第1話 中編
辺境の街の酒場。
勇者ナキは深刻な面持ちで打ち明ける。
「俺は強くなりすぎた。戦いを退屈に感じるようになってしまった」
「何だそりゃ。贅沢な悩みだなぁ」
幼馴染であり賭博師のライアンは、安酒を呷って笑う。
燻製豆をポリポリと齧る彼の表情はお気楽なものであった。
それでもナキは真剣に話を続ける。
「二十年前、俺達の故郷は魔王に滅ぼされた。そこから復讐のために己を鍛え上げた……死に物狂いで強くなり、各地の魔王を殺して回った」
「まったく、ただの村人が勇者になるなんて驚きだぜ……あっ、ここお前の奢りでいいか?」
「構わない」
「よっしゃぁ! アンちゃーん、一番高い酒を頼むーっ! あと肉も!」
「はーい、まいどー」
看板娘に追加注文をしたライアンは、じろりと睨んでくるナキに気づく。
ライアンは肩をすくめてとぼけてみせた。
小さく嘆息した後、ナキは淡々と語る。
「レベルはカンストし、大量のスキルと神器を手に入れた。竜の魔王との真っ向勝負すら苦戦しなかった」
「ははっ、正真正銘のバケモノだな」
「魔王を絶滅させたことで、俺は目的を失った。これからどうすればいいのだろうか」
「ふむ……」
届いた酒を飲みながら、ライアンは眉を曲げて思案する。
暫しの沈黙を経て、彼はぽつりと呟いた。
「ナキ、魔王はあと一体残っているぞ」
「何」
「サキュバスの魔王だ」
「……聞いたことがない」
「そりゃ当然だ。奴は正体を隠して人間社会に潜伏してるからなぁ」
ナキは机を倒しそうな勢いで身を乗り出すと、慌てて酒と料理を守るライアンに尋ねた。
「サキュバスの魔王はどこにいる」
「魅惑の迷宮だ」
「何だそれは」
「知らねえのか。世界最大の賭博場さ。そこの支配人がサキュバスの魔王なんだよ。ごく一部のギャンブラーしか知らない極秘情報だ」
ライアンの得意げな説明を聞いたナキは、素早く席を立った。
彼は荷物を背負って立ち去ろうとする。
「わかった、行ってくる」
「待てよ。魅惑の迷宮は魔境だ。いくらお前が強くても、そういう力は通用しない。事前準備をしなけりゃカモに……」
「必要ない」
遮るように断言したナキは、大量の金貨をテーブルに置いて酒場を後にした。
残されたライアンはとりあえず酒のおかわりを注文した。
◆
数日後、ナキは魅惑の迷宮に到着した。
きらびやかな室内において、物々しい装備のナキは否応なしに注目を集めていた。
ギャンブルを満喫する客達は囁き合う。
「見ろ、勇者ナキだ」
「何をしに来たんだ?」
「ま、まさか支配人を……!?」
ナキのもとに歩み寄る美女がいた。
漆黒のドレスに身を包む美女は妖艶かつ上品な雰囲気を纏い、銀色の髪を揺らして微笑む。
美女はナキの前で恭しく礼をした。
「勇者ナキ様。はじめまして、私は支配人のリリー……」
挨拶を最後までま聞かず、ナキはいきなり斬りかかった。
その刃が届く寸前、支配人リリーは手を打ち鳴らす。
刹那、二人は扉のない密室に移動した。
両者はテーブルを挟んで向かい合う。
攻撃を中断させられたナキは状況を推察する。
(転移スキルか……)
ナキは臆することなく、剣の切っ先をリリーに向けた。
「サキュバスの魔王だな。お前に勝負を挑む」
「ええ、いいですよ。ですが野蛮なだけのゲームは面白くありません。ここは賭博場ですからギャンブルで勝敗を決しましょう」
リリーは優雅に微笑み、豊満な胸元からカードの束を取り出してみせた。




