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第14話:筆が乗りますの

自分で自分を追い込む系の主人公

 代理人という仕事には、避けては通れない過酷な業務が含まれる。

 検品だ。

 売り物の中身を確認せずに値をつける商人がいたら、それは商人ではなくただの博打打ちである。たとえその売り物が、自分の虚像を美化し尽くした大衆小説であったとしても、読まないわけにはいかないのだ。


 旧校舎の音楽室。今や俺とイザベラ様の「秘密の商談室」と化したその場所で、彼女は一冊の分厚い原稿の束をピアノの上に置いた。


「アルベルタ様。第一稿が仕上がりましたの」

「早いですね。代理人契約をしてから、まだ十日足らずですが」

「筆が乗っておりますの。ここ最近、題材に事欠きませんもので」


 イザベラ様は、頬を染めて期待に満ちた瞳で俺を見ている。

 俺は嫌な予感を覚えつつも、商人としての仮面を貼り付け、一枚目をめくった。


 表題:『女学院の麗しき四輪花――秘められた薔薇の物語』


(……タイトルからして、既に嫌な予感しかしないぞ)


 俺は覚悟を決め、読み進めた。


 そして三十分後。

 俺は無言のまま、原稿を膝に乗せて石像のように固まっていた。


「……いかがかしら、アルベルタ様?」

「イザベラ様。一点、確認させてください。この主人公の『アルヴィナ・グレイス』という人物ですが」

「ええ」

「モデルは」

「あなたですわ。当然でしょう?」


(やっぱりな!!)


 俺は原稿の中ほどを指差した。そこには、先日シャーロット様と決闘した際の場面が、恐ろしいほどの熱量で描写されていた。


『――剣は交わらなかった。アルヴィナは、ただそこに立っていた。紅蓮の髪の令嬢が放つ渾身の一撃を、彼女は眉一つ動かさず、その存在の質量だけで受け止めたのだ。なぜ避けないのか。それは、彼女が生涯で一度も、困難から逃げたことがないからだ。背負ったものが重すぎる者は、身をかわす自由を持たないのだから――』


「イザベラ様。あの、事実関係の修正案をよろしいでしょうか。わたくしがあの日避けなかったのは、ドレスの裾が長すぎて、足がもつれるのが目に見えていたからであって、逃げる自由がないからでは……」

「アルベルタ様。それですわ!」

「はい?」

「ご自分の強さを、決して認めようとしないその謙遜!その無自覚な高潔さこそが、読者の心を打つのですわよ!」


(ダメだ。この作者、一番都合のいい解釈で固めてやがる)


 さらに読み進めると、今度は先日の羊毛相場の話が出てきた。


『――侮辱を、アルヴィナは微笑みで飲み込んだ。商家と蔑まれても、彼女の瞳には憎しみの一片すら宿らない。彼女はただ、相手の領地の羊たちを案じていた。……この人は、優しいのではない。優しくあることでしか、自分という存在を保てないほど、純粋すぎるのだ』


 俺は原稿を閉じ、目頭を押さえて深々と溜息をついた。


 優しくあることで自分を保っているのではない。相手(伯爵家)が暴発して、自分とリリー様の身に危険が及ぶのを、ビジネスの話にすり替えて全力で回避しただけだ。


 だが。

 俺はここで、脳内のスイッチを切り替えた。

 私情を挟むな。これは俺の伝記ではない。ローズ・ブラックウッドという作家が書いた商品なのだ。


「イザベラ様。ここから、代理人としての所見を申し上げますわ」

「まあ。ぜひ伺いたいですわ」

「まず、結論から。これは売れます。間違いなく、前作を超えますわ」


 イザベラ様が息を呑んだ。

 俺は事務的に、この作品が売れる市場的な理由を挙げ始める。


「理由は三つ。第一に、舞台設定。庶民には一生縁のない貴族女学院の内幕という『秘匿された情報』への欲求。第二に、四人のヒロインという多面性。そして第三に……これが最大ですわ。主人公が、自分の価値をこれっぽっちも理解していないこと」

