第47話・有羽とレジーナの御対面
森の南部――結界の内側。
朝と昼の境目みたいな、薄い光がログハウスの窓から差し込んでいた。
木漏れ日が床板にまだら模様を作り、埃がゆっくり舞う。湿気は結界が整えているので不快ではなく、薪の残り香と、さっきまで沸かしていた湯の匂いがほんのり混ざっている。
ログハウスの中は、相変わらず生活の匂いが濃い。
森の中だというのに、妙に整っている。道具が揃い、棚があり、湯があり、清潔さがある。
世渡有羽は、テーブルの椅子にだらりと腰掛けていた。
肘をつき、頬杖をつき、片足を組む。格好だけは完全にだらけているが、視線は鋭い。魔境で八年生きた者の目だ。
テーブルの中央には、緑色の宝玉がふよふよ浮いている。
今日も今日とて、有羽が魔力で軽く保持している。お手玉の延長みたいに扱っているが、これは王国の学者が見たら泣くやつである。
宝玉が淡く光り、空中に像が投影されている。
木でできた人形めいた女――樹神女帝の分身。
相変わらずマネキンのくせに感情が豊かで、口が悪く、態度がでかい。
そして今、喚いていた。
『――つまらんのじゃがー! 我、暇ぞー!』
テーブルの上に両手をバン、と叩きつける仕草までしている。
実際は映像だが、勢いだけは本物だ。宝玉越しの空気が震える気がする。
有羽は、深いため息をひとつ吐いた。
「……もう一度言うぞ。ちゃんと聞け。今日からしばらく通話しないように。王国の第一王女さんが、今日あたり来るはずだから」
『えー』
子供のように伸びる声。最近、特に幼児化が進んでいる気がする。
『お主が相手してくれぬと我はどうすればよいのだ。木陰で葉でも数えればよいのか?』
「知らん。勝手に葉を数えろ」
『冷たい! 隠者、冷たい!』
「ぶーたれるな。そもそもこの宝玉が出来るまで、アンタずっと一人だっただろうが。ずっと暇してただろうに、何を今更」
有羽が言うと、女帝は口を尖らせる。三日月みたいに曲がっていた口が、今度はむくれた餅みたいになる。
その膨れ餅のマネキン顔が、妙に腹立つ。
『今まではそれが「常態」だったからの。特に違和感もなかったが……むぅ。今となっては退屈は苦痛だ。それはお主も同じであろう?』
女帝の目が、わざとらしく細くなる。
樹のくせに、やけに人間臭い目をする。
「……んな訳ないでしょーが」
即答したはずなのに、有羽は目を逸らした。
窓の外の森を見て、木漏れ日を見て、何もない空気を見てしまう。
彼は八年、ひとりだった。
心を閉ざして、外界を見ないで、淡々と生きるだけの生活を作ってきた。
それは今も、変わらないはずだ。
変わらない――のに。
心のどこかに、空いた穴がある。
そこに、何かが入り込んでしまったのを、有羽自身が一番よく知っている。
宝玉の向こうで、女帝の口元がにやりと歪んだ。
三日月の笑み。ホラー映画の人形みたいな、いやな笑み。
「……なんだよ、その顔。何が言いたい?」
『別にぃー? 我、樹だからよくわからんのじゃよー?』
「このマネキン女帝……っ! 実体あったら、ぶっ叩いてやるのに……っ!」
有羽が拳を握ると、女帝は楽しそうに笑った。
『お? やるか? いつでも相手になってやるぞ? 王国の王女にメロメロの隠者さま?』
「はっ倒すぞ」
口調だけは完全に殺意だが、声の温度はどこか軽い。
女帝がそれを見逃すはずもない。
さらに煽るように、女帝は木の枝を触手みたいに生やし、うねうね動かして見せた。
くいくい、と指みたいに動かす。挑発が雑で腹が立つ。
ピキ、と有羽のこめかみに青筋が浮いた。
