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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第九章

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第138話・世界の真実


 有羽の居住空間の庭、その一角に設けられた客間には、午後のやわらかな光が満ちていた。

 有羽の住むログハウスよりは一回り小さい。だが、使われている木材の質も、窓から差し込む光の柔らかさも、配置された家具の使い勝手も、一切妥協がない。王宮の豪奢とは別種の、生活を知り尽くした者だけが作れる快適さが、この空間にはある。

 整えられた寝具。

 座り心地の良い椅子。

 香りの良い布類。

 そして何より、張り詰めた心を勝手に緩ませてしまう空気そのもの。

 アウローラは、その客間のベッドに大の字になっていた。


「はぁ……やっぱり有羽のところのベッドはいいなぁ」


 しみじみと零した声には、隠しようもない脱力と幸福が滲んでいる。

 柔らかく、それでいて沈み込みすぎない低反発の寝台が、疲れた身体を優しく受け止めていた。包み込まれるような感覚に、全身の力が勝手に抜けていく。

 特に、先程食べたカレーライスの満腹感がすごい。幸せ一杯の顔――王宮では到底見せられない姿だった。

 仮にも一国の第二王女が、両腕両足を投げ出して、あまりに無防備に寝転がっている。

 そんな主の姿に、侍女たちが苦言のひとつも呈したくなるのは、ある意味当然だった。


「殿下……お久し振りで気が抜けるのは分かりますが、その体勢はあまりにも……」

「細かいことを言うな。どうせ王都に戻ったら、こんなにのんびりできないんだから……今ぐらいはゆっくりさせてくれ」


 ベッドに埋まりながら、アウローラが口を尖らせる。

 その言葉は冗談めいていても、実際はかなり切実な響きが宿っていた。

 今回の森行きは、正規の手続きを積み上げた訪問ではない。辺境伯領をほとんど飛び出すように出て、王都で最低限のやり取りをして、それからまた森へ来た。王都に戻れば謝罪も必要だろう。説明も、弁明も、後始末も、山のように待っている。想像しただけで気が遠くなる。

 もっとも、だらけているのはアウローラだけではなかった。

 半身を起こし、じろりと侍女たちを見回す。


「大体、毎回こんな格好で伸びてたじゃないか。私も……お前達も」


 その一言に、侍女隊の動きがぴたりと止まった。

 何人かは露骨に視線を逸らし、何人かは咳払いで誤魔化そうとする。図星だったのだろう。昼間の今はまだ控えめだが、この客間に滞在するたび、彼女たちはシャンプーやらリンスやら、化粧水やら乳液に歓喜し、髪を梳き、肌を整え、最後にはすっかり気を抜いて伸びるのが常。毎度のお約束だ。

 それを自覚しているからこそ、反論は弱い。


「そうでしたわね。有羽様のところに来るたび、私達も皆こうして……」

「今は各国の緊張が高まっていますからね……余計に、こういう時間が遠く感じられます」

「また以前のように、何も気にせずくつろげるようになってほしいものです」


 声に出してしまえば、どの侍女の顔にも自然と懐かしさが滲む。

 有羽と出会ってから、二年以上。

 最初はあくまで「森の賢者のスカウト」だった。魔境の森の探索を任務に、第二王女が危険地帯へ赴く。そこで出会った賢者のスカウト。その名目は今も変わっていないはずなのに、実際に積み重なった時間は、そんな建前をとうに追い越していた。


 料理を食べた。

 風呂に入った。

 化粧品に驚いた。

 夏を過ごした。

 冬を越えた。

 麻雀をした。

 笑った。

 怒った。

 呆れた。

 また来たいと思った。


 いつからだろう。

 この地に来ること、それ自体が楽しみになったのは。

 いつからだろう。

 有羽とアウローラが、遠慮もなく笑い合うようになったのは。

 いつからだろう。

 その様子を、侍女たちが自然と微笑ましく見守るようになったのは。


「……なあ、お前達」


 アウローラが、ぽつりと声を落とす。

 先ほどまでのだらけた空気とは違う。

 柔らかいが、真剣な響き。ベッドの上に寝転がったままではあるものの、その声音には隠しきれない憂いが。

 侍女たちが揃って主の方を見る。


「有羽とスキエンティア様は……どういう関係だと思う?」


 その問いは、あまりにも率直だった。

 アウローラはベッドに横たわったまま、顔だけを侍女たちへ向けている。

 その表情は、不思議なほど美しかった。王女としての威厳でもなく、戦場で剣を振るう英雄としての強さでもない。ただひとりの人を想って、どうしようもなく胸を痛めている女性の顔。

