24話 黄巾賊討伐令、二将は犠牲に
投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
「では、その通りにすれば作物が以前より割増で採れるということですか?」
「それは断言出来ませんね。幾ら方法があっても作物自体が風土に適してないと、植えても育たない上、作物自体が病気になりかねません。それを食してしまった人間もまた然り、ですし」
「じゃ、これに書いているのを実践するのは先ず李儒から没収した土地を利用して経過を見る事にするわ」
「そもそも天水の土自体に必要元素があるかどうか……カリウムとかリン酸、亜鉛を含んでるか調べる方法あったっけ……いやでもそれは無くても育つは育つのかな……」
「かりうむ、ですか?」
「ちょっと、一人で考え込むのは止めなさいよ。月が混乱してるし、ボクも何言ってるかも分からないわ」
「あっとすみません。つい」
全く、と呆れる賈駆は手に持つ竹管を丸め、机の上に束となっている竹管とは別に置く。先日神坂から出された農法の考察や人材の一覧について賈駆から呼び出され、半時程董卓と賈駆が卓を挟んで神坂と向かい合い、農作物について話し合った。結局、暫くの間は李儒から没収した土地にて作物の実験をする、という事でこの話は落ち着いたが。
案を纏めた本人である神坂が次の竹管に手を伸ばし目の前に広げる。
「で、これが俺の出した人材の一覧ですけど……やっぱり駄目な人もいますね」
「そりゃね。既に他の君主に仕えてるのも居たし。書いてある野の何人かには間接的に仄めかしてはみたけど、いきなり仕官してみないか、なんてこっちが言っても逆効果だし。事実これは私達の手腕次第で、暫く様子見になるわ」
「あれ、でも司馬家の方は斜線も丸も付けてませんけど、これは?」
「司馬家の人達にも声を掛けて、既に仕官をしていた方もいらっしゃるので断りの返事は頂いているんですが、その……」
「司馬懿。こいつが返答についてはぐらかすのよ」
「はぐらかす、ね」
「先に促した司馬朗には月を含めた諸侯を見定める、って言われて断れたんだけど、司馬懿が病を称して応じないのよ」
正史通り、だと思った。
良く覚えてはいないが、司馬朗は聡明で堂々とした振舞いをする人格者。
司馬懿は曹操からの出仕を受けたが病気等を理由にして拒んだという。それは漢朝が永く保たないことを知って曹操に仕えるは善とせず、だと。
……だが、この時期ならまだそれは通用しないはず。ならば何故?と思ったが、その理由は賈駆の溜め息と共に聞くこととなる。
「聞く所によると、外に一歩も出ず屋敷に籠って書物ばかり読んでるらしいの。しかも、明日から本気だす、とか度々言ってるみたい」
「それただのニート!」
司馬懿仲達。神坂の中で思い描いていた冷静沈着で神算鬼謀の人物像が音を立てて崩れて行った。
「畜生もうこの世界信じられない」
「あ、あの、神坂さん? どうかしましたか?」
「なんですか良い意味での裏切り者」
「へぅ!?」
「ちょっと! 何アンタ月に言い掛かりを付けて――――って良い意味での裏切りってどういう意味よ。それ褒めてるの? 貶してんのッ?」
等という茶番の様なやり取りをする中、外から近付く足音。扉が開かれると共に現わるは紺色の羽織を纏いサラシを胸に巻く女性、張遼。
部屋にある竹管の束を見るとあからさまに顔を顰め、腕でバツの字を作る。
「アカン無理無理無理、そないな量の竹簡ウチに見せんといて。目眩するわ」
「言ってなさいよ。薺が離れたからには、その分の案件、霞に処理させるから」
「んな殺生な!」
そんな二人を見て董卓は口元を隠して笑い、神坂も笑う。
「で、何の用? わざわざ仕事貰いに来た訳じゃないでしょ」
「そらそや、進んで竹簡の処理なんて御免被るわ。まあ用件やけど、ちょいと面倒事が舞いこんで来てん」
芳しくない表情をする彼女は親指で後ろの扉を指し、心底嫌そうに溜め息を吐いた。
「お客さんやで。中央からのそれはそれは偉い、高貴なる御方の遣いやって」