「……よーし、良い度胸だ。次そっち行くときに少し『遊んで』やるよ、女帝さん」
『くっくっく。遊んでやるのは我の台詞よ。たまには運動せぬとなぁ……数字ゲームの借りも返さねばならぬし』
「やーいやーい。昨日、俺に三連敗した雑魚マネキンー」
『…………』
女帝の笑みが、すっと消えた。
次の瞬間、にっこりと――いや、にっこりではない。
あれは笑顔の皮を被った何かだ。
『……くくくくく……我、怒る。隠者、潰す。覚悟、良いな?』
「おーこわ。森が泣いてる泣いてる」
『我は泣かぬ! 怒っておる!』
「泣いてる泣いてる」
『泣いておらんわ!』
宝玉越しに睨み合う二人。
魔境の森の上位存在二名による、見るに堪えない子供の口喧嘩である。
しかも片方は「森そのもの」なのに、言い争いの内容が悪ガキだ。
数秒、緊張したような沈黙が落ちて――
どちらからともなく、苦笑が漏れた。
「……ま、こっちの件が片付いたら連絡するよ。それまで不干渉でよろしく」
『うむ。実際問題、我が南王国の王族と顔合わせると面倒な事になりそうだからな』
女帝の声が、少しだけ低くなる。
冗談の皮が薄くなる。森の古い存在の匂いが一瞬だけ顔を出す。
有羽は眉をひそめた。
「……やっぱり、魔国でも上層部にしか正体伝えてないのと関係ある?」
『それなりに、の。我も長く生きておるからな……過去の話だが、王国や帝国、それに神聖国の王族とも無関係ではない。我は『お伽噺の存在』で留めておくのが、色々と都合がいい』
「げー……知りたくない歴史の裏話がありそう……」
有羽は露骨に嫌そうな顔をした。
面倒臭い匂いを嗅ぎ取る嗅覚は、森で鍛えられた。
女帝は何気なく言っただけのようで、しかしその言葉の裏には、長い年月の積み重ねがある。
建国の裏。条約の裏。英雄譚の裏。王族の血の裏。
そういうものが、森の年輪みたいに蓄積しているのだろう。
国の歴史は美談だけではない。
それは、かつての地球でも同じだ。
光と闇がある。
藪をつつけば、何が出るか分かったものではない。下手をすれば、国が揺れる。
その手のものに触れて得するのは、だいたい「触れた側」ではない。
「仕舞えるなら仕舞っておくべきだね、その辺は」
『うむ。触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったものよ。この諺、隠者の国にもあるのじゃろ?』
「ある。まさに万国共通の諺だね」
うんうん、と頷き合う。
強大な力を持っていても、面倒事から距離を取る知恵は共通らしい。
女帝が少しだけ表情を和らげた。
『ならばしばしの間、我は黙っておこう。お主の客を迎えるのが先だ』
「助かる。マネキンがいきなり割り込んできたら、第一王女さんの胃が死ぬ」
『ならば死なぬようにせねばな。では切るぞ、隠者』
「うん、また」
次の瞬間、ぷつん、と通話が切れた。
宝玉の光がふっと消え、投影も霧みたいに溶ける。
そして――ログハウスに静寂が戻る。
外の森の音が、ようやく近くに戻ってきた。
木々の擦れる音。鳥の羽音。どこかで小さな獣が土を掘る気配。
焚き火のない空気。湯気の消えた室内。
有羽は椅子に深く座り直し、しばらくぼんやり天井を見た。
(……第一王女、か)
アウローラが勢いで連れてくると言い出して、勢いで許可してしまった。
自分でも分かっている。軽率だった。
ワンピースが悪い。あれは反則だ。
(いや、違う。俺が悪い)
渋い顔をして、またため息を吐く。
そんなとき。
有羽の知覚領域が、ぴくりと反応した。
