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第8話:麗しき姉妹

遠くから見れば百合グループです

 放課後の中央広場。樹齢百年の大樹が作る穏やかな木陰。そこに置かれた特注のテーブルを囲む顔ぶれを見て、遠巻きに眺める令嬢たちはため息をつき、祈るように胸の前で手を組む。


「見て。今日も皆様が揃っていらっしゃるわ」

「なんて麗しい光景。あの中に、わたくしたちのアルベルタ様が……」


 その中心に座る俺――アルベルタことアルバート・グレイは、カップを口に運びながら、心の中で「どうしてこうなった」と、何千回目かの自問自答を繰り返していた。


 俺の右隣には、学院の頂点、エレノア・ヴァンス様。彼女は俺のティーカップの中身を甲斐甲斐しく気にかけ、少しでも減れば「おかわりはいかが?」と慈愛に満ちた笑みを向けてくる。


 俺の左隣には、宿敵を自称するシャーロット・アシュリー様。彼女はティータイム中も筋力トレーニング用の中量級扇子(鉄扇)を手放さず、俺の挙動を「隙がないわ……!」と鋭い眼光で監視している。


 俺の正面には、リリー・ソーン様。彼女は俺がクッキーを一つ持ち上げるたびに、「ああ、そんな重いものを……お手が震えていらっしゃいませんか?」と心配そうにハンカチを握り締めている。


 そして、その隣で優雅にペンを走らせているのは、イザベラ・クレイン様。彼女は俺たちのやり取りを一つ一つ頷きながらメモし、時折「完璧。完璧な構成だわ」と恍惚とした表情で呟いている。


 この四人が揃い、一人の商家の娘を囲んでいる。

 それが今の学院における、最高の様式美として認識されていた。


「それにしても、アルベルタ」


 エレノアが、俺の手をそっと握りながら、感慨深げに口を開いた。


「あなたがこの学院に来てから、空気が変わったわ。わたくしたち、今まで自分たちの殻に閉じこもっていたのね。あなたの放つ『真実の言葉』が、わたくしたちを一つにしてくれたのよ」


(真実っていうか、ただの原価暴露なんだけどな)


「そうね!アルベルタ様という巨大な壁があるからこそ、わたくしはさらなる高みを目指せるわ。あなたの存在そのものが、わたくしへの挑戦状だと思っているわよ!」


 シャーロットが、なぜか誇らしげに胸を張る。


(挑戦したつもりはないんだけどな。ただ算盤を弾いただけなんだけどな)


「いいえ、シャーロット様。アルベルタ様を挑戦の道具のように言わないでください。彼女は、わたくしたちが守らねばならない、壊れやすい硝子の細工のようなお方なのですから……。ねえ、アルベルタ様、今日はもうお疲れでしょう?わたくしの膝に、お顔を埋めてもよろしくてよ?」


 リリーが使命感に燃えた瞳で迫ってくる。


(壊れやすいのは、俺のコルセットと、この状況を維持しようとしている俺の精神の方なんだけどな)


「ふふ……みなさん。彼女の魅力は、その『多面性』にあるのよ。ある時は冷徹な計算者、ある時は不屈の戦士、そしてある時は庇護を求める乙女。……アルベルタ様、あなたの秘密は、わたくしが必ず、最高の物語として昇華させてあげるわね」


 イザベラが、俺の女装という事実を、文学的なメタファーとしてのみ受け取って不敵に微笑む。


(……正体はもう、とっくにバレてもおかしくないはずなんだけどな!)


 俺は、彼女たちの熱烈な視線の集中砲火を浴びながら、限界まで締め付けられた腰回りの鈍痛に耐えていた。


 商売人としての冷静な分析によれば、この状況は極めてリスクが高い過剰接待である。一人だけでも攻略が難しい令嬢たちが、四人同時に、それぞれ別の誤解という名の好意を抱いている。

 一歩間違えれば嫉妬の嵐が吹き荒れ、俺の潜入任務どころか、グレイ商会の存亡に関わる大惨事になりかねない。


 だが、事態はさらに予想外の方向へ動いていた。


「……ねえ、皆様」


 エレノアが立ち上がり、広場に集まる生徒たちに聞こえるように高らかに宣言した。


「わたくしたちは今日、この場所で誓いましょう。身分も、立場も超えて、アルベルタ・グレイという稀有な魂を中心に、わたくしたちは『姉妹』として手を取り合うことを!」

「異論はないわ!アルベルタ様を巡る勝負は、清々しく行いましょう!」

「わたくしも、彼女をお守りするためなら、どんな苦労も厭いませんわ!」

「……ええ。最高のアンサンブル(合奏)になりそうだわ」


 四人が俺を囲んで、一つの輪を作る。

 その瞬間、広場を埋め尽くしていた令嬢たちから、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


「おめでとうございます!『アグネスの四輪花よんりんか』の誕生ですわ!」

「ああ、なんて麗しい姉妹愛……!」

「わたくしたちの学院に、伝説が刻まれたのですね!」


 アグネスの四輪花。

 それは、後に王都全土にその名を知られることになる、学院の令嬢たちが結成した伝説の親睦団体の名称だった。……そして、その根幹として四人に崇められているのが、俺という名の不審者であった。


 拍手の中、俺はわずかな望みをかけて、遠くの校舎のバルコニーに目をやった。

 そこには会計監査を終えたヴィクトリア・アシュフォード様が立っている。彼女なら、この狂乱を「不合理だ」と切り捨ててくれるのではないか。彼女の完璧な理性なら、俺の正体を見破ってくれるのではないか。


 視線が合った。

 ヴィクトリア様は、俺に向かって小さく、だが確かな敬意を込めて頷いた。


(嘘だろ。ヴィクトリア様まで、あの輪に入ることを認めたような顔をしてる……!?)


 彼女の目には、俺が四人の令嬢を瞬時に掌握し、学院の勢力図を塗り替えた恐るべき商人として映っていた。

 正確な評価を期待した俺が馬鹿だった。彼女は彼女で、一番厄介な形で俺を正当に誤解して評価していたのだ。


 夕日が広場を黄金色に染め上げる。

 四人の令嬢たちの温かな温もりと、甘い花の香りに包まれながら、俺は一人、絶望の淵に立っていた。


(バレろよ……。本当は男なんだぞ。女装した不審者が、公爵令嬢や伯爵令嬢を侍らせて、伝説の姉妹愛とか言われてるんだぞ。誰か一人くらい、この状況の異常さに気づいてくれよ……!)


 だが、拍手の音は止まない。

 母上の「やってみて駄目だったら、その時考えなさい」という言葉が、呪いのように頭の中でリフレインする。


 考えた結果がこれだ。

 俺は学院の聖域として神格化されてしまった。


 ドレスの刺繍は、今日も最高に輝いている。


近くで見ると不審者が一人混ざっています



「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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