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第18話:その小説、売れておりますわ

王都に出ます

 休日の朝、俺――アルベルタことアルバート・グレイは、久しぶりに王都の土を踏んだ。

 目的は、代理人としての重版交渉である。


 イザベラ様の新作『女学院の麗しき四輪花』の初版5000部が、発売からわずか十日で市場から消え失せた。出版商から「至急、増刷の相談を」という悲鳴のような書状が届いたのが三日前のことだ。

 俺は旅装に着替え、髪を布で包んで隠し、朝一番の乗合馬車に飛び乗った。


(この服装なら男にも女にも見える。コルセットからは逃れられなかったが)


 道中の俺は、すこぶる上機嫌だった。

 なにしろ、これから交渉なのだ。数字の話ができる。しかも今回は、圧倒的な売れ筋を握っている売り手側の立場。商売人として、これほど心躍るシチュエーションはない。


 ――王都の門をくぐるまでは、確かにそうだったのだ。


 異変に気づいたのは、中央大通りの貸本屋の前を通った時だった。

 行列ができている。二十人、いや三十人。若い娘から買い物籠を提げた主婦、仕事帰りの職人の妻まで。俺は不審に思い、列の先にある看板を覗き見た。


『四輪花 再入荷しました ※お一人様一冊までの貸出制限』


(……一冊制限?貸本屋が数量制限をかけるなんて、前代未聞だぞ)


 俺が呆然としていると、列に並んでいる娘たちの話し声が飛び込んできた。


「わたし、やっぱりアルヴィナ様派だわ。あの凛々しさは反則よ」

「あら、わたしは紅蓮のシャルロッテ様。あの負けん気の強さが可愛くない?」

「ねえ、次の茶会でやりましょうよ。『四輪花ごっこ』。わたし、背が高いからアルヴィナ役ね!」


(――四輪花ごっこ)


 俺の顔から、急速に血の気が引いていく。

 やめてくれ。頼むからやめてくれ。今、俺の切実な潜入生活が、王都の娘たちの間でキラキラした遊戯に変換されている。

 俺は逃げるようにその場を後にした。



 出版商の事務所。主人のミスター・ブラントは、俺の顔を見るなり椅子を蹴らんばかりに立ち上がった。


「これはこれは、グレイ商会の!お待ちしておりました!」

「お時間をいただき恐縮です。……では早速、重版の部数について詰めましょうか」

「ええ!5000部でいかがでしょう。大衆本としてはこれでも大博打ですが……」

「3万部。いえ、最終的に3万部刷るためのスキームを組みましょう」


 ブラントの笑みが、石像のように固まった。


「……3万?グレイさん、冗談はよしてください。王国広しといえど、一作で3万部なんて……」

「貸本屋が数量制限をかけています。七軒回りましたが、どこも在庫が回転していません。需要が供給を完全に上回っている。品切れの期間を作ることは、この商品の価値を損ないます」


 俺は帳簿を叩きつけるように広げた。


「まず1万5000部を確定で刷ってください。残りの1万5000部は、二十日以内に完売した場合、わたしの判断で自動的に増刷する。この条件を書面に入れましょう。あなたのリスクは最小限、機会損失はゼロ。どうです?」


 ブラントは額の汗を拭い、やがて喉を鳴らして笑い出した。


「……いやはや。ローズ先生も、とんでもない人物を代理人にお選びになった。分かりました、その条件でいきましょう。……ただ一つだけ伺いたい。あのアルヴィナという主人公。あんな人間が、本当にこの世にいたら会ってみたいものですなあ」


 俺は表情一つ変えず、事務的に帳簿を閉じた。


「――ええ。俺も、一度会ってみたいものです(鏡で見飽きていますが)」



 学院に戻ったのは、日が暮れてからだった。談話室の扉を開けると、いつもの四人が円卓を囲んでいた。全員が、一冊の本を熱心に読み耽っている。

 

「あ、バーティ!お帰りなさいまし」

「……皆様、何をなさっているのですか」

「読んでおりますのよ。今、王都で一番売れているという物語を」


 エレノア様が掲げたのは、俺が先ほど3万部の増刷を決めてきた、あの本だった。


「面白いわね!特にこの、紅蓮のシャルロッテという娘、わたくしに少し似ていると思わくて?」

「わたくしは、リーリャがお気に入りですわ。健気で、大切な方を守ろうとする姿……わたくし、他人とは思えませんの」


 自分のモデルを自分でお気に入りと言う彼女たちの無邪気さに、俺は目眩を覚えた。そして、エレノア様が本を閉じて俺を真っ直ぐに見つめた。


「ねえ、バーティ。このアルヴィナという方、あなたに少し似ておりますわ」


(――来た)


 俺は覚悟を決めた。ここで正解を突きつけられるなら、それもまた運命。


「そうですか?」

「ええ。数字に強いところや、皆に慕われているところは。……けれど、アルヴィナは背が高くて威圧感があって、誰よりも強いのでしょう?そこは、あなたとは違いますわね」

「――はい?」

「あら、当然よ。あなたは背こそ高いけれど、もっと……こう、儚いわ」

「ええ、儚いですわね」

「可憐です」


 四人が口をそろえて断言した。


 可憐。

 身の丈六フィート、肩幅は扉の枠ほどもあり、樽を担いで走れるこの男が、可憐。


(この人たちの目、医者に見てもらった方が良いんじゃないか……?)



 夜遅く、イザベラ様が俺の部屋の扉をノックした。


「本日の交渉、完遂いたしました。3万5000部完売の見込みで……あなたの取り分は金貨23枚と銀貨60枚になります」

「……きんか、にじゅうさん。前作の二百倍以上……」


 イザベラ様はその場にしゃがみ込み、震える手で顔を覆った。彼女にとって、それはただの金ではない。自分の魂が、正当な価格で市場に認められた証なのだ。


「アルベルタ様。……わたくし、次を書きますわ。もっと、売れるものを」


 彼女は、封筒を俺の手に押し付けた。


「これは手数料の先渡しですわ。受け取ってください」


 室内に戻り、封筒を開ける。中には銀貨が20枚。

 ――俺は、それを机に並べて眺めた。

 この学院に来て初めて、自分の腕一本と嘘で稼ぎ出した、汚れのない報酬だ。


 バレろよ。

 なあ、頼むよ。

 俺は今日、王都で自分の偶像が娘たちに奪い合われているのを見た。

 その偽物を自分で3万部刷らせて、その手数料で飯を食っている。


 なのに学院に戻れば、本物を目の前にした奴らが「可憐ですわね」と微笑むんだ。

 可憐と言われたこの男が、今日、王都で三十軒の在庫を数えて歩き、出版商を数字でねじ伏せてきたんだぞ。


「どうして……どうしてこうなった……」


まだまだ続くよ女装生活

自分をモデルにした百合ごっこが流行るという地獄



「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

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