7 あらあらまぁまぁ……!
「鍵を掛けられた、ということですか?」
「いえ鍵穴はどこにもないわ。それ以前の話ね」
そう、そもそも鍵は掛からないはずなのだ。しかし、少女達が力を合わせても、引き戸はびくともしない。
リンクスはしゃがみ込み引き戸のレールを確認するも、何か挟まっている様子も扉が歪んだ様子もなかった。
「では、やはり人為的な……」
「十中八九魔術。あるいは——魔法で閉じ込められてるね」
「……っ!」
「いったい誰が、こんなことを……!」
「すっ少し前から、誰も入ってこないな、とは思ってましたが、まさかこんなっ……」
リンクスの一言で生徒達の動揺が強くなる。言葉を誤ったと反省し、リンクスは場を取りなす。
「みんな落ち着いて〜この異変が危険なものならば、クロエちゃんが気づくはずだよ。ここはクロエちゃんの領域なんだから」
合宿にはクロエも同行している。この建物がクロエの魔法によるものなら、既に異変を把握しているはずだ。死にはしないだろう。
(悪意ある誰かに閉じ込められた可能性は充分ある。魔法は使いようだからね。でもこれは言わないほうがいいな)
密室で集団パニックになっても困る。
リンクスは、扉の向こうの気配が全く掴めない不気味さに、すぐ気づけなかったことを悔やんだ。
「でも、このままだと確実にのぼせるよね。熱中症や脱水症状は、後遺症が残るって聞いたことあるよ」
エレナが不安げな顔で言った。彼女の言う通りだ。風呂場に長時間の籠城は厳しいだろう。
「非常口はないかしら?」
手分けして探すも浴場に非常口は無かった。出入りできそうな窓もない。
女湯であるゆえか覗き対策に力を入れているようだ。
「困ったわね。これでは連絡用の魔術も難しいわ。……万が一、このまま……」
後半は完全な独り言だった。誰かに聞かせるつもりなどなかったのだろう。
だがその不安げな声音は、隣の少女に届いていた。
(——壊そう)
リンクスは大人しく救助を待つより、さっさと扉を壊して出ることを選んだ。
「出口壊すから、皆少し離れてて」
「リンさん……それはまずいのではなくて? ……それに、流石に気づかれてしまうわよ」
シンシアの戸惑いは、建物の破損に対するだけでなく、リンクスが魔法を使うと分かったからだ。
「大丈夫」
リンクスは、シンシアを安心させるように優しい笑みを向けた。そのまま輪を抜けて出入り口の前に立つ。
(こういう時、一部分くらいは詠唱した方がいいのかな? ……まぁいっか無詠唱で。ごちゃごちゃ考えるの面倒だ)
向こう側の気配が読めず、魔法を繊細にコントロールをしなければならない。だから、余計な考えは要らない。
手を伸ばし扉に触れる。
威力を抑える為、いつもより手のひらに魔力を集中させた。
そして、まるで元から無かったかのように——扉を消し去った。
「「え……」」
その驚きは、リンクスが跡形もなく扉を消したことに対してではなかった。それを上回る衝撃が、その場にいる者達を襲ったからだ。
「きゃっ……!」
「おっと」
見知った少女がリンクスへと倒れてくる。
異変に気づき、引き戸を開けようとしていたのだろう。それが急に消えたことでよろめいたようだ。
リンクスはこちらに倒れかかってきた相手をそのまま受け止めたが、想定外の事態に普段のような魔術による補助ができず、完全にとはいかなかった。
後ろにいるシンシアを避ける為に、咄嗟に体制を変え共に床に倒れる。
少女の頭を床に打ちつけないよう、相手の頭と地面の間に手を滑り込ませた。
「お二人ともお怪我は……!?」
「私は全然平気〜ヘレネちゃんは大丈夫? ……ヘレネちゃん?」
リンクスはすぐ起き上がると、半ば押し倒したような格好で安否を確認する。
倒れた際に少し入浴着がはだけているが、怪我などは無さそうだった。それより気になるのはヘレナの挙動だ。
至近距離で見つめ合うも、ヘレナは瞳をこれでもかと見開き停止していた。微動だにしない。
「もしもーし?」
「…………あ、あぁ……っ、……うぅ」
ヘレナはうめき声を漏らし気絶してしまった。
「大丈夫じゃなさそう!」
そのまま治癒魔術をかけた。顔色はすぐ良くなりリンクスはほっと一息ついた。
「リンさん……体勢が、その……入浴着の乱れも直した方がいいわ」
「ん?」
何故かシンシアが頬を赤らめていた。確かに肌面積が増えている。ヘレネだけでなくリンクスの入浴着も少しズレていたようだ。
ヘレネと自分の服の乱れを直しつつ、リンクスは周囲を見回してみる。
「あぅ……うぅ……」
「ぺ、ペトラさんには刺激が強いかもねっ」
顔を真っ赤にして、今にも目を回しそうなペトラ。
慌ててペトラの目元を手で押さえつつ、微妙に視線を外し少し照れているエレナ。
そして、破廉恥な光景に耐えきれず叫ぶウブな女子生徒達。
「「きゃぁぁぁ〜〜っ!!」」
いつもより肌色多めな少女達が、もつれ合っているような構図は幼気な少女達には過激だったようだ。
既に近くまで駆けつけていたのだろう。我に帰ったリンクスが身体を離すより、悲鳴を聞きつけた教師が辿り着く方が早かった。
女性教師達を引き連れて入ってきたクロエと目が合った——合ってしまった。
「あらあらまぁまぁ……!」
「終わった」
——クロエのおもちゃにされる。
今この瞬間、そんな残酷な運命が決まってしまったことだろう。リンクスは、自身の顔が引き攣っているのを、鏡で確認する必要もなく分かった。
説明せずとも状況を正しく理解しただろうに、クロエは深刻そうな表情をあえて作り話しかけてくる。
「リンちゃん? このあと……先生と少し、お話ししましょうね?」
「…………はい」
リンクスは諦め項垂れたのだった。




