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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第九章

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第140話・ハッピーエンド


 部屋の中に、重い沈黙が落ちていた。


 スキエンティア、有羽、そして宝玉越しの女帝。三者三様の視線が、椅子に腰掛ける白髪の青年へと集まっている。

 鋭い視線。虚言も、はぐらかしも、曖昧な誤魔化しも、何ひとつ許さぬ視線。

 だが、その圧を真正面から受けながらも、ニクスはわずかにも怯まなかった。

 謀る気など、最初から無いのだと示すように。静かな、澄んだ瞳で三者の視線を受け止めていた。


「俺が賢者に似ている、か」


 ぽつりと、ニクスが口を開く。

 その声は落ち着いていた。

 けれど、その奥には、どこか悲しげな響きがあった。諦めに似た色が、最初から混ざっている。


「探求神には、そう見えるか?」

「見える」


 スキエンティアは即答した。


「正確には……そうとしか見えない。だから余計に怪しいの。外見だけじゃない。もっと根本の、構成のところから似てる」


 女神の眼差しが細められる。

 探求神としての勘が、目の前の青年を「有羽のそっくりさん」で処理することを拒んでいた。


「世界中を探せば似た顔くらいはいるだろうね。けど、森に住む有羽君と、黒竜の分身体であるあなたが、こんなにも似ているのはおかしい。偶然が過ぎる。何か理由があるはず。似ている理由……有羽君の姿に似せた理由が」


 その視線はもはや、探求心の域を越えていた。

 目の前にいる異物の正体を見定めねばならぬという、真剣な色。


「理由を教えて。竜の分身体が、わざわざ有羽君に似せた理由を――」

「違う」


 ニクスが遮った。

 短く。強く。

 その一言だけで、スキエンティアの言葉の流れを断ち切る。


「違うんだ……順番が、逆なんだよ」


 ニクスのその言葉に、誰もすぐには反応できなかった。

 順番が逆。

 それはつまり、今こちらが立てている仮説そのものが、最初の組み立てから間違っているということだ。

 ニクスの視線が滑るように宝玉へ向く。

 女帝の樹人形へと、静かに問いを投げた。


「なあ、女帝。アンタのその姿、どうやって造った?」

『ぬ? 我のこの樹人形か?』


 問いの意図を測りかねたように、女帝がわずかに首を傾げる。


『……どう、と言われてもな。他者と意思疎通をするため、人型を形作っただけじゃ。枝を伸ばし、樹を編み、顔を与え、腕を作った。見ての通りの代物よ』

「そこに意図は?」

『意図? 特にない。誰かの姿を真似たわけでもないし、何か象徴を込めたわけでもない。我が人の形を取ったら、この姿になった――それだけだ』


 映像の中の樹人形は、そこに在ること自体があまりに自然だった。

 女帝にとって、この姿はただ「人型として現れた姿」でしかない。

 ニクスは小さく頷く。


「つまり、その姿は「あるがまま」に人型へ起こしたもの。特別な理由で選んだわけじゃない。人と話すため、自分を人の輪郭に落とし込んだら、そうなっただけなんだな?」

『そういうことになるな』


 有羽はその答えを聞き、わずかに眉を寄せる。

 ニクスは今度はスキエンティアへと顔を向けた。


「探求神、アンタはどうだ?」

「……わたし?」

「地上に降りる時、多少の調整はしただろう。けど、その姿そのものに、何か深い意味や意義はあるか?」


 スキエンティアは少し黙った。

 自分の指先を見下ろしたあと、拳を握る。


「……ないよ」


 答えは、女帝と同じだった。


「服装や細かい印象は、人に受け入れられやすいよう少し寄せることはある。でも、この姿そのものは……女帝さんと同じ。わたしが人型を取ったら、自然とこうなっただ、け――」