結界の外側。
遠いけれど、確実に「人」の気配。
複数名。規則的な足運び。装備の擦れる音。呼吸の揃い方。
慣れた行進。
そして、その中に混じる――金色の気配。
わんこみたいな、あの気配。
見つけた瞬間、尻尾をぶんぶん振りそうな勢いで突っ込んでくる、あの気配。
最近はもう、足音の癖まで分かる。
有羽は立ち上がった。
肩を回し、首を鳴らし、無意識に髪を掻く。
柄でもなく髪型を整えようとしてしまう自分に気づいて、心の中で舌打ちする。
「……さてさて」
窓の外を見ると、結界の縁の向こうに、まだ姿は見えない。
だが、「いる」ことは分かる。
呼吸がひとつ深くなる。
胸の奥が、少しだけ忙しくなる。
「お出迎えといきますか」
有羽はログハウスの扉へ向かい、取っ手に手を掛けた。
静かな森の中。
結界の内側。
いつもの自分の家。
そこへ――いつも通りの面倒と、いつも通りじゃない客が、やってくる。
◇◇◇
ログハウスの扉を押し開けると、森の空気が頬に触れた。
湿り気はあるが重くない。結界の内側に整えられた、澄んだ匂いだ。
木の樹脂と土の匂いに、遠くの磯の塩気がほんの少し混じっている気がした。あの小さな海は、今日も気分よく潮を吐いているのだろう。
有羽は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
そして、視線をこらす。
いつも――アウローラたちが来る方向。
木々の間の、わずかに開けた獣道の先。
最初に見えるのは影だ。
幾つもの影が規則正しく揺れ、樹海の隙間を縫って近づいてくる。
次に音。
草を踏む音、鎧の擦れる音、装備の揺れ、短い合図の声。
この森の中では、ほんの少しの不用意な音が死を呼ぶ。だから彼らは、音の出し方まで洗練されている。
そして最後に、姿が現れる。
見慣れた侍女たち。
森の中でも乱れない身のこなし。足運びに無駄がない。視線が四方へ散り、互いの位置取りが自然に繋がる。
衣擦れのひとつすら、手練れの戦士のそれだ。
見慣れた護衛たち。
寡黙で、真面目で、いかにも「仕事人」だが――目だけは冴え冴えとしている。
数年前なら命がけで対峙した魔物相手に、今は「お、来た来た」みたいな空気で迎え撃つ。
その事実が、もう異常だ。
そして――金色。
金髪が、木漏れ日の中でふわりと揺れる。
第二王女、アウローラ。
尻尾が生えていたら、たぶんぶんぶん振っている。
そんな勢いで、彼女の顔が「ぱあっ」と明るくなる。
有羽の姿を見ただけで、だ。
本人はまったく意識していない。
王族としての笑顔ではなく、戦場の笑みでもなく――ただ、誰かを見つけて嬉しい時の顔。
有羽は、その無防備さに毎回やられる。
(……あーもう、これだよ。これ)
心の中でぼやきながら、口元だけが勝手に緩む。
苦笑いで誤魔化して、視界にその笑顔を収める。
――と、そこに混じる、見慣れぬ存在がひとり。
隊列の中間。
護衛に囲まれるように位置取りされている男。
年の頃は有羽より上だろう。
すらりとした長身。鎧の上からでも分かる、無駄な筋肉のない体躯。
鍛え方が違う。筋力で鎧を動かすのではなく、骨格と重心で動かすタイプ。
髪は明るすぎない亜麻色。
表情は穏やかで、目は優しげ――だが、視線の焦点が常に定まっている。
どこを見ているか分からないようでいて、必要な情報だけを拾う目。
貴公子を絵に描いたような男。
だが、有羽はその男の顔より先に、別のものに目を奪われた。
背中。貴公子が背負っているもの。
――籠。
(……何あれ?)
