1 敵の手でも借りたい
誘拐事件の被害者となってしまったシンシアだったが、心身の経過は良く公務の無い穏やかな日々を過ごしていた。
被害に遭ってから短時間で救出されたこと、そしてリンクスの献身的(?)な世話のおかげだろう。明日から学園に戻る予定だが問題はなさそうだ。
「は〜い、私の勝ち〜」
リンクスは現在、シンシアの自室でカードゲームに興じていた。テーブルの向かいに座るシンシアは、盤面から目を離さず小さく呟く。
「リンさん……意外に強いのね」
「ひど〜い意外は余計ですぅ〜。むしろこの手の対戦ゲームって、友達と盛り上がる手段っていう感じだし。それなら私の方が経験値高いのは当然でしょ」
対戦ゲームとは、対戦する相手がいてこそなのだから。
リンクス達が遊んでいるこのカードゲームは、カードを集め自分だけのデッキを作って戦う「ユニマ」という対人ゲームだ。
オリジナルの可愛い魔獣カード、技を繰り出す為の魔力カード、場に特殊な効果を与えられる魔道具カードをバランスよく編成する必要がある。
派生作品やグッズまである人気ぶりで、現在の娯楽の二大主流は「ユニマ」と「婚約破棄ロマンス」と言われているらしい。そこはユニマだけでいいじゃん……。
そして余談ではあるが……何故か団長サザンクロスをモチーフにしたキャラクターのカードがあり、しかもとても強いらしく人気カードになっている。
レアカードらしいが、リンクスは実物を見たことがある。というか、本人に見せつけられたのだ。
自慢げに「いやぁ人気者はつらいねぇ」なんて言いながらカードを見せてきた。リンクスは、そのドヤ顔に何故か少しイラッときたので「ふーん」だけで終わらせた記憶がある。
「貴女はお友達が多いものね……家族としか遊んだことのない私とは、編成、カードの使い所……何一つとっても練度が違うのも当然だわ」
どうやらシンシアの友達コンプレックスを刺激してしまったらしい。友人の少なさを気にしていたとは思わず、リンクスは己が失言したことを悟る。
「ま、まぁでも、友達と楽しむことを想定されて作られてるだろうけど、その相手が家族であっても何も問題ないし。うん、全然そういう人いる。普通だよっ」
下手くそな慰めの言葉をかけながら、テーブルの上に散らばったカードをいつもより早めに回収する。
場の空気を変える為だけでなく、今日は大事な話し合いをしなくてはいけないからだ。
「……さて。例の件について、そろそろ話そうよ」
「えぇそうね。では――冬休み明け、本格的な相談所が始まるわけだけど、お休み前にお話しを貰った相談希望者が数名いるの。最初の相談者は既に決めているわ。これが相談者の情報よ」
「おぉ〜もう資料できてるの? さっすが〜」
シンシアは既にターゲットの情報収集を済ませていたようだ。
――名前はナハト・ネロー。男爵家の嫡男、家は商売で成功しており裕福、素行不良も見られない……とあれば、結婚相手の条件としては悪くない。
相談者である男の情報を見ていくと、ある部分で引っかかった。
「まだ婚約してるわけではないんだね。さてさてお相手さんは……えっ」
まだ正式な決定に至っておらず打診の段階らしい。だが、男側はそのお相手を強く希望してる。その女性の名は――
「エレナちゃんだ……」
「そう……彼が婚約を結びたいお相手は、クラスメイトのエレナさんよ」
リンクスは驚き、そして納得した。
本人の情報だけでは、相談者がエレナの幼馴染とは気づけなかった。そのくらいリンクスは、彼とろくに話をした記憶はない。
だってナハトは――
「なるほどね。エレナちゃんが好きだから、私のこと憎々しげに見てたんだ。……で、焦ってエレナちゃん家に婚約の打診をしたけど、返事保留にされてるから相談を希望したと。猫……いや、敵の手でも借りたいってわけか」
当て馬としての役割を、リンクスは知らずのうちに果たしていたようだ。……ナハトの恋は停滞してしまっているようだが。
「察しがいいわね」
「ちなみにさ〜男爵って一応貴族に分類されるよね? 家的には平民の女の子が嫁いでもいいの?」
「どういう家かによるわ。比較的新興の家なら、古い貴族からは倦厭されるでしょうし、むしろ平民の方が都合がいいこともあるの」
アルカディア王国において、男爵家は貴族としての格が低い。
何故ならば、国で唯一金で買える爵位という扱いだからだ。一応定期的にお金を納めたり、親族に魔術士がいることは求められるが条件はそれくらいだ。
かと言って馬鹿にはできない。
男爵はその殆どが名のある商家であり、アルカディアには強大な影響力を持つ家がたくさんあるのだ。
「商いが成功しているなら、次に取り組むべきなのは爵位維持の為の魔術士の養育……つまり、望むのは魔術士の嫁か婿!」
「そう。だからこの学園に入れるほど魔術士としての才がある彼女は、良い候補だと思うけれど……彼女の方はどうかしらね?」
「どゆこと?」
「エレナさんの家は――」
シンシアからもたらされた悲しい昔話に、リンクスは目を見張ったのだった。




