第11話:決闘を申し込むわ
バレろよ
「バーティ」という愛称が学院に定着してから、俺――アルベルタことアルバート・グレイの日常は、さらに騒がしくなっていた。
特に、あの赤髪の伯爵令嬢シャーロット・アシュリー様が、以前にも増して俺の背後に殺気を漂わせるようになったのだ。
「見つけたわ、バーティ!」
放課後の校舎裏。演習場へと続く廊下で、彼女は木剣を肩に担ぎ、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべて立ちはだかった。
「……ごきげんよう、シャーロット様。今日はその、随分と物騒なものをお持ちですね」
「決まっているでしょう。今日こそ、あなたのその『化けの皮』を剥がさせてもらうわ。アルベルタ・グレイ、わたくしと決闘しなさい!」
決闘。
その前時代的な響きに、俺は思わず遠い目をした。
商人にとって、物理的な衝突は最も避けるべき不採算行為だ。交渉が決裂したなら、別の市場を探すか条件を下げればいい。命を賭けて棒切れを振り回すなど、原価に見合わないことこの上ない。
「あの、シャーロット様。わたくし、商家育ちで武術など嗜んでおりませんわ。木剣の持ち方すら……」
「嘘をおっしゃい!あの日、暴れ馬を素手でねじ伏せたあの動き、わたくしの目は誤魔化せなくてよ。あなたは相当な手練れのはずだわ。……さあ、断ればエレノア様の顔に泥を塗ることになるわよ?」
(卑怯な!公爵令嬢の名を出すなんて、交渉の禁じ手じゃないか!)
俺は渋々、彼女に連れられて演習場へと向かった。
そこには、何をどう聞きつけたのか、エレノア様を筆頭に『四輪花』の面々と、暇を持て余した令嬢たちが壁際にずらりと並んでいた。
「頑張って、バーティ!わたくし、あなたの凛々しい剣筋が見られるなんて、夢のようですわ!」
「バーティ様、お怪我をなさらないで……。危なくなったら、わたくしが身を投げ出してお守りしますわ!」
(いや、リリー様。木剣戦に身を投げ出したら、普通に骨が折れますよ)
演習場の中央。シャーロット様は優雅に、かつ隙のない構えを見せる。アシュリー伯爵家は代々将軍を輩出する名門。
「さあ、構えなさい。バーティ!」
「……はあ。では、失礼して」
俺は木剣を握った。
剣術なんて知らない。だが重いものを持つコツなら知っている。
俺は重心を低く落とし、足を肩幅より少し広く開いた。これは、一袋30キロの塩を担いでも体勢を崩さないための、商人(荷揚げ屋)の構えだ。
脇を締め、重い天秤の棒を支えるように、木剣を身体で固定する。
それを見たシャーロット様の眉がぴくりと動いた。
「……何、その構え?隙だらけに見えて、どこからも攻め込めないような、圧倒的な質量の壁……。ふん、面白いわ。いくわよ!」
彼女が動いた。
速い。風を切るような鋭い踏み込みと共に、木剣が俺の肩を目がけて振り下ろされる。
(避けるのは無理だ。ドレスの裾が邪魔で足がもつれる。なら最小限の動きで、ダメージをゼロにするしかない!)
俺は剣を振らなかった。
その代わり、木剣の先端を、シャーロット様の剣の軌道上に置く。
そしてインパクトの瞬間、背中の広背筋と腕の筋肉を、樽を抱える時のように硬直させた。
――ガァァン!!
激しい衝突音。
シャーロット様の剣が、俺の置いた木剣に真っ向から衝突した。
「な……っ!?」
驚いたのはシャーロット様だ。
彼女の全力の打ち込みを、俺の腕は一ミリも後退することなく受け止めた。それどころか、衝撃はそのまま彼女の腕へと跳ね返ったのだ。
(よし、今だ。商談でも、相手が怯んだ瞬間に押し切るのが鉄則だ!)
