表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1Kマンション学生寮、両隣女子が距離感ゼロすぎる件  作者: 甘酢ニノ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/14

#5 夜とコンビニ

 特待生の部活参加は、オリエンテーション期間が明けてから。

 そう言われて、入学式が終わった後に俺は寄り道せずさっさと帰った。

 暇だから真新しい教科書を開いて予習をしてみる。

 この勉強に意味はあるのか、と思いながら続けていると、なんとなく時間が過ぎて夜になっていた。

 そろそろ風呂に入ろうと脱衣所に向かうと、壁越しに声が聞こえてきた。


ー……のあーっ! シャンプーなーい!!


 セリカの声だ。

 一人暮らしなのにここまではっきり聞こえてくるとは、壁が薄いのかセリカの独り言の声量がでかすぎるのか。たぶん両方だ。

 セリカがバタバタと廊下を走る音がする。

 スマホを見ると夜十時を過ぎていた。

 放っておこうと一秒だけ思ったのに、気付いたらドアを開けていた。


 セリカがちょうど隣から出てきたところだった。まだ黒が残っている長い髪が湿っていて、頬が赤くなっている。

 ハーフパンツにパーカーを羽織っただけのラフな格好で、風呂を中断して出てきたことが一目でわかる。


「あ、りっくんだ」

「シャンプー、買いに行くのか?」

「えぇ!?ど、どうしてわかるの?!エスパー?」

「どこ行くんだ」

「えっと、コンビニかな?」

「あいつに借りるのは?」


 俺は反対側の部屋を示した。男の俺のシャンプーは無理でも、同じ女子なら貸し借りできるだろう。

 しかしセリカは首を傾げて唸る。


「輪廻ちゃん、九時には寝ちゃうんだよねー……今日はもう起きないと思う」

「そうか」


 俺は踵を踏んでいた靴を履いて、鍵を閉めた。


「あれれ?りっくんもお出かけ?」

「俺も買い物」


 まぁ嘘だった。コンビニで夜に買いたいものなんて、別にない。

 ただ、夜道に女子を一人で出歩かせるのが何となく気になった。それだけだ。


 マンションを出ると、夜風が思ったより冷たかった。周囲に何もないせいで、遠くのコンビニがぽつんと光っている。


「夜に一人でよく出かけるのか?」

「いやぁ……実は初めてなんだよね」

「夜のコンビニが?」

「ううん。一人で行くのが。家にいた時はお兄ちゃんがいつも一緒だったから」

「兄がいるのか」


 俺は自分の家族の話はしたくないのに、思わず尋ねてしまった。

 なぜ聞いたのか、自分でも少しわからなかった。

 お兄ちゃん、という言葉に、無意識に反応してしまったのかもしれない。


 セリカが嫌じゃないかと横顔を窺ったが、セリカはうん!と元気に頷いた。


「お兄ちゃん、すごく優秀なの!勉強もできるし、運動もできるし、友達も多いし。私とぜーんぜん違う!セリカちゃんは勉強苦手だし、ドジだし、友達も少ないし」

「友達、少ないのか?」

「そうだよー。セリカちゃんと仲良くしてくれるのは、輪廻ちゃんだけだよ」


 セリカが暗い田舎の夜道に合わない明るい声で言った。

 明るすぎて、少し胸に引っかかった。

 自分のことをそんなふうにさらっと言える人間は、本当は明るいのか、それとも慣れてしまっているのか。

 俺には判断できなかった。


 コンビニに入ると、人工の光が目に刺さった。

 生活用品の棚に行ってシャンプーを探す。

 セリカは三種類しかない中で、一番高いのを迷わず手に取った。


「セリカが、輪廻と仲良くしてあげてるのかと思ってた」

「えー?なんでー?」

「あいつみたいな気難しそうな奴と仲良くできるのは、誰でもできることじゃない」

「輪廻ちゃん、気難しくないよ!優しいんだよ!」

「そうか?」

「そう!男子が苦手なのと、ちょっと厳しいところあるけどね。セリカちゃん、学年一番を目指すことになっちゃったし……」


 昼間の騒動を思い出したのか、セリカの雰囲気が突然どよんと暗くなった。

 シャンプーだけ買って、コンビニを出る。

 セリカが大人しいせいか、夜風がさっきより冷たく感じた。

 西園に聞いた話だと、あの学校では学年の始めの試験で成績が出るまでの間だけは、誰でも好きな髪色にしていられる。

 つまり、輪廻が笹山と交渉をしなくても、入学式だけ逃げ切れば、次の定期試験までは成績下位でも好きな髪色にしていられた。

 わざわざセリカに言わないで、心の中にしまっておこう。


「でも……元の髪色を取り戻すためだもん!がんばるよ!」


 セリカは涙を浮かべた目でぐっと拳を握った。

 元の髪色、とは。

 セリカの元の髪色は突き詰めると黒なんじゃないかと思うけど、おそらく突っ込んではいけないところだ。

 それに、成績上位を目指す理由なんて、本人が納得していればそれでいい。


「そうか、がんばれ」

「うん!がんばる!」


 マンションに戻って、廊下でそれぞれのドアの前に立つ。


「それじゃ、おやすみ!」

「ああ」

「りっくーん」

「何?」


 セリカは部屋に入りながら、顔だけ覗かせた。


「ありがと。りっくん、優しいね」


 照れたような笑顔だった。昼間の笑顔とは少し違った。

 何が、と聞き返そうとして、俺は買い物と言ったのに、何も買っていないことに気付いた。

 完全にバレている。


「りっくん、いけめーん」


 セリカは揶揄うようにそう言うと、ひひひ、と笑ってドアを閉めた。

 見透かされた。

 静かになった廊下で、俺はしばらくその場に立っていた。

 別に、悔しくはない。多分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