 その澄んだ切実さに、侍女たちは一瞬息を呑んでしまう。


「すごく距離が近かったって、私は思うんだ」


 アウローラの瞳が動き、ぼんやりと宙を見上げる。

 そこにはもう侍女たちは映っていない。脳裏にあるのは、庭先で見た二人の姿。


「有羽も、スキエンティア様も。二人とも、すごく自然だった」


 その言葉に、誰もすぐには返せない。

 自然、というのは、アウローラにとって重い言葉だ。

 有羽が人との距離を詰めるまでに、どれほど時間がかかるか。どれだけしつこく通って、どれだけ拒絶され、それでも離れずにようやく今の場所へ辿り着いたか。アウローラ自身が、それを誰より知っている。

 だからこそ分かる。

 スキエンティアは、そういう段階を既にいくつも飛び越えた位置にいるように見えたのだ。


「……スキエンティア様は言った。有羽は同格存在だって」


 同格存在。

 その意味は何なのか。強さか。格か。存在の位か。

 国境で有羽が見せた力を思えば、強さの意味でそう表現されてもおかしくはない。

 だがアウローラは、そこだけではない気がしていた。

 スキエンティアの視線は、もっと別のところを見ていた。

 有羽の、誰にも見せたがらないような柔らかい場所。ひとりで抱え込んで、ひとりで壊れてしまいそうな場所を、そっと包み込むような眼差し。


「違うんだ。多分、ただ強いとかそういうんじゃない」


 ぽつりと零す。

 ずっと有羽を見続けてきたアウローラだからこそ、感じ取れたその距離。


「スキエンティア様が有羽を見る目も、有羽がスキエンティア様に向ける態度も……何か、もっと別の……」


 言葉が続かなくなる。

 うまく表現できない。名前をつけられない。けれど確かに、そこには強さや立場だけでは説明のつかない繋がりがあるように見えた。

 アウローラは天井を見上げる。いや、天井の先、もっとずっと遠いところを見るみたいに、ぼんやりと上を見つめる。


(有羽。お前の心には今、誰がいるんだ?)


 心の内に問いかけても、答えは返ってこない。

 今この場に有羽はいない。仮にいたとしても、その問いを真正面から投げつける勇気はまだ持てなかった。





 ◇◇◇





 アウローラが客間で思い悩んでいる頃――有羽は、自室にいた。


 いるのは有羽だけではない。

 その隣にはスキエンティア。机の上には、緑色の宝玉に映る樹神女帝の樹人形。

 そして部屋の中央、もうひとつ椅子を引いて腰を下ろしているのが、白髪の青年ニクス。


 有羽は扉の前に立つと、軽く指を鳴らす。

 ぱちん、と乾いた音がひとつ。

 それだけで空気が変わる。

 部屋の四隅から、見えない膜が張り詰めるような圧が走り、空間そのものが閉じた。外と内とを断ち切る、絶対の隔絶。覗き見も、盗み聞きも、侵入も、退出も許さない。クロエの目でさえこの内側は見通せないだろう――有羽自身が望まない限りは。


