22 崇高なる魔法士達による超くだらない雑談
魔術師団の一大行事も終わり、再度会議の場が開かれた。メインはやはり、新年のパレードの裏で繰り広げられた騒動だ。
捕まえた烏合の衆とシャックから聞き出した情報を整理していく。
今回の件を手引きしたのはフォラスと名乗る男。そして、この男と行動を共にする謎の魔法士の存在。
シャックもフォラスも、ルシゴロドの起こした戦争に参加していて、ベロボーグ関係者だということ。
何より最悪なのは……魔獣を操る魔法の術者が、ブネだと確定してしまったことだろう。
「確定した情報はこんな感じだな。ブネの幽閉先に確認したら裏付けも取れてしまった。災害級魔法の使い手の逃走……状況はあまり良くない」
「今回の件、ブネも含め魔法士の関与がほぼ確定事項となりました。そのうち二人は魔法の内容まで判明してますが、もう一人移動系の魔法の持ち主がいるはずです。でなければ第一部隊が王女誘拐を許すはずがありません」
「過去のベロボーグの資料から、少なくとも四人は魔法持ちがいることが確定してます。その中には移動系はいなかったはずです」
「隠れ魔法持ち……まぁいるだろうな」
話は進んでいき今後の指針を決めていく。
だが、リンクスの頭は別のことでいっぱいだった。
「北の街道はクーリオの領域だ。国外逃亡するなら南側からと考えるはず。こちらの人員は南に集中させるべきだろう」
「そうだなぁ――よし。第三、第四、第六はミケーネ側から引き続き『手紙の魔術士』の協力者の捜索を。第五と第七、第八は魔術開発に専念してもらおう。新たな大規模守護結界の構想についてはネオの案を採用する。他に、何か話しておきたいことがある者はいるか?」
「ゼノンにぃがアクィラねぇに抱く感情は……恋だね」
「ゲホッ……っ!」
あまりにも唐突な切り込みだった。不意をつかれたゼノンは、ちょうど飲もうとしていた紅茶を吹きこぼす。
「でもそう仮定するとおかしいんだ。そういう意味でも好きならさっさと囲えば良いのに、なんでいつまで経ってもアクィラねぇと結婚しないのか。運命の糸が縺れてしまったとしても、こんな空回るもの? 婚約してるのに、未だ伴侶になれない原因があるとすると……ヘタレ過ぎるのか、もしくは不能だから?」
「「ゴホっっ!」」
何故か関係ないラーヴァとネストルも咳き込む。二人には刺激が強かったようだ。
これで吹き出した人数が三人になった。
「みんな汚いよ〜」
「「元凶がっ……!!」」
恨みがましい低い声が重なり、凄まじい形相で睨まれた。怖い怖い。
でも真面目に、本当に分からないのだ。
未だ独身であるゼノンだが、実は婚約者がいる。リンクス達と同じ八法士アクィラ・ニーマ。
リンクスがアクィラねぇと呼ぶ彼女は、新年の儀以降姿を現してないが、正式なゼノンの婚約者なのだ。
だがリンクスはふいに思った。
――婚約してからだいぶ経つのに、結婚してないじゃん。なんで?
