第1話:アルベルタ・グレイ、参ります
※コルセットでギッチギチに締め上げています
「……母上。最後に一度だけ、確認させてください」
「何だい、景気の悪い顔をして。これから王立女学院に乗り込む商会の跡取り娘が」
馬車の窓に映る自分の姿を見て、俺――アルバート・グレイは、深い絶望とともに問いかけた。
そこに映っているのは、どう見ても「無理やり女装をさせられた男」だった。
身長は175センチを超え、肩幅は樽を担いで走る商家育ちゆえにガッシリと広い。
母親が最高級のシルクで仕立てたドレスは、その雄々しい体格を隠すどころか、むしろ「強そうな上半身」を強調する額縁のようになっていた。
「母上。俺、男ですよ。これ、バレますよ。門番に組み伏せられて、そのまま牢屋行きですよ」
「バカをお言い。契約書に『子女一名を派遣する』って書いちゃったんだよ。うっかり。家にはお前しかいないんだから、お前が行くしかないだろう。やってみて駄目だったら、その時考えなさい」
「考えた結果がこれじゃないんですか!?」
商売人として決断が速すぎる母に、俺は叫んだ。
だが、馬車は無情にもセント・アグネス王立女学院の正門前で止まった。
この門をくぐれば、一年間の女装潜入生活が始まる。
失敗すればグレイ商会の信用は失墜し、俺は変態不審者として歴史に名を刻む。
(……やるしかない。こうなったら、商人としての『演技力』を総動員してやる)
俺は馬車を降りた。
令嬢らしい優雅な歩き方など知らない。代わりに、商談に向かう時のように、背筋を伸ばし、堂々と、自信に満ちた足取りで石畳を踏みしめる。
門をくぐる。
出迎えた学監らしき老婦人と、行き交う令嬢たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。
――来る。
「おい、あいつ男だぞ!」という怒号。
「不潔ですわ!」という悲鳴。
衛兵が剣を抜き、俺を包囲する光景が目に浮かぶ。
俺は、最悪の事態に備えて奥歯を噛み締めた。
「……あら?」
老婦人――学監のミセス・ホロウェイが、眼鏡の奥の目を丸くして言った。
「なんて……なんて背が高く、堂々とした方かしら」
……えっ?
「見て、あの方。あんなに凛々しい歩き方、見たことがありませんわ」
「まるで戦場へ赴く騎士のような気迫……。あれこそ、真に自信に満ちた貴婦人の振る舞いですわね」
ざわつく周囲。だが、そこに侮蔑の意図は微塵もなかった。
聞こえてくるのは、驚きと、そして純粋な感嘆の声だった。
(……待て。誰も、俺を男だと言わないのか? この肩幅を見て、何も思わないのか?)
戸惑う俺に、ミセス・ホロウェイが優雅に一礼した。
「あなたがグレイ商会の学生代表、アルベルタさんですね? ようこそ、我が学院へ」
「あ、は、はい。よろしくお願いします……ッ」
(しまった!)
緊張のあまり、用意していた裏声を出し忘れた。
出たのは、正真正銘、十七歳の男の地声。
低く、よく通る、商談で相手を威圧する時に使うバスの声だった。
空気が凍りついた。
誰もが言葉を失い、俺を凝視している。
(終わった。今度こそ終わった。声。声はさすがに言い逃れできない。バイバイ、俺の人生。さようなら、グレイ商会……)
静寂。
死を覚悟した俺の耳に、ミセス・ホロウェイの震える声が届いた。
「……なんて。なんて、素敵な低音かしら……っ!」
……は?
「まるで、北部の古い森を吹き抜ける風のような響き……。これほどまでに気品に溢れたお声、生涯で初めて聞きましたわ!」
「ああ、素敵……。あのお声で囁かれたら、わたくし、卒倒してしまいそうですわ……」
令嬢たちが頬を染め、うっとりと俺を見上げている。
どうやら彼女たちの目には、俺は個性的でクールな、超然とした淑女として映っているらしい。
誰一人として。
マジで誰一人として、俺が女装した男である可能性を疑っていなかった。
「さあ、アルベルタさん。教室へご案内しますわ。皆、あなたのような素晴らしい方を待っていたのですよ」
ミセス・ホロウェイに背中を押され、俺は学院の奥へと進んでいく。
(……おかしい。この学院、何かがおかしいぞ)
鏡を見れば、そこには依然として、ドレスをはち切れんばかりに着こなした屈強な男が立っている。
だが周囲の評価は高貴で凛々しく、素敵なのだ。
俺は、これからの一年間を予感し、心の奥底で絶叫した。
(バレろよ! 誰か一人ぐらい気づけよ! 嘘だろ、これで一年間やっていけるって本気で思ってんのか、母上ーーっ!!)
セント・アグネス王立女学院。
国内最高の教育を誇るはずのその場所は、俺にとって、最も理不尽が支配する魔窟となった。
グレイ商会跡取り息子、アルバートことアルベルタ。
絶望と困惑のなか、華やかな女学院生活が幕を開けた。
女装男子がいたとして、それを指摘するのは難しそうな気もするな~
見なかったフリしそうだな~
指摘して女性だったら……めちゃくちゃ失礼だよな~
実際に女装してらっしゃる方を見たことあるけど、普通にスルーしたもんな~
こんなことを考えていたらできた作品です、対よろ
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