6 浴場ハプニング
一波乱を終えたリンクスは、授業が終わるとすぐさま部屋に戻りベッドに寝転がった。共に戻ったシンシアとエレナは、近くのソファに腰かけて談笑している。
リンクスはゴロゴロ転がりながら文句を言った。
「無駄に疲れた〜みんなしつこい!」
「確かになかなか引き下がらなかったわね。<華燭>は謎に包まれた最強の魔法士の一角。皆が気になるのは仕方ないことよ」
「んん〜気持ちは分からなくもないけどさ〜」
だが今は賭けのことがある。リンがリンクスと同一人物であることは伏せておきたい為、要望には答えられない。
(最初は人嫌いと古い慣習の影響……それから未成年だからって理由で顔を隠したんだっけ)
元から極力顔を見せずにいたのだが、先の王がリンクスにそのまま顔を隠すことを勧めてきたのだ。まだ幼いのだから、と。
リンクスは懐かしい記憶に、同室の二人に気づかれない程度の笑みをこぼす。
宮中で若い女というのは舐められやすい。王なりにリンクスの今後を思って提案したのだろう。
世代交代も起き、<華燭>を侮る者はほぼいない。公表してもいいのだが、機を逃していた。
加えて噂を放置することで尾鰭がつき、謎が増えていった。今ではリンクス自身把握が出来ていないあだ名や逸話があるほどだ。
「あたしびっくりしたよ! リンちゃんの隊長さんってすごい若いんだね!」
「あ〜……うん、そうだよ」
とある夜会で酒を飲みたいと言ったリンクスに、すでに酔っ払っていたゼノンが「お前は未成年だろうが! お子様はこっちのオレンジジュースで我慢しとけ!」と大声で言ってしまったのだ。
副団長が口を滑らせた<華燭>の情報は、ものの見事に広がってしまった。
「ロティオン隊長やシメオンと幼馴染みたいな関係だから、年齢もその辺りだろうって察されてはいたけどね」
「あたし達とあまり変わらない歳であの経歴なんて……す、少し怖くなってきた。リンちゃんの隊長さんって、なんだか別次元の存在だね……」
エレナが畏まった顔でしみじみと言う。目の前に、その別次元の存在がゴロゴロしてるとは微塵も思っていない。
「ねぇねぇ、そろそろご飯を食べにいこうよ。私お腹空いてきちゃった〜」
リンクスはぴょん、と起き上がり強引に話を変えた。これ以上リンクスの話が長引けば、余計なことを口にしてしまいそうだからだ。
提案は通り、三人は少し早めに夕食会場に向かうことに決めた。夕食では精を凝らした様々な料理が出され、班員と分け合い楽しい夕食の時間を過ごす。
最後に教師から明日の日程が知らされ、初日は解散となった。
この宿泊施設の目玉の一つが複数の大浴場である。女子生徒には二つの浴場が開放されており、生徒達の完全貸切だ。
アルカディア王国にある公衆浴場は元々、運動や仕事後の汗を流す冷水の浴場であった。街中で水浴びができる施設として建てられたのだ。
現代になると、温水浴や様々な娯楽施設も合わさった複合宿泊施設として各所に作られていった。ここもその一つである。
大浴場までの道のりでペトラを拾い、四人で大浴場に辿り着いた(ペトラが一人で入りづらそうに、うろうろもじもじしていたところを、リンクスが連行したのだ)。
入浴着に着替え、先に続く扉を開ける。目の前に広がる大理石でできた美しい大浴場に、全員から感嘆の声が上がった。
「す、すっご……!」
「わぁ〜これお風呂って言うより、クロエちゃんが作った夏の別荘みたい」
「叔母様の別荘に行ったことがある、という衝撃の事実が発覚したけれど、今はそれどころじゃないわね。本当にすごいわ……流石は叔母様とグルス家の共同出資」
王族のシンシアが、感嘆のため息をつくほどの大浴場がそこにあった。
中央の大きな浴槽の他、入浴剤の違う小さいお風呂が複数存在し、洗い場も広く、使えるシャントリの豊富さに思わず悩んでしまうことは確定だろう。
この大浴場のモチーフは天使なのか、天使と青空が描かれた天井が圧巻だ。全体的に淡く柔らかで、可愛らしいデザインになっている。