 完全な密室。

 そうしてから、有羽は椅子へ腰を下ろした。背もたれに預けることもせず、肘掛けに腕を置き、じっとニクスを見据える。


「――さて。それじゃ、全部話して貰おうか。ニクスさんとやら?」


 声は低く、静かだった。

 鋭い視線が、真正面から青年を貫く。

 有羽の隣では、スキエンティアもまたいつになく真面目な顔でニクスを見ていた。宝玉の向こうの女帝も、遠く離れた西部から、無言のまま白い青年を見据えている。


『ふむ……確かに、隠者に瓜二つじゃな』


 最初に口を開いたのは女帝だった。


『白い塗料で染めたと言われれば、我は普通に信じるぞ』


 映像越しである以上、女帝が判断できるのは外見だけ。

 それでも十分すぎるほど似ていた。顔の骨格、目元、立ち方まで、嫌になるほど有羽に重なる。

 だが、女帝の言葉を聞いたスキエンティアが静かに首を振った。


「……それどころじゃないよ。外見だけの話じゃない」


 その声音には、アウローラたちへ向けていた柔らかさがなかった。

 探求神としての本能が、いま目前の異物を本気で捉えている。


「彼の中身、かなり有羽君に似てる。構成している要素が、びっくりするくらい酷似してる」


 有羽が、わずかに目を細める。

 スキエンティアの言葉を頭の中で翻訳する。

 中身が似ている。構成要素が酷似している。神の視点で一見では同一人物と見紛うほど――。


(血液、細胞、遺伝子……そういう単位か?)


 地球の知識と照らし合わせる。

 おそらく、生命体としての設計図そのものが近い。別個体でありながら、根幹を成す部分が異様なほど重なっている。つまりDNAの配列に共通部分が多いのだろうか――それこそ、双子や兄弟と見間違うレベルで。


 部屋の中心に、そのニクスは座っている。

 白い髪。白い肌。白い服。

 漂う気配は妙に穏やかだった。敵意も害意もない。悪いのは目つきと口調くらいで、性根だけを抜き出せばむしろ落ち着いている。

 その青年が、小さく息を吐く。

 覚悟を決めた者の吐息。


「話は少し長くなる。そこんところは大丈夫か?」


 最初の問いは、それだった。

 今後の予定を確認する、念の為の言葉。


「俺は問題ねぇよ。女帝さんや女神さんは?」

『我も問題ない』

「わたしも大丈夫」


 全員が短く頷く。

 これで互いに逃げ道はない。準備も整っている。あとはこの白い青年が、自分の口で真実を語るだけだ。


 部屋の中に沈黙が落ちた。

 窓の外で木の葉が鳴る音すら、遠い。

 そしてニクスは、ゆっくりと口を開いた。


「よし。それじゃあまず……お礼から言わせてもらうわ」

「は?」


 有羽の口から、間の抜けた声が漏れた。

 お礼。

 何の話だ。

 この状況で、何故そこから始まる。

 スキエンティアも目を瞬かせ、女帝の樹人形も小首を傾げる。

 誰もが一瞬、思考を止めた。


 ――だが、次に続いた言葉が、その停滞ごと全て粉砕する。







「四年前――俺の本体を止めてくれて、ありがとうな」







 その一言で、時間が止まった。

 有羽の思考が、一瞬空白になる。

 隣でスキエンティアが息を呑み、宝玉の向こうの女帝ですら動きを止めた。


 四年前。

 本体。

 止めてくれて、ありがとう。

 その文脈が意味するものは、ひとつしかない。


「お前……っ!?」


 気づけば、有羽は反射的に立ち上がっていた。

 視線が、白い青年の顔を射抜く。信じられないものを見る目。

 スキエンティアも、宝玉の向こうの女帝も、皆が同じ視線を向ける。

 ニクスはそんな三者を見回して、静かに自分の名を告げた。


「俺の名は(ニクス)。黒い泥から切り離された、白い(ニクス)


 その言葉に、部屋の温度がさらに落ちる。

 名前の由来。

 自分が何者であるか、その核を示すための、短くて重い名乗り。




「――北の番人、黒竜大魔デモン・ヴェルドゥームの分身体だ」




 魔境の大森林の南部。有羽が暮らす穏やかな居住空間。

 その静かで平和なログハウスの一角で――世界の真実が、遂に語られようとしていた。



感想が二転三転する内容が続くと思うので、第9章ラストまで感想欄を一時停止します。

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