俺は重い荷物を運ぶ時のように、身体全体の質量を預けて、一歩踏み出した。
「く……重い!何なの、この重さは!?」
シャーロット様は必死に俺の剣を押し返そうとしたが、それは無理な相談だ。
俺の腕には、毎日百個以上の樽を積み下ろししてきた労働の筋肉が宿っている。令嬢が嗜む剣術とは、かかっている馬力が違う。
俺はさらにもう一歩踏み込む。
ミシミシと木剣同士が軋む音が鳴り、ついに限界が訪れた。
「――押し通る!!」
俺が強引な値切りの気合を込めて押し出すと、シャーロット様の身体が吹き飛んだ。
「きゃああああっ!?」
彼女の手から木剣が弾け飛び、宙を舞う。
彼女自身も演習場の床に尻餅をついた。
演習場に、静寂が満ちる。
俺は慌てて木剣を捨て、淑女のトーンを作り直した。
「あ、あら……!申し訳ありません、シャーロット様!つい、手が滑って……!」
「…………素晴らしい」
地面に伏したまま、シャーロット様が震える声で呟いた。
彼女は顔を上げると、その瞳には屈辱ではなく、言葉を失うほどの法悦が宿っている。
「……何、今の?技じゃない。駆け引きでもない。ただ、そこに存在するだけで全てを弾き飛ばす、圧倒的な『存在の質量』……。バーティ、あなた、わざと剣術を習っていない振りをしていたのね?」
「えっ?いや、本当に知らないんですけど」
「隠さなくていいわ。今の押し込み、並大抵の鍛錬では不可能よ。まるで……そう、城壁そのものに激突したような感覚だったわ。……確信したわ。あなたは、剣の技を超越した、『理』を体現する武の神髄に達しているのだと!」
「……は?」
パチパチパチ……と、壁際の令嬢たちから、一斉に拍手が沸き起こった。
「凄いわ!あのシャーロット様を、一歩も動かずに一撃で……!」
「なんて凛々しい。あんなに力強いのに、表情一つ変えないなんて……!」
「バーティ様、最高ですわ!!」
エレノア様が、瞳をキラキラさせて駆け寄ってきた。
「バーティ!あなたって人は、どこまでわたくしを驚かせれば気が済むの!?あの不動の構え、まるで嵐の中でも動じない古城のようだったわ。素敵、本当に素敵よ!」
リリー様は、なぜかタオルを持って泣きながら俺に抱きついてきた。
「バーティ様、あんなに激しくぶつかって……。お身体、内出血なさっていませんか!? わたくしが今すぐ、個室で全身をチェックして差し上げますわ!」
(だからリリー様、それは一番やばいから!!)
イザベラ様は、もはや狂ったようにメモを取っている。
「……最強のヒロインが、無自覚にライバルを圧倒する。これよ、これこそが読者の求めていたカタルシスだわ……!」
シャーロット様は俺が差し出した手を、俺の筋肉の硬さに驚きながら取り、立ち上がった。
「負けたわ、バーティ。完敗よ。……でも、これでますます火がついたわ。いつか必ず、その『不動の城壁』を崩してみせる。それまで、誰にも負けないでちょうだいね!」
「……ええ、努力……しますわ……」
俺は、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
バレろよ。
筋力が女のそれじゃないって気付いてくれよ。
俺の強さは剣術じゃなくて、ただの重労働の副産物なんだよ。
なんで樽を運ぶ力が、武の神髄とか言われなきゃいけないんだよ。
演習場を去る俺の背中に、令嬢たちの熱烈なコールが響き続ける。
「バーティ!バーティ!バーティ!」
その夜、俺は実家の母への手紙に、こう書き記した。
『母上。おかげさまで、剣一本で伯爵家を攻略しました。もう、何が正解なのか分かりません』
米30キロ持ったことあるけど結構きつかった思い出
肉体労働者の方には頭が下がります
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