんね」


だが微笑みと共に拒否の意を伝えられる。


「どうしても知りたいと仰るなら、ひなたさんに直接尋ねて下さい。私が答える事は出来ませんし、ひなたさんも答えぬならば止む無しと心得て下さい」

「それで納得しろって?」

「納得出来なくとも貴女にはひなたさんに強制する権利はありませんよ」


静かで。それでいて力強く見つめ返す彼女の眼には明確な拒絶。

話さないのではなく話せない。答える事が出来ない。

それだけ認識すると法正は溜め息を吐き、


「いいや。それだけ問題があるなら今は訊くの止めとく」


アッサリとその身を引いた。


「知ってしまうと引き返せない事もあるし。知っても私にはそんな覚悟は無いしね」

「それが賢明ですね。あまり軽い気持ちで聞いてしまうと後悔するかもしれません」

「ちなみにさ、ひなっちの事知ってるのは何人な訳?」

「私、董卓様に賈駆さんの三人だけですね。張遼さんや臧覇さんも知り得てません」

「大体は上の人、ね。……ちなみにさ、伯っちは正体知った時どう思ったの」

「ひなたさんはひなたさん。賈駆さんはどう思ったのかは存じ上げませんが、私はそう捉えました」

「……そんだけ?」

「だけです」

「へー愛されてるなーひなっち」


今度は顔を紅くさせ、あうあうと慌てて何かを反論する姜維を余所に、法正は顔を背けて別の事を考えていた。

神坂日向。

未だ彼の事を知る者は僅か。知ってしまえば退く事叶わず、なのか。それともそれは捉える者の受け止め方次第なのか。どちらかなのは分からない。

……だが。


少しだけ、彼に興味が沸いて来たのは確かである。






「とまぁ、城下の案内は粗方終わったか」

「忙しい中案内有り難うございました、薺さん」

「いやいや、私も警邏ついでに城下を回り気晴らしが出来て良かった。こうして外に出るとやはり己の根は武官だと再確認するよ」

「机仕事は気分が滅入ったら詰みますからね。効率的に」


城下の市井を一通り回り、休憩がてら適当な茶屋へと腰を落ち着かせると、給仕が茶を運び目の前の机へと置く。神坂はそれに一瞥くれると臧覇は「私の奢りだ」と掛け、謝辞と共に軽く頭を下げて互いに茶を手に取る。


「すみません、本当なら男の俺が払って然るべきなんでしょうけど」

「君はまだ給金が出ていないのだから気に病む事は無い。それに、私は君より年上だし上司なのだ。私が払う事も又然るべきだろう?」

「……どうも」


肩を竦めて微笑みを返すと、臧覇はそれを満足した様に受け止める。

市井は道行く人への商人の呼び掛けや人の会話で満ちている為、こういった場所でも静かで落ち着けるとは言い難いが、二人は特に気にするでも無く茶を進める。


「ふむ。恋君や華雄、音々君も戻って来たことだし、これで私も少しは楽が出来るな。日向君と睡蓮君の負担も少しは軽くなるだろう」

「その真名の人って呂布さんに華雄さん、陳宮ちゃんですよね。やっぱり優秀なんですか?」

「華雄は部下に人望はあるし、武も申し分ない上、私は良将だと思っている。ただ思考が単純だし机仕事には向かない、というより無理だな」

「あー完全な武官の方ですね」

「恋君の方は……まあ、兵の調練はそこそこ出来るし、普段は気が抜けている様に見えるが戦場では鬼神並の強さだ。武官として申し分は無い。……でも机仕事は見た事が無いな」

「……完全な武官ですね」

「音々君は文官でそこそこ優秀だが、基本は恋君にべったりの子供だからね。本人は恋君の軍師を自称してるし、己の仕事と恋君の仕事の二つはこなしてる以上優秀ではあるだろう。仕事内容で詠と言い争ってる所は、もう見慣れたがな」

「……あの、それ本当に負担軽くなるんですか?」

「なれば良いのにね」

「あれー?」


どこか遠い目をしている彼女に疑問の声を上げるが、本人はどこ吹く風。表情から察するにどこか諦めた感情を窺えるが、今は深く突っ込むのは止めて置こうと決めた。


「む、いやすまない。折角の逢瀬というのに無粋な話しをしてしまったかな」

「いえいえそんな。でも誤解を招きそうだからそれ以上は言わないで下さいね?」

「なんだ。私では不満か」

「不満と言うより薺さんの切り替えの鋭さには毎度ながら驚きです」

「フッ。そう褒めてくれるな」

「すげぇこの人ポジティブ過ぎる」


適当な相槌を入れ、その後は適当な話題をしつつ再び市井の中に身を投じ、その中で呂布と陳宮に遭遇して一悶着あったが、特に何も問題は無く見廻りを兼ねた案内は終えた。

ただ一つ、問題あるとすれば。




「なあ日向君。私はやはり恋君に弱いのだろうか。それとも私の思い込みなのか」

「すみません、それ多分必然です。薺さんは餌付けを余議無くされてますし、気持ちは分かります」

「……薺。ごちそうさま」

「はっはっは。今度は霞辺りにでもたかってやれ畜生」

「ふふん。恋殿の食事姿を拝めただけでも感謝するのです!」

「なんで君はそう偉そうなのかな? かな?」

「いたっ、痛たたたた! こら薺っ、頭っ、ぐりぐりするななのですーっ!」



臧覇の懐が寒くなった、と挙げるべきだろうか。


次回はちゃんと進みます。

感想ご意見、ここはどうなってんだーなんて意見があればどうぞ気兼ねなく。ではまた。

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