 そこで彼女は、ふと目を見開いた。

 今、自分が何を口にしたのか。

 質問の本質がどこにあったのか。

 その答えに、ようやく気づいたのだ。


「そういうことだ」


 ニクスが静かに言う。

 その声は、もはや説明というより確認の色。


「俺は別に、賢者の姿に似せたわけじゃない」


 静かな声。

 その声の静けさのまま、彼は自らの掌を見下ろす。

 白い指。白い皮膚。人間のものと変わらぬ形をした手。


「本体が、もしも人間の姿形をしていたら――そんな仮定の姿を、そのまま象っただけだ」


 なんの意図もない。

 なんの意味もない。

 ただ「もしも人間であったなら」という仮定の輪郭を、魔法で引きずり出しただけ。

 それが今ここに座るニクス。

 その姿が、有羽に似ているだけの――いや、違う。

 前提が違う。


(ニクス)が、お前(有羽)に似てるんじゃない」


 ニクスは、真っ直ぐ有羽を見た。

 視線がぶつかる。

 白髪の青年と、黒髪の青年。

 まるで鏡の中の左右違いみたいな二人の視線が、正面から噛み合う。

 そして――。




「――お前(有羽)が、(ニクス)に似てるんだ」




 ――時間が、止まった。


 誰も息をしない。

 いや、できなかったというべきか。

 有羽の思考が一瞬、真っ白になる。

 スキエンティアの顔から血の気が引いた。

 宝玉の向こうで、女帝の樹人形さえ微動だにしない。


 有羽が、ニクスに似ている。

 それはつまり。この世界に偶然、自分と瓜二つの存在がいた、という話ではない。

 もっと別の、もっと悪質な因果の話になる。


「待って」


 最初に声を絞り出したのはスキエンティアだった。

 顔が蒼褪めていた。神である彼女が、露骨な動揺を隠せていない。


「待ってよ……そんなの、そんなこと、ありえない」


 否定の言葉を口にしつつ、しかしそれは否定ではなかった。

 むしろ逆。頭の中に浮かんだ「最悪の可能性」を、自分で打ち消そうとしている声。


「異世界から転移してきた有羽君が、偶然あなたの姿に似ていたっていうの? そんなわけ――」

「そう。そんなわけあるはずがない」


 ニクスが淡々と頷く。

 きっぱりと。

 何の躊躇いもなく。スキエンティアの思い浮かべる「可能性」を補強する。


「転移したお前が、たまたま俺に似てたんじゃない――お前が俺に似ていたから、この世界に呼ばれた」


 有羽の指先が、ぴくりと震えた。

 理解が、追いつく。

 追いついてしまう。

 有羽とニクスが似ていること、それ自体は偶然だったのかもしれない。

 違う世界に生まれた二つの命が、たまたま似通っていた――そこだけを切り取れば、まだ説明はつく。


 だが、その「似ている有羽」がこの世界に来たことは、偶然ではない。

 意図的に呼ばれた。

 北の竜に似た人間を。

 宝玉の向こうで、女帝がぽつりと呟く。


『北の竜は限界を迎えておった……そして八年前に隠者は呼ばれた……』


 思考を整理するように。

 言葉を並べるたびに、真実の輪郭がより鮮明になっていく。


『限界を迎えつつあるその時に。竜に似た隠者が、異界より呼ばれた……』


 有羽の背中を、ぞわりと寒気が這い上がる。

 何故、自分だったのか。

 何故、日本にいた普通の少年が、この森へ落ちてきたのか。

 何故、最初から魔法の力が与えられていたのか。

 何故、死んでも終わらせてもらえなかったのか。

 全てが、一点に繋がっていく。

 ニクスが言う。


「ここまで言えば分かるだろう?」


 その声は静かだった。

 残酷なほど静かに、ただ事実だけを切り出す声。




「――お前は俺の「後釜」として呼ばれたんだよ。世渡有羽」




 ニクスの言葉を受けて、部屋の空気がぴたりと止まった。

 誰も、すぐには次の言葉を継げない。

 有羽も。

 スキエンティアも。

 宝玉の向こう側にいる女帝でさえも。


 白い青年の顔には、偽りを告げる者の揺らぎがない。

 妙な誇張も、相手を揺さぶる気配もなく、ただ事実だけを置いている。

 だからこそ、容易には信じられない。


『召喚方法は何だ』


 最初に声を上げたのは、女帝だった。

 珍しく、語尾に明確な強さが滲んでいる。


『何故、地球なる異世界にいた隠者が呼ばれることになる? 無論、隠者がこの世界にいるのは偶然ではないと思っていたが……世界同士を繋ぐなど、そう容易く起きるものではあるまい。召喚方法は一体何だ?』


