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1Kマンション学生寮、両隣女子が距離感ゼロすぎる件  作者: 甘酢ニノ


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#9 先輩と後輩

「俺、本気で寮に入ろうかなぁ」


 次の授業の教室に向かう途中、小林がため息とともに呟いた。

 西園の姿はない。突然の腹痛で保健室に行ってくるとか言っていたから、確実にサボりだ。


「今度、雨宮んち見に行ってもいい?」

「今の家、不便なのか?」

「不便ってほどやないけど、朝練の日はめっちゃ早起きやし。多分、夏の練習は始発でも間に合わんよ」


 そういう理由なら練習に少しくらい遅刻しても許されるだろうが、早起きが苦手な小林が学校から徒歩10分の場所に住みたがるのもわかる。

 しかし、同じマンションに住んだら、俺が朝から晩まで小林の面倒を看ることになる。


「……親は、何て?」

「まだ言うてへんけど、日本におらんもん。今、どこにいるんやっけなぁ……」


 小林は鞄からお菓子を取り出して無意識に食べ始めた。

 小林の家は金持ちだから、寮の家賃が無料にならなくても一人暮らしをさせることくらいなんでもないだろう。

 ポジティブに考えると、小林を駅まで迎えに行くよりも同じマンションに住んでいた方が楽かもしれない。


「雨宮こそ。家出るの、小春ちゃんがよく許したなぁ」

「小林、小春のこと知ってたか?」

「見たことあるよ。前に試合で雨宮がぶっ倒れて病院に搬送された時」

「あぁ、そんなことあったな」

「コーチが帰っちゃって雨宮1人で帰すわけにいかんってなって」

「そこでコーチが帰るの、今思うとあり得ないよな」

「うちの親が連れて帰るかってなった時に、小学生の小春ちゃんが迎えに来てくれたやん」

「そうだっけ?」

「俺、感動したんよ。雨宮が小春ちゃんに手ぇ引かれて帰ってるの見て、役に立たん兄貴とできた妹やなぁって」

「小学生に任せるなよ」

「おおらかな時代やったね」


 小春が迎えに来てくれたこと、俺はあまり覚えていなかった。

 ただ、小林の話を聞いて、なんとなく、手の感触だけ思い出した気がした。小さくて、引っ張る力が妙に強かった。


 そんな昔話をしながら歩いていると、次の授業の教室に到着した。

 ドアを開けようとした時、後ろから「ちょっと、」と声を掛けられる。

 振り返ると女子生徒が一人、立っていた。

 多分、上級生。肩に付くくらいの黒髪にすらりと細い長い手足をしている。

 誰だろうと思ったが、小林は知っている人みたいでひぇっと小さく声を漏らした。

 その人が立っているだけで、周囲の空気が少し変わった気がした。

 セリカや輪廻とは全然違う種類の、静かな圧力だ。


「雨宮と、西園」


 先輩が俺たちを呼んでいることに気付いて、俺は答える。


「雨宮と小林です」

「そう」


 先輩は短く頷いた。

 名前を間違えたことに対する照れや申し訳なさのようなものは微塵も感じられない。


「夏の補修授業。あなたたち、グループに入れてもいい?」


 先輩は短い髪を指で弄りながら言った。爪は長くはなかったけれど、派手な色に塗られてラメが光っている。

 補修授業のことは初耳だった。スポーツ特待生用の課外授業か何かだろうか。

 学年が違う先輩と組むのは面倒臭いから本当は嫌だったが、先輩の言葉は俺たちの返事を待っていなかった。体育会系の上下関係だ。


「……わかりました」


 俺の返事を聞いて先輩は一度だけ頷き、背を向けて去って行った。

 その姿が見えなくなってから、小林が口を開いた。


「雨宮、今の人知っとる?って……雨宮はどうせ知らんか」

「有名人か?」

「陸上部三年の鏡先輩。ほんまの超トップ選手。この前も全国大会で金メダル取ってた」

「ふーん」


 小林は、他競技の女子選手の情報にやけに詳しいところがある。

 率直に言って気持ち悪いけど、本当にスポーツ観戦が好きな可能性もあるからスルーしている。


「鏡先輩を逃したくないから、この学校にスポーツ特待生の制度ができたって言われてるんよ」

「へぇ、じゃあ恩人だ」

「だから、女子陸上部の待遇が一番手厚くて、寮も三食おやつ付き、掃除洗濯もやってくれるんやって」

「羨ましい」

「なー……俺たちのとこもそうだったら、寮に入るの迷わなかったのになぁ……」


 俺たちがその待遇を受けるのは多分無理だろう。

 そして、鏡先輩のための急ごしらえの特待生だから、足りない単位を補修課題とかで補う必要があるわけだ。


「鏡先輩、雨宮のこと知ってたんかな?」


 小林に返事をする前に、チャイムが鳴って教室に入った。

 あの先輩とは初対面だ。でも、妙に気になって頭に残っていた。

 理由は、よくわからない。

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