穎川の官軍、黄巾の賊討伐に失敗す。
同時に各地にて黄巾の賊徒による叛乱を確認。
天水太守、董仲穎を東中郎将破虜将軍へと任命す。
直ちに出陣し陛下に仇なす賊を迅く討伐されたし。
これは勅命である。
「――――これが、朝廷から来た使者の言葉」
玉座で寂然と危座する董卓の横に立ち、賈駆は文武官を見渡しながら語る。
李儒とその腹心が居なくなった事により、先日とは面子が異なるがこの場に居る者の殆どはさして気にする事も無く賈駆を見上げる。
「ボクが三日前に確認していたことが今になって来るなんて、相当なものよね」
「仕方ないだろう。寧ろ、欲惚けしている玉無しにしては早く気付けた、とでも思ってやるべきさ」
「違い無いな」
臧覇の言に口元を上げて同意する華雄に釣られ、何人かの武官が薄く笑う。
「せやけど月に破虜将軍、んで東中郎将の任命やろ。破格の待遇やん」
と、張遼。
東中郎将と言えば比ニ千石の大官である。主君がそれに任ぜられたのは部下としてこれを嬉しく思う。事実、董卓の眼前に立ち並ぶ文武官の殆どは、それを歓んでいる。……が、
「破格すぎるのよ。中央から目の届きにくい位置にある月に、いきなりこんな任命をするなんて勘繰るなって方が無理よ」
「しかし詠、これは勅命だから裏があろうと逆らう事は出来ないのです。今は月殿の東中郎将任命を善しとし、早く賊を討つべきでは」
「……月、偉くなった」
陳宮の言葉に賈駆は溜め息を吐き、呂布の言葉に董卓は微笑む。対照的な両者であったが、直ぐに顔を引き締め、文武官をぐるりと見ると意を決した。
「そうね。これはまた後に考えるとして、月の領内で蜂起しそうな所は早めに潰すことから始めましょうか」
「では、先ず賊の討伐を最優先とし、その然るべき後に各地で蜂起した黄巾党への遠征軍を組んで出陣する事も、皆さんも考慮して下さい」
返事をする文武官にコクリと頷き、武官の側を見る。
「それでは先ず冀城へ張済さん、街亭には樊調さん。北原は徐栄さん、各々兵を率いて各地へ赴き叛乱が起きようものならこれを鎮め、兆しがある場合は事前に防ぐ事を主として下さい」
「はっ!」
「お任せを」
三人は前へと歩み右拳を胸の前で押さえ、礼をし元の位置へと戻る。それを見届けた董卓は続けて武官を見、
「そして、現在大勢の黄巾の人達が群れ成す秦川へは私自ら行きます。呂布さん、臧覇さん、御同行お願いします」
「大丈夫、月は恋が守る」
「任されましょう」
「お待ち下さい董卓様」
文官の側から一人、制止の声を掛けた男は前へ出て礼をしその顔を董卓へと向ける。
「太守自ら、かように赴かず、ここは両将軍に任せ御身は不測に備えお残りしては」
「駄目よ。月に直接勅令が下った以上、遅かれ早かれ出陣しなければならない。なら早めに月が動いて示威行動をしつつ自ら討伐に赴くことを喧伝すれば、民衆も安心するわ。それに天水には機動力に富む張遼と華雄、そして騎馬軍の半数を残すから不測の事態には良く対応出来るはずよ」
「……はっ。そこまでお考えなれば、留守はお任せ下さい」
「それじゃ、張遼、華雄の両名は天水の留守を任せたわよ」
「応、任されたで」
「出陣出来んのはもどかしいが……仕方あるまい」
「尚、代理は張遼だから案件の処理、任せたわよ」
途端、不敵に笑って答えていた張遼の表情が固まり、ロボットの様に賈駆を見上げる。
口元を上げて笑う彼女がデビルフェイスに見えたのは、恐らく張遼だけではないだろう。
「アレ冗談やなかったんかい! ま、まぁ法正の嬢ちゃんもおるし、何とかなるやろ」
「因みに今回の月の出兵、客将ではあるけど法正も連れて行くから当てはしないでよね。当然臧覇の部下である姜維と神坂も。あと仕事してないって分かったら禁酒させるから」
「なんやてぇーッ!」
玉座の間という事を忘れ思わず声を張り上げてしまうが、文武官の者たちはそれを見なかった事にしようと視線を泳がせた。
「あとそこで"私は関係無いなさて練兵するか"とか思いこんで佇んでるアンタ。華雄アンタよ! あからさまに視線逸らすな! アンタもちゃんとやるのよ!」