 女帝の問いは当然だった。

 この世界と地球。言葉で並べるのは簡単だが、その間には本来、越えようのない隔たりがある。

 そこへ、偶然にせよ意図的にせよ、人ひとりを引きずり込むなど――容易にあってたまるものか。

 ニクスはその問いに、正面から頷く。


「そこは俺も詳しくは分からない」


 あっさりと、自分の無知を認める。

 その素直さが、かえって話の重みを増していた。


「俺は現場を見たわけじゃない。賢者がどうやってこの世界へ来たか、その瞬間そのものを知ってるわけじゃねぇ……ただ、推測は立つ。かなり現実的な線でな」


 室内の全員が、その続きを待った。


「おそらくだが……八年前に『世界渡り』が起きたんだろう」


 その単語に、スキエンティアの睫毛がぴくりと揺れた。

 世界渡り。

 世界と世界のあいだに、偶発的に生じる穴。

 あまりに低確率で、あまりに不安定で、生命がそこを越えて無事に辿り着く可能性は、奇跡という言葉でも足りないほど小さい現象。

 ニクスも、そこは理解しているのだろう。

 だからこそ、すぐに続けた。


「人がそのまま『世界渡り』する可能性は、とんでもなく低い。俺だって、いきなり人間ひとりが穴を抜けて無傷で来た、なんて考えてねぇ。だから多分……道具か、本か、何かそういう小物が、向こうからこっちへ落ちてきた」


