#6 ウサギと一方通行
休憩が挟まったのは、早朝から練習が続いて10時少し過ぎたところだった。
部員たちは好きな場所に散って行くけれど、1年生はすぐに準備ができるように体育館の中だ。
「あーあ、しんど」
大して疲れていない小林は、口だけそう言って体育館の隅に転がる。
そして、寝転んだままスポーツバッグをごそごそ漁り、お菓子を取り出した。
迷いなく袋を開けると、スマホを弄りながらそのままぽりぽりと食べ始める。
俺にはもう見慣れた光景だが、西園は珍しそうに眺めていた。
「小林が、女子みたいなお菓子食ってる」
「何言うてんの?お菓子に女子も男子もないやろ」
「いちごポッキーは女子だろ」
「欲しいん?」
「いらねーよ。休憩中でも部活の最中だろ。お菓子食べていいのか?中学で怒られなかった?」
「怒られる。俺が代わりに」
俺が答えると、西園は一瞬きょとんとしたあと、けらけらと笑い出した。
「ウケる!雨宮ってそんな感じするよなー!」
「俺はちゃんとみんなにあげてるのになぁ」
小林は注意されても全く響かず、そのせいで近くにいる俺が巻き添えで怒られる。
中学の頃から何度も繰り返された流れだ。今後、小林と付き合って行くことのメリットとデメリットを真剣に比べてしまう。
そんなことを思っていると、俺のカバンの中でスマホが光った。
何かと思って画面を開くと、メッセージが届いている。
送り主は小春。
『りっくん』
『いまひま?』
短い平仮名のメッセージは、小春の話し方にそっくりだ。
見なかったことにして画面を閉じようとしたとき、ポコン、と間の悪い通知音が鳴り、間違えて小春のトーク画面を開いてしまった。
うさぎが机を叩いて催促してくるスタンプが送られてきている。小春がカバンにマスコットを付けている、女子中学生の間で流行っているキャラクターだ。
西園が俺の後ろから無遠慮に画面を覗き込んで来た。
「おいおい、こっちは女子と喋ってるし。どんだけ風紀が乱れてんだよ」
「喋ってはないし乱れてない」
「相手は、寮のお隣さんのどっちか?ギャルい方?お嬢様の方?」
「ちゃうよ、小春ちゃんやろ。妹の」
「へー!雨宮、妹いるのかよ」
「そやよ。雨宮が女子と連絡先交換するほど社交的なわけないやろ」
小林が失礼なことを言う。
言い返すのも面倒で無視をした。セリカと輪廻の連絡先を知らないのは事実だし。
小春は、放置すれば既読つけたのに返してくれない、と文句を言われる。返せば返したで会話が始まる。
どちらにしても面倒だ。
俺は小春に買わされた同じウサギのキャラクターのスタンプの「ごめん」と書かれたものだけ送った。
それ以上は見なくて済むように、すぐにスマホをカバンに入れる。
「りっくん、妹に冷たくない?」
西園が覗き込んでくる。
「家族なんて、こんなもんだろ」
少なくとも、俺と小春はそうだ。
そうだった、かもしれない。家を出る前の話だから。まだ1ヶ月も経っていないのに、もう忘れかけている。
「俺、妹いないからわかんねぇなぁ」
西園はそう言ってから、小林のお菓子を勝手につまんで食べながら続けた。
「でも、りっくんってモテるよな。妹から連絡が来て、女子二人に挟まれててさ」
「それはモテとはちゃうやろ」
「いーや、俺は可能性の話をしてんだよ。逆に!逆にここまで御膳立てされてモテなかったら、雨宮の人格に問題があるってことだな」
「あー……それはわかるわぁ」
西園のよくわからない理屈に、小林はお菓子を食べながら同意する。
こいつはずっと食べてるなと思ったら、さっきまで持っていた袋は空になり、2袋目に突入していた。
さすがに食べすぎだろう。
そう思った直後。巨大な影が被さって暗くなる。
「小林」
低い声が背後から響いた。
三人同時に振り返ると、腕を組んだ笹山がいつの間にか立っていた。
「部活中に何を食べてる?」
「えっと、朝ごはんです」
「没収」
「あー……」
箱ごと取り上げられ、小林が情けない声を上げる。
「先生、うちはお菓子がご飯なんよ。ほんまに!」
「屁理屈言うな!終わるまで我慢しろ」
「そんな殺生なぁ……」
肩を落とす小林を見て、西園は笹山に見えないようにしてけらけらと笑っていた。
俺はとばっちりを受けないように気配を殺していたが、笹山の視線はこちらを向く。
「雨宮、お前がちゃんと小林を止めろ」
「……はい」
俺は一応止めました、と言おうとしたが、今日は止めていないことに気付いた。
だから、返す言葉もない。
「3人は後で居残り掃除」
「え?!俺も?!」
突然数に入れられて、西園は素っ頓狂な声を上げた。
慌てて西園が反論しても、笹山は聞く耳を持たずに去って行く。
結局こうなる。
でも、被害者が増えて少し気が楽だ。
理不尽に怒られるのは、誰かと一緒の方がいい。