思わず、眉が寄る。
背負い籠だ。
背負い籠……なのに、やけに豪奢。
普通、背負い籠というのは荷物を運ぶものだ。
軽さと頑丈さが命だ。装飾なんてしたら邪魔だし、引っかかるし、壊れるし、何より無駄だ。
なのに、あれはどう見ても「豪華絢爛」だった。
金具は飾り彫りが入っているし、留め具はやたら凝っている。
籠の縁には布が貼られていて、細工が細かい。
背中の荷物というより、王宮の調度品を無理やり背負わせたみたいな異物感。
(どこの誰だよ、あんなもん作ったの……もうちょっと別のとこに金使いなさいよ)
内心でボロクソに言う。
言いたい放題だ。
幸い、口には出していない。
――もし出していたら、その籠の中身が気の毒すぎた。
隊列が結界の縁へ近づくにつれ、空気がわずかに変わる。
外側の森の圧が、結界に触れて弾かれたように薄まる。
彼らの足取りが一瞬だけ軽くなったのが分かった。
結界の恩恵を、もう身体が覚えている。
そして、彼女が声を上げた。
「おーい! 有羽ー! 来たぞー!」
森に響く、明るい声。
自分の隊列に一切の不安を見せない声。
だが、有羽の前では、ただの「嬉しい声」になってしまっている。
アウローラが手をぶんぶん振り、隊列の規律を一瞬だけ置き去りにして、小走りで近づいてくる。
完全にわんこである。
後ろでは、護衛隊が姪っ子を見守る叔父みたいな顔をして、でも止めない。
侍女たちも「はいはい」みたいに苦笑いしている。
皆、もう慣れている。
有羽は腕を組み、苦笑しながら迎えた。
「ん。いらっしゃい」
そして、すぐに視線を男の背中へ戻す。
「……で、早速だけど、それ何?」
男本人ではない。
籠だ。背負い籠だ。無駄に豪華な背負い籠だ。
有羽の視線がまっすぐそこに刺さった瞬間、護衛隊の何人かが目を逸らした。
侍女の一人が「今言うんだ……」みたいな顔をする。
アウローラは、何も気づかずににこにこしている。
「その人も初めて見るから気になってるけど、やっぱその背中のブツよ。何なのアレ?」
有羽は本当に分からなくて首を傾げた。
訝しさが隠せていない。
見慣れぬ騎士――貴公子風の男も、苦笑した。
彼もまた「そうですよね」という顔をしている。
気のせいか。
いや、気のせいではない。
豪華な背負い籠が、ガタガタッ、と小さく震えた。
(……え? 揺れた?)
有羽の眉がさらに寄る。
アウローラが、その場で胸を張った。
元気いっぱい、満面の笑みだ。
「姉上だ!」
「は?」
有羽の声が、情けないほど間の抜けた音になった。
「中に姉上が入ってるぞ! さあ、姉上着きましたよ!!」
アウローラが籠に向かって、まるで「ほら出ておいで!」と呼ぶみたいに明るく言う。
背負っている男――ラディウスが、咳払いをひとつした。
それは照れ隠しというより、心の準備の合図みたいだった。
「レジーナ……無理はしないで、ゆっくりと」
声が優しい。
背中に背負っているものが「人」だと知っている声だ。
そのまま丁寧に、背負い籠を地面に下ろす。
次の瞬間。
籠の内側から、ゆっくりと蓋が開いた。
ぎぃぃぃ……という音。
そして内側の影が動く。ぬぅ、と白く細い手が伸びる。
白磁のような手が、籠の縁を掴んだ。
指先が震えている……気がする。
有羽の頭の中で、日本に居た頃に見たホラー映画が再現された。雰囲気が完璧すぎる。
(……え、マジで人が入ってんの?)
