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2 泥棒猫



 学園生活も二学期目が始まり、リンクスの身分を偽った学生生活が再開した。

 犯人を捕らえ、今期はいくらか気楽な日々だ。未だ秘匿している理由は――自分もそこそこお金を積んだ賭けの為、あと半年ほどは身分を隠していたい――それだけである。


「雪山で合宿? 冬に山入るとか先生たち馬鹿なの?」

「リンちゃん、その言い方はちょっとよくないかなー? ほら、目の前に先生いるよ?」

「私何も間違ったこと言ってませ〜ん。雪山登山なんてド素人連れて無謀だもん。貴族のお坊ちゃんお嬢さん方には、そこらの庭でピクニックぐらいがお似合いで〜す」


 辛辣な言葉を口にし、ぷいっとそっぽを向く。

 リンクスは現在、今月開催される行事――学年ごとに毎年行われている校外学習について詳細を聞いていた。

 学園から少し北へ行ったところにある山で行われ、自然の脅威を知り楽しさも知る……そんな行事らしい。雪山の施設では、キャンプファイヤー、登山、温泉など様々な娯楽を楽しめるとか。

 普段のリンクスであれば人一倍喜びそうであるが、あらかた詳細を聞いた彼女の感想は先の台詞であった。


「意外だな。お前が一番気乗りしないとは」


 横に座るペトラも小さく頷いている。


「ふっ……楽しいと面倒って表裏一体なんだよ? そして今回は、私の心が面倒な気配を察知したってわけ」

「誇らしげに言うな」

「な〜に? ロギアくんは楽しみなの? あっ、そうだよね〜ペトラちゃんと青春イベントを起こす絶好の機会だもん! お泊まり、温泉、何も起こらぬ筈がなく……ってね!」


 リンクスのにやにやした顔に、ロギアは顔を赤らめ挑発に乗ってしまう。


「やっやややかましいぞメルクーリ! ふっ不埒な妄言はよせ! そもそも男女別に、……ハッ! またこんなわかりやすい挑発に乗ってしまった……不覚っ!」

「はい自爆〜」


 ニヤニヤ顔のリンクスを見て、彼女の思う壺にハマったことを察し、ロギアは顔を伏せた。リンクスの勝利である。

 腕を振り上げ勝利のポーズをするリンクスに、ペトラがくすくすと小さく笑う。


「アルカディアの北は、この時期急激に冷え込み、降り続く雪で視界も悪い。そして魔獣の生息状況も様変わりする。合宿地周辺がどの程度なのかは知りませんが、普通に考えればこの時期の山は避けるべきです」

「だよね! うんうん、スピサくん分かってるぅ〜!」


 リンクスは、隣に座っていたスピサの的確な指摘に乗っかり得意げな顔をする。


「何故そこまで厭うのだ? 冬にも危険は潜めど、魔獣が活発に動き出す春頃や、凶暴化する繁殖の時期より危険は少ないだろう?」


 ウンランの疑問に、リンクスは手で大きくばつ印を作りながら答えた。


「ぶっぶ〜。冬になると第四部隊(わたしたち)が長期休暇に入って、応援を呼んでも即時対応できないから、アルカディアではむしろ良くない時期で〜す」


 第四部隊は仕事の都合上、休みが不規則になることが多い。その代わりとして、魔獣が比較的静かになる冬にまとめて休みを取るのだ。

 今年はリンクスの不在もあってか、旅行の予定を立てる者も多かった。今頃ウキウキで準備中であろう。

 だからこそリンクスは、彼らの安らかな休日が潰れる可能性を、少しでも排除したいのだ。


「大抵の危険な魔獣は既に駆除してるけど……突発的な増殖の可能性は捨てきれない。冬の方が活発な魔獣も中にはいるし、先生達だけでお守りは足りるの? わざわざ魔術師団に、人員補助を要請しないですよね」


