5 合宿開始!
転移装置で辿り着いたのは、雪に覆われた世界。
学園がある辺りは雪があまり積もらない地域性と、魔術で環境を整えてしまう為ご無沙汰の光景だった。
部屋は合宿期間といえど当然男女別。勉強合宿の名の通り、荷解きを済ませたらすぐ授業が始まった。リンクス達の最初の授業は魔術史だ。
「眠い……ちょっとサボってくる」
「こらっ堂々と宣言しない」
小休止になった途端、徐に立ち上がったと思えばサボり発言である。シンシアが咎めるも、このくらいの叱責は慣れっこなリンクスにはあまり効果はなかった。
「だって〜次は現代魔法士の話するんでしょ? 団長の話とかされてもな……」
ヴロンディ・サザンクロス団長といえば、この国でも有数の成り上がった英雄だ。誰しもが憧れ讃える雲の上の存在。
リンクスから見ても、今まで見て来た人間の中で一番強い魔法士だろう。
……だが、彼の話など本人から飽きるほど聞ける立場にある。リンクスとしては時間の無駄だ。
「サザンクロス様の話に嫌な顔をする人初めて見たな」
リンクスは、驚愕を通り越し呆れているナハトに唇を尖らせる。
「知り合いの話されるとムズムズするんだよ。みんなだって、この国の英雄様くらい今更勉強しなくたってよく知ってるでしょ」
実際の関係性としては、知り合いどころか親戚のおじさん気取りなのだが、リンクスはそこまで詳細には伝えなかった。
元八法士あたりも話題に上がるだろうし、何よりリンクスの話になるかもしれない。退散一択だ。
「リンクス・アーストロ様については、英雄であろうとよく知る者は少ないかと」
「ここで寝てても…………っ!?」
リンクスは自分の名前が出たことで激しく狼狽し、続く言葉を飲み込んだ。動揺を隠せないまま問いかける。
「…………す、スピサくん? あのね、英雄って言ったら、団長の方が真っ先に出てくると思うんだけどなっ」
「……そうですか? 北方の民にとっては、強き英雄といえば<華燭>である、と認識が塗り替えられてますよ」
「……っ! に、人気者ってこと?」
「はい。北方……正確に言うと我が領地では、八法士といえば真っ先にアーストロ様のお名前が出ますね」
リンクスの国内における活躍は、魔獣の出現が多い北に偏る。辺境の地で武力を示したリンクスを、北の民達は高く評価していた。
記憶に新しいスタンピードでの討伐数も一つの要因だが、そもそも代々の辺境伯が強い為、中央の魔術士が北で名声を上げる機会が少ないというのも要因だろう。
これらの理由から、人気が<雷帝>より<華燭>に軍配が上がるのはそこまでおかしいことではない。スピサの言葉は事実であった。
「まぁ? 最上位魔獣の討伐とか色々功績積んでるし、隊長の強さは団長にも劣らないけどね? へへっ」
「とっても嬉しそうな顔だね」
「んふふ〜」
ニヤけてしまった顔を指摘されるが反論はしない。リンクスは富も名声も求めていないが、こうして純粋に褒められることは好んでいた。
「実際どちらが強いんですか?」
ナハトが純粋な疑問を投げかける。
迂闊な質問だ。第四部隊の者達が聞けば「隊長に決まってるだろ。喧嘩売ってんのか?」と詰め寄られること必須である。
「命知らずな質問だね〜得意分野が違うし、何をもって強いと定義するかにもよるけど——国を滅ぼすなら<華燭>、他国を侵略するなら<雷帝>ってところかな。殺しあったら<華燭>が勝つよ」
「不穏な回答過ぎないかい?」
「軽はずみに質問しなきゃよかったと後悔してます」
おいおい……と冷や汗をかく男性陣とは違い、好奇心を抑えられないシンシアが質問を重ねてきた。
「リンさんはお二人が戦うところなどを見たのかしら?詳しく聞いても?」
「シンシア相手でも詳しくは教えられないよ。魔法って個人情報だからね」
内緒話のポーズをシンシアに向け断ると、リンクスはニコニコと席に着く。先程までの退出しようとする素振りは彼女から消え失せていた。
「北の人間は見る目があるね〜ふふっ」
スピサの言葉で機嫌を良くしたのが丸分かりである。
「——こうして、<雷帝>サザンクロスの武勇は国内外に広まったのです。さて、ここからは彼以外の素晴らしい魔法士達について紹介していきましょう」
歴史科目を担当するペーレの声が部屋に響き渡る。合宿では、日頃の授業よりも自由に教えているからか、教師側も楽しそうに授業していた。
「我が国における魔術士の頂点『八法士』は、王の代替わりで顔ぶれを大きく変える。今代の八法士も、数年前の魔法大戦において活躍し、王の信頼を得て八法士の座に着いた者ばかり。その中で、前の世代から続投してるにも関わらず、正体が謎に包まれた魔法士がいる。そう、<華燭>リンクス・アーストロ様だ」
ちらほらとリンクスに目を向ける生徒達を、まるで気づいていないふりで無視する。
リンクスの関心は「八法士としてのリンクス」をどう表すのか、それだけに向いていた。挑むような目つきで教師を見やる。
「かの者の評価は実に難しい。天才なのは間違いない。王族暗殺を阻止し八法士に加入後、魔獣退治で功績を上げ続け、新しい魔術の開発、諸外国への影響力などは凄まじく……だが、」
ペーレは言葉を詰まらす。そして、慎重に言葉を紡いだ。
「あー……<華燭>の人となりは、とても一言では言い表せない。破天荒な行動、高位貴族にも怯まぬ豪胆さからか、功績を上げると同時に評判を下げていることも多いな」
「評判を下げる行い、ですか? それは例えばどのようなことでしょうか」
「……高位貴族の家に押し入り子息を誘拐、王宮内で子女を侍らせて楽しんでいた、魔術師団の新人を嬲っていた……等だな。行動の真意は分からない為、軽々しく誹謗中傷しないように。噂とは往々にして誇張され捻じ曲げられやすいのだから」
欠点をオブラートに包んだ努力は見てとれた。
リンクスが彼の発言を否定しなかったことで、若干引いてる生徒達がいるが問題ない。
「だが間違いなく、次代の魔法士達を引っ張っていく存在になるだろう。そうは思わないかい? ——メルクーリさん」
周りを見回さずとも、ほぼ全員の視線がリンクスに集まったのを感じる。
ペーレに話を振られる事自体は珍しいことではない。むしろ今回の名指しに関しては予想できていた。
だが、リンクスは簡単に求めに応じるような女ではない。
「そうですねぇ〜」
「こういうやり方は好きではないのだが……かの魔法伯についてなら、君の方が知っているだろう」
「たしかに知ってるね。教える気はないけど」
言いたいことは分かっていた。リンクスは、ペーレの言葉を遮りすっぱり断る。
周囲の期待を意に介さず、非難轟轟でも口を閉ざすのみ。
「性別だけでも教えてくれ! 性別によって所業の邪悪さが変わるじゃん!」
「髪や瞳の色ぐらい話して下さってもよろしいでしょ? ねっ?」
「うるさっ。そんなに知りたいんなら、第四入るか八法士になってくださ〜い」
「「無茶が過ぎる!」」




