幕間1:真実の光は、金貨5枚の輝き(エレノア視点)
百合百合しています(見た目だけ)
わたくしの人生は退屈で、そしてひどく不透明な薄幕に覆われていました。
エレノア・ヴァンス。
このアルビオン王国において、王家に次ぐ権威を持つ公爵家の令嬢。その肩書きは、わたくしが生まれた瞬間から、周囲の人間を鏡に変えてしまいました。
わたくしが微笑めば、彼らも微笑む。
わたくしが何を身につけても「素晴らしい」と称賛し、わたくしが何を語っても「その通りです」と首を振る。
彼らが見ているのは、わたくしという一人の人間ではありません。わたくしの背後にそびえ立つ、ヴァンス公爵家という巨大な権力の城壁。その壁に映った自分たちの保身と、おべっかという名の醜い色。
わたくしの耳に届く言葉は、いつも甘く、そして実体のない砂糖菓子のような嘘ばかりでした。
あの方――アルベルタ・グレイが現れるまでは。
初めてあの方を見た時、わたくしは言い知れぬ衝撃を覚えました。
その恵まれた体躯。令嬢としてはあまりに高く、そして逞しいその背中は、この柔弱な学院において、まるで一本の巨木が立っているかのような異質な存在感を放っていました。
その一歩、その一挙手一投足に、一切の迷いがない。
まるで、激しい戦場を駆け抜けてきた戦士のような、あるいは全てを悟った賢者のような気迫。
あの方は、わたくしを見た時、他の令嬢たちのように媚びることも、恐れることもしませんでした。
ただ商談に臨む真剣な瞳で、わたくしを……いいえ、わたくしのドレスを、真っ直ぐに見据えたのです。
『……いいえ、エレノア様。それは違います』
あの方の口から零れた、あの低く、魂を震わせるようなお声。
周囲の空気が凍りついたのを覚えています。誰もがわたくしの機嫌を損ねることを恐れ、あの方の無礼を非難しようと身構えました。
けれど、わたくしは心の中で、小さな、けれど確かな歓喜の産声を上げていました。
(ああ、ようやく。ようやく現れたのだわ。わたくしの身分を恐れず、真っ向から否定を投げかけてくれる人が!)
そして、あの方は続けました。
わたくしが金貨50枚の価値があるとした虚飾を、冷徹な数字の刃で切り裂いてみせたのです。
『適正価格は、金貨5枚です!』
その言葉を聞いた瞬間、わたくしの世界を覆っていた薄幕が、音を立てて破れ去りました。
金貨5枚。
それは、あの方が見出した真実の数字。
あの方は、わたくしという公爵令嬢に媚を売るのではなく、目の前にある物の本質を、一分の狂いもなく算出した。
つまりそれは、あの方がわたくし自身をも、家柄というフィルタを通さず、ただの一人の女性として見つめるという証左に他なりません。
ああ、なんて清らかな方なのでしょう。
なんて誠実な魂の持ち主なのでしょう。
あの方は、自分がどれほどの無茶を言っているか、理解しているはずです。それでも、商人としての、あるいは一人の人間としての矜持を守るために、わたくしに真実を叩きつけた。
言った後の、あの方の少し青ざめた、けれどやり切ったような表情。
わたくしは生まれて初めて、人の本音に触れた喜びで、笑いが止まりませんでした。
その後、わたくしはあの方をティーサロンにお招きしました。
近くでお話しすればするほど、あの方の魅力に引き込まれていくのが分かりました。
あの方は、わたくしの隣に並ぶと、わたくしよりもずっと視線が高いのです。
そのことに、わたくしは不思議な安心感を覚えました。
婚約者であるエドワード王太子殿下も、確かに優秀で誠実な方です。けれど、彼とお話しすると、いつも決まって王国の水利事業や、排水設備の改善といった、退屈で、けれど王族として正しい話題ばかり。わたくしを王妃という役割としてしか見ていないのが、ひしひしと伝わってくるのです。
けれど、アルベルタは違います。
あの方は、お茶を飲みながら、
「この茶葉の仕入れルートは……」
「この砂糖の関税を考えれば……」
と、常に現実の重みを語ってくれます。
それは、わたくしたち貴族が忘れかけていた、この世界を動かしている真の鼓動そのものでした。
あの方の、あの少しゴツゴツとした力強い手。
お茶を淹れる時の、あの慣れないふりをした、けれど熟練した手つき。
そして時折見せる、あの「早く帰りたい」と言いたげな、孤独で、けれど孤高な眼差し。
わたくしには分かります。
あの方は、没落寸前の商家を救うために、その誇り高き魂を押し殺して、この学院に潜入している。
その姿は、まるで『薔薇のしずくは恋に濡れて』に登場する、宿命を背負った男装の……いいえ、女装の……?
(……いいえ、何を考えているのかしら。彼女はアルベルタ、グレイ商会の立派なご令嬢ですわ。ただ、その所作があまりにも凛々しく、高潔であるというだけ)
わたくしは誓いました。
あの方を守ると。
この腐敗した貴族社会の虚飾から。
あの方を利用しようとする不埒な輩から。
そして、あの方の持つ、その唯一無二の真実を語る力を、わたくしが全力で肯定して差し上げるのだ、と。
シャーロットはあの方を宿敵と呼び、リリーはあの方を儚い存在と守り、イザベラはあの方を物語の主人公に据えた。
けれど、わたくしだけは知っています。
あの方の本当の姿は、金貨45枚分の嘘を切り捨てる、冷徹で、けれどこの上なく温かな真実の女神なのだということを。
アルベルタ。
わたくしの、真実の友人。
いえ――わたくしが、生涯をかけて共に歩みたい、ただ一人の姉妹。
明日もまた、あなたのお顔を拝見するのが楽しみでなりません。
たとえあなたが、わたくしのドレスを見て「また原価が盛られていますわね」と、苦い顔をなさったとしても。
わたくしは、その言葉こそが、この世で最も甘い、至上の愛の言葉だと信じておりますから。
王太子のエドワードに悪気はありません、ちゃんとエレノアを大事にしています
でも顔を合わせるたびに2時間ほど水路の話をします
真面目過ぎるだけの変な人です
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