 してきたとしても他の隊に回そう。絶対にだ。

 リンクスが頭の中でそんなことを考えていると、イアトが眉をひそめる。


「心外だ。学園はご多忙な師団方を煩わせることはない。この校外学習は安全に十分配慮されている。それに、我々も日々改善改良を重ねているぞ。これを見ろ」


 ふふん、と自慢げに背中を見せてきた。少し大きめの旅行カバンのように見えるそれを、生徒達は胡乱げに見つめる。


「……これは?」

「これはつい先日完成した災害時用多機能補助魔道具だ。これ一つで感知、結界、暖房魔術機能を搭載し、中には数日間遭難しても耐えられるほどの防災グッズも収納されている。何より連絡機能がある優れものだ」

「へ〜お高そう〜」

「合宿中は無料貸し出ししているぞ。購入を検討する場合は要相談だ。魔道具は肩紐付きにし両手を開けられるようにし、重量も軽減して女性でも背負えるようにした。だがそもそも、合宿地であるオリンポス山の南部は比較的穏やかだ。ここまでの装備は本来必要ない」

「例年、一年の合宿は平和に終わっていると聞くしなっ!」

「私知ってる! これフラグってやつだ!」


 立てたいのは襲撃フラグではなく恋愛フラグだ。シンシア塾で習った言葉を使って嘆く。


「この合宿は、魔獣被害の少ない冬の時期にも魔獣の危険は潜んでいるということを学ぶ、という意義もある。危険がある方がよっぽどらしいだろう」

「とは言っても、リンさん達が警戒するほど危険なところじゃなかったよ。外に出る時間もあるけれど、合宿所でゆったり魔獣のお勉強をして、残りはほぼ遊んでるみたいな感じだったから」

「……分かりました」


 シエラ達が擁護した為、リンクスはしぶしぶ納得した。




「――そんなわけで、雪山ダルすぎ勉強合宿が開催されるらしいよ。はぁ……めんど」

「本当につまらなそうね」

「理由は色々あるけど、個人的にも元から山はあまり好きじゃないんだ。特に冬の山なんて、川にも入れないじゃないか」

「そうね、流石にこの寒さで川遊びは難しいわ。ところで、第四はスタンピードの影響で北部に長期滞在していたわよね。その時も大変だったの?」

「そりゃあね。何度殺しても次から次に魔獣が湧くから毎日戦ってたよ。ひどい時は朝から晩まで根城に帰れなかった」


 アルカディア王国の北には、魔獣の森と呼ばれる魔獣が湧きやすい地がある。

 そこに隣接するのが――ゼスト・ヘルクレスが統べる広大なケルベロス領。この魔獣の森から国を守るのが、辺境伯の役割だ。

 そして異常なまでの増殖が起きたとき、協力するのが魔術師団第四部隊の仕事である。

 向かったはいいものの、想像より過酷な日々だった。山の中の古城をアジトに、魔獣狩りをしていたリンクスの目に映るのは、猛吹雪の合間に見える魔獣ぐらい。

 魔獣狩りは楽しくとも、それ以外本当に何もなく、この件より山への苦手意識が増してしまったのも仕方ない。


「狩りの間は楽しいんだけどね……まぁその話は一旦置いといて……そろそろじゃない?」

「あら、もうこんな時間!」


 シンシアは王族モードに切り替え、凜とした佇まいで客人を待ち構えた。


「失礼致します」


 タイミングよくノックの音が聞こえ、シンシアが入室の許可を出すと男子生徒が顔を覗かせた。リンクス達の側までくると律儀に王族への礼をする。


「本日は王女殿下に拝謁叶い、恐悦至極でございます」

「お顔を上げて。もっと楽にして話しましょう。ご相談を伺う前に、この子の自己紹介は必要かしら?」


 ろくに話したことがないとリンクスが言っていたからか、シンシアが男へ伺いを立てる。


「いえ。必要はございません。よく知っておりますから――この、泥棒猫のことは……!」



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