「価値を、理解していない?」

「ええ。読者は、主人公よりも賢い立ち位置に置かれると、強烈な快感を覚えます。『この人はこんなに素晴らしいのに、なぜ自分では気づかないの!』という苛立ちが、ページをめくる強力な推進力になるのです。あなたは無意識にか、あるいは天性の才能か、完璧な共感の罠を仕掛けましたわね」


 イザベラ様は、口をぽかんと開けて俺を見ていた。文章の美しさではなく、売れるための構造を解説されたのが初めてだったのだろう。


「では、修正の提案です。……第4章、主人公の回想シーンを7ページから2ページに削ってください。孤独は説明すればするほど安っぽくなります。読者に想像させる余白を作ってください。それから第7章、ここで主人公に、リリー様のモデルのキャラの名前を呼ばせてください。それだけで、爆発的に売上が伸びますわ」

「名前を。……ああ!そうですわ、名前ですわ……!」


 イザベラ様は、何かに打たれたように猛然とペンを走らせ始めた。

 その隙に俺は帳簿を取り出し、契約書のたたき台を作成した。


「条件の話をいたします。初版は5000部。定価は銅貨45枚。前作より5枚上げますわ。値を上げた方が『格上の新作』という印象を与えられます。そして、今回の契約は印税ロイヤリティ方式、売上の15パーセントを要求しますわ」

「15パーセント……。それは、どれくらいになりますの?」

「完売すれば、あなたの手元には金貨3枚と銀貨数枚が入ります。……前作の30倍以上の利益ですわ」


 イザベラ様の手が止まった。


「……金貨、3枚。わたくしの原稿が、そんな価値に……」

「ええ。あなたの原稿には、それだけの市場価値がある。作者自身がそれを過小評価してはいけませんわ。わたくしが、一分の狂いもなくその対価を回収して差し上げます」


 イザベラ様は潤んだ瞳で俺を見つめ、そっと俺の手を取った。


「アルベルタ様……。バーティ。あなたに代理をお願いして、本当によかったわ。あなたは、わたくしの魂に、正しい光を当ててくださる」


(いや、正しい価格を当てているだけです)


 一月後。

 イザベラ様の新作『女学院の麗しき四輪花』は、王都で発売されるや否や、社会現象となった。

 貸本屋には予約が殺到し、街の令嬢たちは「アルヴィナ様のような凛々しい生き方を!」と熱狂した。


 バレろよ。

 なあ、誰か一人くらい気づいてくれよ。

 あの本を売れるように構成し、ページを削り、セリフを足し、マーケティング戦略を立てたのは、他ならぬモデル本人なんだぞ。

 俺は自分の勘違伝説を、自分の手で最も魅力的な形に磨き上げて、世界中にばら撒いたんだ。

 これはもはや、風評被害の主犯と言ってもいい。


 俺は学院の廊下で、新作を抱えて「アルヴィナ様(俺)は尊い……」と咽び泣く令嬢たちを横目に、深い絶望と共に天を仰いだ。


 その夜、実家の母への手紙。


『母上。本日、俺をモデルにした小説の重版が決まりました。金貨数枚分の利益が出ますが、代わりに俺の本当の姿がどんどん遠ざかっていきます。……商人として大成功していますが、人間としては、もうどこへ向かっているのか分かりません』


 翌朝、俺の机の上には、新作の感想を語り合いたいという令嬢たちからの、金貨一枚分の価値すらありそうな高級な招待状が、山のように積まれていた。


ちなみにライトノベルやWeb小説系の出版部数は


・1万部 → かなり好調

・3万部 → 大ヒット

・10万部 → アニメ化候補

・50万部超 → 業界トップクラス


らしいです、ご参考までに



「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

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