有羽の脳内が一瞬フリーズした。
籠の中から、顔が少しずつ覗く。
淡い金髪。
整った顔立ち。
アウローラを成長させたような、同じ血の造形。
だが、決定的に違う。
アウローラが太陽なら、この女性は月だ。
鋭さを隠した光。落ち着きと冷静さを纏った美しさ。
目元は柔らかいのに、視線の奥には刃がある。
言葉を選ぶことに慣れた顔。
誰かを守り、誰かを動かしてきた者の顔。
そして――少し、具合が悪そうだった。
顔色は悪くない。だが、目の焦点がほんの僅かに泳いでいる。
息を整えるように、短く息を吐く仕草。
籠の中で揺られ続けた人間特有の、あの「気配」がある。
女性は、照れたように口元を引き締め――それでも王女の礼を捨てずに、言葉を紡いだ。
「……アウストラリス王国第一王女、レジーナ・スィル・ステラ・アウストラリス……」
喉が少しだけ詰まったように聞こえる。
だが、続く言葉の発音は美しい。
「賢者様にお目に掛れて、大変うれしく思います……」
その瞬間。
有羽の頭の中で、何かが「すとん」と落ちた。
(ああ。これが、レジーナさん)
話には聞いていた。
アウローラの姉で、国の外交と政治の中心にいる人物。
上品で清楚だが、内側は策士だという人物。
美容にも政治にも嗅覚が鋭い、危ない香りのする王女。
――その人物が。
背負い籠から、ぬぅっと出てきた。
(……いや初対面の構図として最悪だろこれ)
有羽は思わず額を押さえたくなった。
だが、そうすると余計失礼なので、拳を握りしめて耐える。
アウローラは、無邪気に誇らしげに言う。
「ほらな! 姉上だ! ちゃんと連れてきたぞ!」
自慢する内容が、色々とおかしい。
護衛隊も侍女隊も全員が「これは無い」という顔をして、しかしプロとして表情を作っている。
ただし目が笑っている。仕事をしている目だ。
先程まで背負っていたラディウスは、頭を下げる。
「聖騎士ラディウスと申します。今回は妻の護衛役として同行させて貰いました」
声が丁寧で、礼節があった。
表向きは貴公子、実態は刃をしまった獣――そんな気配がある。
有羽は直感で思った。
(こっちは「まとも」だ。……まともすぎて逆に怖いけど)
レジーナは籠の縁に手を置いたまま、もう一度だけ姿勢を整えた。
立ち上がる動作だけで、少しふらつく。
それを見逃さず、ラディウスがさりげなく支えの位置に立つ。
有羽は一歩前に出て、距離感を測った。
王女と賢者。
交渉相手としての距離。
客として迎える距離。
そして――アウローラの「姉」として迎える距離。
どれが正しいのか、瞬時に判断しなければならない。
けれど、口から出たのは。
「……えーと」
自分でも驚くほど、普通の声だった。
「その……まず、酔ってない? 大丈夫?」
王族に対して失礼ギリギリの第一声である。
だが、レジーナの目がほんの少しだけ緩んだ。
疲れているのに、礼を崩さない顔が――わずかに人間になる。
「……大丈夫、です」
たぶん半分は嘘。
アウローラが、すかさず元気よく胸を張る。
「大丈夫だ! 予行練習したからな! 姉上はもう背負い籠のプロだ!」
「そんなプロ、存在しない」
有羽が突っ込むと、護衛隊の何人かが肩を震わせ顔を背ける。
侍女隊も口元を押さえた。笑い声を飲み込んでいる。
レジーナは咳払いをひとつし、王女の笑みを作る。
「……賢者様。まずは、この度のご厚意に感謝を。妹が、無理を申したと聞いております」
言葉が丁寧だ。慎重だ。距離の取り方が上手い。
これは、慣れている人間の言い方。
有羽は心の中で、早速胃がきゅっとなった。
(来た。こういうタイプだ。面倒なタイプだ。絶対面倒だ)
だが同時に、アウローラが嬉しそうにしているのも見える。
姉を連れて来られたことが、心底嬉しい顔。
そして、有羽に会えたことも嬉しい顔。
その二つが重なって、もう完全に犬である。
有羽は、逃げるように肩をすくめた。
「……ま、とりあえず。ようこそ。ここ、俺の家……っていうか、俺の結界の中」
言いながら、少しだけ手を広げる。
森の奥の、あり得ないほど生活の整った空間。
王宮より清潔で、王宮より快適で、王宮より意味不明な場所。
レジーナの視線が、周囲の設備へ滑る。
畑の配置、物置、井戸、客間のログハウス、護衛用の家屋。
空気の清浄さ。
湿気の管理。
結界の密度。
彼女はまだ何も言わない。
だが、目が忙しい。頭の中で何かを積み上げているのが分かる。
――そして、まだ籠の中から完全に出きっていない。
レジーナの下半身は未だに籠の中である。
完全に間抜けな構図のまま、初対面が進行している。
有羽は心の中で、静かに祈った。
(頼むから、これ以上変なこと起きるなよ)
その祈りに対して、森はたぶんこう答える。
――無理だ。
こうして。
有羽とレジーナの初対面は、ちょっと間抜けで、少し気まずくて、でも妙に温度のある形で始まったのだった。




