幕間 ビオンの崇拝する少女について
ビオンとリンクスの話
ビオンにとって、敬愛する隊長に隊を任されるのは、この世で一番光栄なことだ。
日頃からビオンの献身ぶりは有名ではあったが、リンクスから直々に部隊を任されればより張り切るというもの。
そんな忠犬と謎だらけの天才魔法士。二人の関係性に疑問を持った外部の者に、よく聞かれることがある。
――何故そこまで<華燭>に尽くすのか、と。
理由は至極単純。彼女に救われたからだ。
荒んで孤独だったビオンを、身も心も救いあげてくれたリンクスを慕うのは、当然のことではないかとビオンは思う。
『いつ死ぬのかなんて、君の自由なんだけどさ。私は君に、もう少し生きていて欲しい……そんな自分勝手な思いで君を助けるね』
そうして救われたのはビオンだけでない。第四部隊の面々の多くは、リンクスのいう自分勝手な行動に救われて今があるような者ばかり。だから例外なく彼女を慕っていた。
――第四部隊の隊員が膝をつくのは王ではなく、信仰するのは精霊ではない。
誰が言い出したのか言い得て妙。第五部隊をバカにできないほどの、隊長バカ達の集まりなのだ。
だってしょうがない。あの眩しすぎる一等星に、心を芯まで燃やされてしまったのだから。
魔術方面の実力だけでなく、精神的にも強い人。
刺激的なのに、なぜか安心を覚える変わった人。
ちっぽけで、愚かで、運命に見放された自分を、まっすぐ見つめて愛してくれた優しい人。
……本人には否定されてしまうのだが。
「私ぜ〜んぜん優しくないし。むしろ人類の敵? 存在事態が優しくないタイプじゃん」
「……隊長は否定しますが、貴女は懐に入れた者には甘く優しくなりますよ。この世に、本当に無償の愛があることを、貴女にあって初めて知ったほどに」
「あははっ、この世に無償の愛なんて存在するのかな? だって私はきちんと報酬を得ている。私の大切な家族たちの笑顔っていう、何物にも変え難い喜びをね」
それを無償の愛というのだ。
リンクスの、愛に鈍感なところは相変わらずだった。
数年前、どうしても出席の必要があった夜会があり二人で参加した時のことだ。どこかの老いた貴族にネチネチ嫌味を言われたことがあった。
特殊な帽子のおかげで、相手からはリンクスの顔は見えていない。だが、ビオンからはそのつまらなそうな表情が見えていた。これは、ろくに相手の話を聞いていない時の顔だ。
「反論しないのですか」
男から離れデザートを頬張るリンクスへ問いかけた。
貴族の男は、リンクスの素行が悪いなどと言っていたが、彼女の功績を考えればもっとふんぞり返っていてもいいくらいだとビオンは思う。
「別に〜自分の物差しでしか相手を判断できないような温室育ち老害ジジイに貶されても、な〜んも悔しくないし〜」
リンクスの発言に虚勢は感じられず、歯牙にも掛けないようだった。
昔のビオンなら悔しくて臍を曲げていただろう。怒りのあまり、汚い言葉で罵って蔑んでいたかもしれない。
だが、リンクスは本当にどうでもよさそうに一蹴してしまった。
「それに今日は陛下の誕生日だから、少しは大人しくしよ〜と思って。彼の人、荒事は好きじゃないし」
「……隊長は相変わらず、陛下を慕っていらっしゃる。妬けてしまいそうです」
王と王妃、その息子であるシメオン王子のことを、特別扱いしてるのは誰から見ても明白。
出会って間もない頃のビオンにすら知られてるというのに、リンクスは素直に認めようとしない。
「まぁ、つまらない人間達の中では見どころあるし。ちょっとお気に入りってだけだよ……君も、そのお気に入りの一人だから、大事にしてあげるね」
だが、分かりやすく拗ねてみせたビオンに引っかかり、慰めの言葉をかけてくれる。ぶっきらぼうなリンクスの愛情の示し方に、ビオンは笑みをこぼした。
(貴女のお気に入りとやら、もう随分多いくせに……ちょっと気に入った、なんて理由で人を狂わすのやめた方がいいですよ)
でないと、リンクスがビオンを構ってくれる時間が減ってしまう……なんて言葉にはしないが、思うくらいは許されるだろう。
「とても光栄ですね。隊長のお気に入りでいられるよう精進いたします」
ビオンは目を細めてリンクスを見る。
人嫌いだと自称しながら、救いの手を差し出さずにはいられない少女の姿をした奇跡。
そんなビオンの英雄は、いつもの素敵な笑顔で笑っている。
(願わくば、ずっとお側に)
懐かしい記憶を思い出し、ビオンは機嫌良く笑う。社交の場では絶対に見せないような安らかな表情だ。
……いや、訂正しよう。リンクスのことを思えばこの男はいつでもどこでもご機嫌になれた。もはや心の安定剤である。偏愛五人衆筆頭は伊達じゃない。
「ビオン〜あと何枚書類捌けばいいの〜もう疲れたよぉ……」
「ざっと百枚程でしょうか。印を押すだけのものもありますし今日中には終わりますよ」
「うへぇ〜」
今ビオンの目の前にいるリンクスは、必死に大量の書類と格闘中だ。これらは隊長にしか処理できない重要書類な為、リンクスに頑張ってもらうしかない。
テンションダダ下がりのリンクスとは逆に、ビオンは上機嫌だ。仕事の監視役として合法的に二人きりになれたのだから無理もない。
邪魔をしにくる者達も追い払い済み。状況はビオンの口をついつい軽くさせる。
「この幸福な時間もあと僅か……数日もすれば、隊長は学園に…………はぁ……どうにかして、隊長を退学に出来ないだろうか」
「……っな!? ちょっとビオンさ〜ん!?」
* * *
――パレード翌日。
貴族街にある立派な屋敷の庭の片隅に、手の中にある一輪の花を熱心に見つめる青年がいた。物憂げな雰囲気で佇む姿は、まるで恋に悩む男のようだ。
「その花はどうした」
魔法使いの格好をした男が話しかける。朝まで飲んでいたのか男は非常に酒臭く、青年は顔を歪めた。
「……あの人が、咲かせた花」
「じゃあもう会ったのか。あいつの時間が取れた時に、引き合わせてやろうと思ったのに。まぁ、この休みの間は魔術師団が忙しそうで難しいだろうな。宴会前に偶然会った時も仕事中だったみたいだぞ」
酔っていても流石は熟練の魔法士。一目でこの魔力の花の作成者が分かったらしい。
「必要ありません。それよりも……」
「はいはい、忘れてないよ。情報提供、だろう?」
やれやれと男は気だるげに話し始めたのだった。
登場人物紹介を挟み、次回から新章スタートです。