「リンクスちゃん、殿方のデリケートな問題に口出しをしてはダメよ。立場ある者が自由に結婚するのは難しいのだし、個人個人のタイミングも重要だと思うの。アクィラ様はお店の経営で多忙でしょうし……」
「ふっ……っ……ふはっ、んんっ」
「……ふふ……面白い展開に、なってきたね」
一番の常識人であるアタナシアが、唯一真っ当に嗜めた。だがむしろ、そのアタナシアの真面目な回答が笑いを誘う。
リンクスの問題発言から密かに肩を振るわせていたアルクトゥルスとネオは、とうとう忍び笑いを隠せなくなった。
「そこの笑っているお二方……よければその愉快な顔の理由を聞かせていただけないか?」
「おやおや、これは失敬」
額に青筋を立てたゼノンが、いつもより丁寧な言葉遣いで尋ねる。少し怒っているようだ。
アルクトゥルスは素直に頭を下げたが、その顔は確実にこの状況を楽しんでいるし、ネオは口を開かず興味深げに傍観しているままだ。悪いとは爪の先ほども思っていない。
そして残りの既婚者二人は静観の姿勢。この場の良心は、アタナシアに掛かっている。
「リンクスちゃんは、どうして副団長達の恋路が気になるの?」
「私はみんなを幸せな結婚へ……ハッピーエンドに導かないといけないんだよ。だからゼノンにぃには、そこで立ち止まって貰っちゃ困るわけ。色んな意味でね」
優良物件がいつまでも残ると、ワンチャン狙いが出てくる。そしてそういう奴に面倒を起こされるのだ。小説で似たような展開を何度も読んでいる。
何より、ゼノンはアクィラを任せるのに充分な人間であると、リンクスが認めているからだ。
「結婚=幸せとは限らない。独身を選ぶ者も貴族には増えてきてると思うが?」
「私達がやりたいのは、自由恋愛謳歌するぜ〜な独身の世話じゃないからそいつらのことは知らな〜い。別の形で貴族の義務を果たしてるなら、勝手に一生おひとり様でいればいいじゃん。邪魔だけはすんなよって感じ」
ロティオンの冷静な指摘が入り捕捉をすれば、ラーヴァが肯定的な反応をした。
「なるほど。リンクスの以前の報告だけでは要領を掴めなかったが……王女は仲人遊びがしたいのではなく、特権階級に対し高貴なる者としての義務を遂行せよと仰せなのだな。その最たるものが婚姻であり、事が上手く運ぶよう助力しようというのか」
「まぁそんな感じ〜。ね、まだみんな時間あるよね。次の議題は『何故私たちは婚約、または結婚ができないのか』にしよう。終わったら解散」
「地獄の雑談時間に突入か……」
いつのまにか進行役はリンクスへと変わり場の主導権が握られるも、彼らは反抗することなく受け入れ……いや、諦めているのかもしれない。
「まず話を戻してゼノンにぃだけど、実はアクィラねぇにフラれたとか?」
「あぁ?」
鬼の形相とはまさにこの顔だろう。ゼノンの威圧を向けられたわけではないネストルが怯えている。
「ひぃぃっ……本気でこの話続ける気? 正気?」
「どんな突飛な発言も、いつだって正気なのがリンクス……今日も最高に自由でいいね」
「褒めるとこじゃねぇだろ」
ゼノンが嗜めるもネオは素知らぬふりだ。
「ま、結婚出来ないのは、ここにいるほぼ全員に言えることだよね。魔法士って、結婚に向いてない生き物だと思う」
「とうとうこの場にいる全員に喧嘩を売り始めたか。俺は止めないからな。どうなっても知らないぞ」
ロティオンは早々に諦め目を瞑った。
「リンクス! お前はなぜ傷口に直接毒を塗り込むような言い方をするんだ! 少しは言葉を慎め!!」
この場面でリンクスに噛み付くのはこの男くらいである。
ラーヴァの言葉は、訳すると「オブラートに包んだ言い方をしようね。その言い方じゃ喧嘩になっちゃうよ」……って意味だ。リンクスは勝手な解釈をし、やれやれしょうがないなという態度で頷く。