 ニクスの声は落ち着いていた。

 無理に断定はしない。だが、あり得る線を丁寧に辿っている。


「例えば、薄い金属片とか、文字の刻まれた板とか、あるいは()()()()()()()()()()……そういう無機物なら、まだ可能性はある」

「……うん。それなら、まだ現実味があるね」


 スキエンティアが、静かに補足する。


「生命体の『世界渡り』は難しい。でも、微小な無機物なら話は別。命を守るための理がいらないぶん、穴を抜けるだけなら可能性はずっと高い」


 神である彼女の見立ても同じらしい。

 人は難しい。だが物なら、まだあり得る。

 女神の言葉に、ニクスが頷く。


「その仮定した物体が、お前のいた地球の代物だったんだろう。紙切れでも、本でも、設計図でも、何でもいい。向こうの世界の「何か」がこっちへ落ちてきた」


 そこまで聞いても、まだ部屋の中にいる誰も、その「何か」が何であるかは知らない。

 その「何か」を知っているのは、この世界でただ一人。

 かつて帝国の宝物庫で、事の発端を見つけた星髪の少女だけ。


 だから、この場の誰も知らぬまま――ただ、ひどく嫌な道筋だけが見え始めている。

 別世界から落ちた小さな物。

 その物体が、ここと地球を繋ぐ細い糸になった。

 森は、その偶発的に開いた糸を見つけた。

 見つけてしまった。


「……森は俺の後継を、ずっと探してたはずだ」


 そこでニクスは、露骨に嫌そうな顔をした。


「本来なら、そんなことより先に、光の神をどうにかしろって話だ。元凶がのさばってるのに、何でそっちは放置してんだかね」


 吐き捨てるような物言い。

 だがその直後、自分で自分の言葉を受けるように、苦く笑う。


「……けど、この森はそういうもんなんだろうな」


 その一言が、やけに重く響く。


「意思はない。情もない。善意も悪意もない。あるのは、管理だけだ。問題の原因を根本から潰すんじゃなく、現時点で一番合理的な「対処」をする」


 世界境界が揺らぐなら、天蛇を置く。

 森の繁栄に維持役が要るなら、女帝を置く。

 善悪の均衡に調停者が要るなら、黒竜を置く。

 そして、その黒竜が壊れるなら――次を探す。

 まるで、世界そのものの保守点検をするように。


「森の中だけじゃない。この世界中を探したはずだ。何年も何年も。俺の、本体の後継になり得るものを、ずっとな」


 ニクスの言葉は続く。

 おそらく森は、この世界の隅々まで「捜索」した筈。

 北の竜に近い構造を持つ生命。滞りなく引継ぎが出来そうな個体。そういうものをずっと探し続けて。

 あるいは、もしかしたら、いずれ竜ほどではなくとも、代わりになりそうな誰かを、北の番人に据えていたのかもしれない。

 だが。


「八年前、『世界渡り』で繋がったその先に、お前がいた。別世界に「適格者」がいたんだよ」


 その一言が、室内の空気をさらに凍らせる。

 世界を越えたその先で。

 たまたま、似ていた。

 たまたま、適合した。

 偶然と合理が、最低の形で噛み合ってしまった。


「……あとは単純だ。この森に心なんかない。別世界の人の命がどうなるかなんて、考えもしない。ただ、()()()()()()()()()、お前を引きずり込んだ」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 あまりにも無情な真実。

 世渡有羽の人生も、家族も、故郷も、尊厳も、何もかもが考慮されていない。

 必要な部品を見つけたから、持ってきた。

 壊れかけた機構を維持したいから、代替品を確保した。


 ただそれだけだ。

 だが同時に、有羽には分かってしまう。

 森は、この世界が今日まで崩壊せずに回ってきた、その理由の一端であるのだと。


「この森はとことん無慈悲だ」


 冷めきった顔で、ニクスが続ける。


「だが、世界の安定にかけては一切妥協しない。番人を配置し、偏りを正し、世界を()()()()()()に導こうと、神話の時代からずっと動き続けてる」


 有羽は、その言葉を否定できなかった。

 地球の記憶があるからこそ分かってしまう。

 もし地球に魔法が実在していたら。魔物がいて、悪魔がいて、神々がいて、上位存在の癇癪ひとつで地形が変わるような世界だったなら。

 記憶の中にあるような穏当さで、文明が続いているはずがない。

 この世界も、滅茶苦茶になっていて何もおかしくない世界だ。

 むしろ、今日までそれなりに秩序立って続いてきたことの方が異常ですらある。

 そこに、森の「管理」が噛んでいる。

 それは、認めざるを得ない。


 だからこそ――有羽は、自分の役割も理解してしまう。

 正しくは、理解してしまった。


「は、はは……」


 乾いた笑いが、有羽の喉から漏れた。

 笑うしかないような声。


「そういうことかよ……それじゃあ俺は――」

「ああ」


 ニクスが頷く。

 その目には、もう憐れみしかなかった。

 自分と同じ地獄へ引きずり込まれた者を見るような、どうしようもない理解の色。


「お前は森が見つけた、俺の本体の後継機」


 その言葉が、有羽の心臓を貫いた。

 後継機。

 代替品。

 交代要員。

 北の番人が限界を迎えた時、その役目を引き継ぐために選ばれた存在。

 世渡有羽には、その程度の意味しか持たされていなかった。

 けれどニクスは、そんな有羽に向けて、最後の一線を静かに踏み越える。

 事の真相を、世渡有羽の真実を、たった一言で表す言葉を――。





「この世界をハッピーエンドにするためだけに、選ばれたんだ」





 ――かつて天蛇は、女帝に語った。

 何をしてもいい。何をしたところで、結末はひとつだ、と。

 おそらく天蛇は、無意識に勘付いていたのだ。

 この森が求めるものを。森が成す管理の果てに、訪れる未来を。


 世界はきっと、どうにかなる。

 この森が管理し続ける限り、どこかへ寄りすぎた盤面は是正される。

 何かが壊れれば代わりが当てられ、何かが欠ければ補充される。


 そう。どうせ世界はハッピーエンドを迎える。

 何をしようが、何を思おうが、結末はひとつだ。

 この世界はハッピーエンドで幕を閉じる。





 ――世渡有羽のバッドエンドと引き換えに。





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