「なるほどクロエちゃんが魔法で作ったのか。でもちょ〜っと、クロエちゃんの趣味とは違う気がする」
「オーナーのご趣味ではないでしょうか」
リンクスの疑問に、先ほど合流したペトラが答えた。ペトラは少し興奮して流暢な解説も加える。
「オーナー?」
「八法士のクーリオ・グルス様が、この施設のオーナーだそうです。クーリオ魔法伯は画伯としても知られてまして、この見事な天井画も彼の作品です。建設には学園長がご協力されているそうで、どのお風呂も見事だと話題になっていました。人気のあまり、一時期は中々予約が取れない状態だったほどです」
今でも三ヶ月待ちの状態らしい。八法士が作ったとあっては、それだけで宣伝効果は抜群なのだろう。
——<氷霊>クーリオ・グルス。現八法士の中でも芸術家タイプな彼は、自身の領地で魔術や絵に没頭することが多く、あまり人前に姿を見せない。
「彼の絵は、ほとんど出回らないんですっ。最高傑作だとされる<花の娘>を、いつかこの目で見たい……。切実に、個展を開いて欲しい、です……」
ペトラはとても残念そうだ。なんでも王宮で大きな催しでもない限り、クーリオの絵を見ることは叶わないらしい。
そして絵は王への献上品らしく、見逃せばもう二度と見れない可能性を孕んでいる。
授業では時間の都合上、クーリオの話がほとんどされなかった(リンクスと第五の隊長アタナシアの尺が長かったせいである)。その為か、ペトラが熱く語る話に、エレナが興味津々な様子だ。
「絵描きさんとしても有名なんですねっ。市井だと、クーリオ様は二つ名通り、氷の精霊のように美しいらしい……って、女の子達の中で話題ですよ!」
「たしかに、美しいと表現するのが相応しい容姿をお持ちね。あまりお見かけはしないけれど」
「えっと……八法士様も参加される式典にしか、お顔を出さないと、お父様も言っておりました」
若い才能を妬み「天女は人界に興味がないらしい」などと、一部から引きこもりを揶揄されている。それほど貴族社会へ姿を表さないらしい。
クーリオとそこそこの頻度で会っていたリンクスには、実感はあまり湧かなかったが。
「類稀な美貌に絵や魔術の才能……そして家柄もいいなんて、物語の登場人物みたいですね」
<氷霊>の完璧なまでの優良物件具合に、エレナが感心した。
グルス家は四大侯爵家の一つで、その中でも魔術に傾倒した家柄だ。歴代の八法士の座にも、グルス家のみ世襲制かのように名を連ねている。
「八法士同士交流があるのは分かるけど、なんで協力して観光施設作ってるの?」
「この地は一応叔母様の領地なのよ。でも叔母様は、領地運営の大半をお隣のグルス家にお願いしているの。実質グルス家の領地と言っても過言ではないわ」
「なるほど〜グルス家は先代もまだ生きてるもんね。少し管理する土地が増えてもへっちゃらか」
クロエであっても、学園長の仕事と領地経営の両立は、流石に難しかったようだ。
「そっか……グルスの領地って近いのか」
「リンさん?」
「シンシア、後でこっそり作戦会議しよう」
リンクスは他の二人の目を盗み、シンシアへ耳打ちした。
「えぇ、分かったわ」
四人はさっそくお風呂を巡ることにした。人が泳げそうなほど大きなお風呂、果実や花を浮かべた可愛らしい湯などを楽しむ。
(今度は第四部隊を連れてこよう)
リンクスも「コネで貸切に出来ないかな?」なんて思いながらご機嫌で湯に浸かっている。
施設に詳しいペトラの話では、男湯になってる大浴場では岩盤浴ができたり、別の場所には流れるプールなるものがあるらしい。
会話を弾ませていると、遠くで誰かが騒ぐ声が聞こえた。
「……うん? トラブル? 誰かのぼせたとか?」
「行ってみましょう」
リンクスが目を凝らすと、ドアの前に数名の女子生徒が集まっているのが見えた。不穏な空気が漂っているのを、他の生徒達も気づき始める。
代表してシンシアが女子生徒達に声をかけた。
「どうしましたか?」
「……し、シンシア殿下! あの、それが……ドアが開かなくて……私達、ここから出られなくなりました!!」