「はいは〜い、君はまずツンデレのツン多めなところ直さなきゃね。じゃなきゃ売れ残る、あっでも赤髪ツンデレ枠ならわりと王道らしいからチャンスあるよ。青髪じゃなくてよかったね〜青髪の負けヒロイン率高いんだって。学園で鍛えられてる私でも、残念ながら手に負えないかな〜いつの日か私が完璧にサポートしてあげられるようになるまで、予約待ちでよろ〜」
「おまえは何を言っているんだ!? そして学園で何を学んでいる!!! そのふざけた語彙は……<創造>の仕業か!」
クロエに対する風評被害である。安心して欲しい。学園の授業で学んだ知識ではないので。
これは「赤担当はメインヒーロー枠かツンデレ担当よ」と、シンシアが言っていたのだ。「青担当は高確率で負けがち」とも。
「はい、じゃあ次は……いや話すまでもないか。ゼノンにぃでも結婚できないんだから、ネストルが結婚できるわけないよね」
「ぐはっっ! …………くっ、やめろよぉ! おれが魔術オタクだから!? 根暗引きこもり男だから結婚はおろか恋人も出来ないんですか!? やっぱりこの世はキラキラ王子様みたいなのが求められてるってわけね!?」
「そういうところじゃない? 原因」
「グサっ……!」
「かわいそ……本当のことだけど」
ネオがぼそっと呟いた言葉も、ネストルにダメージを与えたようだ。へにゃへにゃになった葉っぱのように机に突っ伏す。
「うぅぅぅ、この、悪魔共め……ぐふぅ」
「あ、泣いた……」
「というか、今の師団幹部は独身が多すぎるよね。結婚してるの団長とゼフィロスとアルクおじじだけじゃん。八法士なんてほぼ独身なんだけど」
この場にいる独身八法士は、先ほど言及したラーヴァと、瀕死のネストルを楽しげにつついているネオ、その所業を化け物を見る目で見ているロティオンだ。
それぞれ恋愛のれの字も無さそうな男達である。八法士には期待できそうにない。
リンクスは自身を棚に上げ、やれやれとため息をついた。
「代替わりしたばっかで、若いのが多いから仕方ないところもあるがのぉ。政略結婚が急務な家の出でもない。既婚でなくとも、特段おかしくはないと思うがの?」
「一番の問題はする気がない、ってところでしょう。だが世間は才ある魔法士を放っておかない。そのうち嫌でも結婚することになりますよ」
第一部隊の隊長ゼフィロスが、疲れを滲ませた声で発言する。生気がないのはここ数日多忙で家に帰れていないからだろう。
愛する妻とろくに交流できない彼のストレス値は、今も上がり続けている。
だが、既婚者の立場から指摘されると説得力が違った。
「……うん。やっとまともな意見が出たね。そう、何事もやる気がなくちゃ始まらないってことだね。王国の未婚率を上げてるのは、結婚に積極的ではない私達のせいでもある。お見合い連敗中のネストルくんは置いといて」
「ぐはっ……!」
「完璧な死体蹴りだ……さすがリンクス」
ネストルを可哀想に思ったのだろう。沈黙を貫いていたサザンクロスは、話を逸らそうと新たな話題を提供した。
「んんっ……そういえばリンクス。姫を狙う賊はもう捕らえたことだし、姫にはお前の正体のこと打ち明けたのか?」
「ううん、まだ内緒。だって賭けは終わってないし」
「「……はぁ!?」」
怒気と驚愕と困惑の声が混ざる。
「ここまできてそれ!?」
「流石リンクス。我が道を征く女」
「いやだってさ〜ほぼ答えみたいなヒントあげたのに、シンシア気付いてないんだもん。それに、私が自分から教えて賭けが終わるんじゃ……愉しくないでしょ?」
ニヤリと笑うリンクスに、周囲は呆れた顔をした。
「結局それか……」
「言うほどリンクスの魔法知名度は高くない。王女殿下には分からないだろ」
「うっわ〜これと三年一緒の学園生活なんて……お姫様が心底可哀想なんだけど」
「はぁ? 最高に楽しい日々が送れそうで羨ましい、でしょうが。魔獣の森に放り出すぞ」
「ひぃぃぃっ!」
かくして魔術師団の会議は最後に大きく脱線し、騒々しい彼らのおしゃべりは空の色が変わるまで続いたのだった。




