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1Kマンション学生寮、両隣女子が距離感ゼロすぎる件  作者: 甘酢ニノ


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#10 ケーキと目下の悩み事

 部活を終えて帰宅する頃にはすっかり夜になっている。

 水道光熱費の節約になるかと思って学校でシャワーを浴びてくるような、ケチ臭い俺の性格のせいでもある。

 3階まで上がると、どこからかバターの焼ける甘い匂いがした。誰かがお菓子を作っているのだろう。


 俺が寝に帰るだけの場所で、ちゃんと生活をしている人がいる。

 昼に小林に散々言われたことを、なんとなくまだ引きずっていた。

 多分、俺には生活能力がない。一人暮らしができることと日々の生活を送れることは別の話だ。


 しかし、普通に部活の先輩と絡むだけで大変なのに、今日は別の部活の鏡先輩に目を付けられていることがわかって、余計に疲れた。

 明日も朝早いし、さっさと寝よう。

 そう思ったのに、真横の家のドアが開いてセリカが飛び出してきた。


「りっくん!いい所に来てくれたね!」


 俺はわざわざ来たんじゃなくて、隣に住んでいるだけだ。

 セリカがドアを閉めてくれないと、その先の俺の家に帰れない。


「早く寝ろ」

「ちょうどケーキが焼けたよ!せっかくだから一緒に食べよ」


 セリカが俺の腕を引いて自分の部屋に引き込んだ。

 セリカの部屋に入るのは2回目だが、今は輪廻がいなくて2人きり。

 スマホを見ると時間は10時を過ぎている。輪廻はもう寝ている時間だ。


「男を簡単に部屋に入れるな」

「え?なんで?りっくんじゃん」


 セリカは口をぽかんと開けて首を傾げた。本当にわかっていない顔をしている。

 そういえばセリカには兄がいると言っていた。俺のことも同じように思っているのかもしれない。

 兄、か。

 俺は兄でも何でもないんだが、と思ったけれど、それを言うのもなんだか違う気がして黙った。

 せめて部屋に入らないように靴を履いたまま玄関に座る。


「明日のお弁当に持っていくんだけど、やっぱり焼き立ても食べたいよねー」


 甘い匂いの出どころはセリカの部屋だった。

 調理台には長方形の大きなパウンドケーキがあった。セリカはナイフで切って皿に乗せると生クリームを添えて俺に渡してきた。


「これ、作ったのか?」

「うん。混ぜて焼くだけだから簡単だよ」


 セリカは、俺に付き合って廊下に座って食べ始めた。

 簡単だと言っても、俺はお菓子を作ろうなんて考えたこともない。

 一口食べてみると、まだ湯気が立っていてふわふわと柔らかくて、店で買って食べるよりもおいしかった。


「うまい」


 ケーキなんて久々に食べた。鏡先輩のことも補修授業のことも、一瞬どこかに行った気がした。


「やったね!これくらいだったら、セリカちゃん、いつでも作れるよ!」


 セリカが弾けるように笑った。


「でも、何でこんな時間にお菓子作りなんてしてるんだ?」

「それはねー……セリカちゃん、嫌なことがあると、現実逃避でお菓子作っちゃうんだよ……」


 セリカが突然しょんぼりと下を向いた。

 俺は昼に見てしまったセリカの姿を思い出す。

 体育のグループ分けで、一人だけぽつんと立っていて、クラスメートに声をかけようとして、やめていたセリカ。

 しかし、セリカの悩みを聞いたところで、社交性が皆無に近い俺だと全く力になれない。

 だから俺は、違う話をすることにした。


「嫌なことは、無理してやらなくていいと思う」


 俺は自分に言い聞かせるように言った。俺は小林にあれだけ言われても凝った料理を作る気になれないし。


「他にやらないといけないことがたくさんあるし、別のやり方を考えるのはどうだ?」

「りっくん……」


 セリカは弱った目で俺を見ていたが、こくりと力強く頷いた。


「そうだよね!そしたら、成績アップは諦めて、この髪を地毛だって信じさせるようにしようかな!」

「……何の話だっけ?」

「輪廻ちゃんが約束しちゃった、学年上位になる話!!勉強に飽きちゃって、お菓子ばっかり作っちゃうんだ!」


 これも食べて、とセリカが冷蔵庫からクッキーを取り出した。

 大袋ごと渡されて一枚食べてみると、これも美味い。ナッツがたくさん入ってザクザクしている。

 少し覗いただけでも冷蔵庫の中にはまだ大量にお菓子が入っていた。

 勉強の片手間に作る量ではない。絶対にお菓子作りの方がメインになっている。


「輪廻ちゃんが勉強教えてくれるって言ってくれてるんだけど、スパルタなんだよー!りっくんも参加してよー!」

「俺がいたら、あいつが嫌がるだろ」

「大丈夫だよ!お願い!これも食べていいから……」


 セリカがチョコケーキを冷蔵庫から取り出そうとしていて、きりがなさそうだから俺は頷いた。


「部活がない時なら」

「りっくん、優しい!ありがとう!今度連絡するね!」


 セリカが俺のスマホを操作して、勝手に連絡先を交換している。

 ☆セリカ☆という名前が登録されて、完全に断るタイミングを逃した。


 まあいいか、と俺はもらったクッキーを食べながら好きにさせておいた。

 多分嫌じゃない。女子と連絡先を交換するなんて面倒なだけだと思っていたけれど、セリカならいいような気がした。

 どうしてセリカならいいのか。それはあまり考えないことにした。

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