「なっ、詠! 私は不測の事態に備えて何時でも出兵出来る様にだな」
「それは部下の奴に任せてアンタも書簡整理やんなさい! ちゃんとやって無いって分かったら、また月の権限で兵法の特別講習開くわよ」
「なっ! 詠貴様、卑怯だぞ!」
己の逃げ道を閉ざされ主君を出され、八方塞がりとなった華雄と張遼は周りを見るが、文武官の誰もが顔を合わせてくれない。長年一緒にやって来た騎馬軍の張済、樊調、徐栄も。真名を交わした臧覇、呂布、陳宮さえも。最近天水に来た神坂、姜維、法正も然りであった。勿論、先程諫言をした文官も。皆自分の仕事で手一杯だった。
「で、では皆さん。各々気を引き締め励んで下さい」
立ち並ぶ者達は心なしか、何時もより声を張り上げ返事をし、礼をした後玉座からそそくさと出て行く。臧覇の後ろで佇んでいた姜維と神坂も、目を瞑りそうな程の細目をし口を一文字に結びたる状態で共に玉座から去っていく。
後にある文官は語る。
両将軍の背中は哀愁漂い、溺愛する孫に嫌われた祖父の如き背中であったと。
「いやー……張遼さん可哀想」
「華雄将軍は武一辺倒と聞いているんですが、私はそちらの方が可哀想かと」
「君達、半端な同情は霞達を更に傷つけるぞ」
「では薺さんの本音は?」
「私が残らずに済んで死ぬほど安堵」
「包み隠さず素直に言う薺さん素敵です」
照れるじゃないか、等と嬉しそうに言う臧覇に姜維と神坂は突っ込みたい一心を抑え淡々と出陣準備を整えて置く。数日前には賈駆から既に賊徒討伐の準備を整えて置くように言われた為、焦って準備する事も無く、こうして兵舎の前で輜重の点検をするに至る。
「しかし法正君も同行か。詠は何を考えてるのやら」
「恐らくですけど、賈駆さんは此度の戦で法正さんの実力を測るつもりなのでは」
「ふむ。何れは去りし智謀の士、ならば今の内に手を見んとする、か」
顎に手を添え考えるが、同僚の考える事はいつも先を行っている。自分が考えた所で所詮それまでだと結論付け、思案を止める。
「薺さん、そういえば今回行く秦川って場所、既に敵がいる事は分かっているんですよね」
「そうだね。詠が早くに居場所を突き止めている」
「じゃあ敵兵力って、どの位とかも」
「敵の数は確認だけでもおよそ一万だ」
一万の敵。少し前の上邦への出陣の倍以上の数に神坂と姜維は驚く。
「張済、樊調、徐栄が行く所は叛乱が起きる、若しくは起きそうな所だから、連れて行く兵力は各々……千辺りか。そして今回、月様の出兵に連れて行ける兵は七千が妥当か」
「七千、ですか。今回の賊には賈駆さんがそれで良いと判断を?」
「どうだろうね……賊軍の数を確認したのが一万だし、これから更に膨れ上がる事を考慮するともう少し兵が要るだろうが、天水に残す兵にも限りがあるしこれが限界だろう」
「確かに。天水からの後詰や他の地域で賊が出た時の考えると、七千が妥当かもしれませんね」
「でも今回、董卓さんも出陣するんですよね。……大丈夫なんですか? なんか戦場でのイメージ、想像してるのと合わないんですけど」
まさか断崖から大量の牛を落とし、敵を踏み潰し切り進む蛮兵の中央で自らの持つ馬の手綱を緩める事無く進む魔王、董卓。
「いやいやいや。ないないない。あったら怖いわシュール過ぎる」
「君は何を言っているんだ。 まぁ、ああ見えて月様は剣を振るえるし馬上で槍も振るえる、騎射だって出来る武はあるから心配は無いさ。……それに」
「それに?」
「今回の戦では恋君が居るんだ。地形も平地だし、余程の事が無い限り心配は杞憂で終わるだろう」
その言葉に二人は顔を見合わせるが一方は首を傾げ、もう一方は納得をする。
呂奉先。人中に其の人在りし天下無双。
考えてる通りの武人なら心配は杞憂で終わる、との臧覇の言葉には納得出来る。
ともあれ、一両日の内に天水を出た董の旗を掲げた軍勢、およそ七千。
連なる旗印は賈、呂、臧の三つ。
涼州出自にして幾多もの戦場を潜り抜けた騎馬軍と共に秦川へと向かう。
ご意見感想疑問、皆様のお言葉をお待ちしております。




