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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第九章

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第132話・上位存在の話し合い①


 魔境の森の南部。

 有羽の居住空間――ログハウスの居間には、緑色の宝玉が淡く明滅していた。

 窓の外は朝の光で照らされている。有羽の居住空間は、相変わらず穏やかであった。遠くで木々が風に鳴る音と、時折、何か遠くで魔物が草を擦る音がするだけ。


 そんな静寂にも近い空間で――見慣れた樹木の人形が浮かび上がっている。

 枝葉を髪のように揺らす、木でできた女の輪郭。

 森の西を統べる主。樹神女帝ドライアド・エンプレスの分身体である。


『さて――えらく心配をかけてくれたものよのぉ? ええ? 隠者?』


 開口一番がそれだった。

 しかも、声の調子が実に愉快そうである。

 映像の向こう側で、女帝はにやにやと口元を歪めている。心底楽しそうな声色。


「……悪かったよ。んな、ぐちぐち言わなくていいだろうが……」


 有羽は露骨に顔をしかめた。

 机に肘をつき、片手で頬を支えたまま、いかにも面倒くさそうに視線を逸らす。だが、その不貞腐れ方がまた、揶揄い甲斐のある態度に見えてしまう。

 有羽の隣では、スキエンティアが苦笑交じりに二人を見比べていた。


「女帝さんもそんなに揶揄わないの。有羽君も……そんな不貞腐れないでさ」

『はん』

「へっ」


 反応が子供である。

 この二人、普段はそれなりに冷静なのに、どうにも顔を合わせると精神年齢が下がる傾向があった。


『まあよい。隠者で遊ぶのは後の楽しみにしておいてだな』

「楽しみにするんじゃねぇよ。俺はアンタの何なんだ?」

『お主が以前言っておったではないか。ほれ、異界には叩くと音が鳴る玩具があるとかないとか』

「おい」


 有羽がジト目になる。

 だが女帝はどこ吹く風だ。映像の中で枝葉をゆらゆら揺らし、わざとらしく口笛など吹き始める。


 このままでは確実に話が進まない。

 そう判断したスキエンティアは、ぱん、と一度両手を打ち鳴らす。

 澄んだ音が居間に広がる。それだけで、だらけかけていた空気が少しだけ締まった。


「はい。気の抜けたおしゃべりは後にして……真面目に話し合おうよ」


 その声に、有羽と女帝の意識も切り替わる。

 有羽は小さく息を吐き、女帝もふざけた枝の動きを止めた。

 スキエンティアは机の端に肘をつき、真面目な顔になった。


「そうだな……帝国のこと。蛇の分身体、アギトのこと」

『我のこと。森の番人の存在意義』

「それから――この森そのもののこと、だよね?」


 有羽が、女帝が、探求神が。三人が順に口にしていく。

 考えねばならないこと。共有しなければならないこと。放置すれば後で確実に面倒になる話題。

 どれも重い。

 だが一つずつ解いていくしかない。


「じゃあ、まずは俺から――」


 そう言って、有羽が会議の先陣を切った。

 国境で何が起きたのか。

 アウローラとクロエがどうなったのか。

 帝王ウィルトスと剣聖ハガネがどう動き、アギトがどう暴れ、自分がどうやって森の外へ出たのか。

 淡々と。

 だが、説明の中身は全く淡々としていなかった。


 空間跳躍。

 戦場介入。

 亜空間穴を操り、位相を捻じり、光線を収束させ、アギトを地上から天上まで吹き飛ばした一連の流れすらも、有羽は必要な事実として語っていく。

 その結果――女帝とスキエンティアの口元が引きつっていた。


『……随分と、ぼっこぼこにしたようじゃな』

「うん……歪曲収束砲って……ああ、空間の距離と向きを弄って、力場の集中と規模を歪めて……うわぁ。有羽君、なんてもんぶっ放してるのさ」


 スキエンティアが説明しながら、蒼褪める。

 有羽が使ったのは、空間位相を弄り、収束させた破壊光線の密度と射程と威力をまとめて無理やり底上げする、極めて凶悪な殲滅術式だった。

 はっきり言えば、対個人に使っていい代物ではない。

 もごもごと、有羽が居心地悪そうに視線を逸らす。


「その、つい……な?」

『な? ではないわっ! つい、で地殻変動級の魔法を立ち上げるでないっ!』


 女帝の怒声が、宝玉越しによく響いた。

 女帝の言う通り、有羽が使ったそれは、向ける先を間違えれば山の形どころか地形図そのものを書き換えかねない代物だ。上空に向けて撃ち抜いたからまだいいが、地表でまともに炸裂していれば笑い話では済まない。

 スキエンティアも半眼になる。


「ほんとだよ……絶対ヴェルミクルムのやつ気づいてるじゃん。アイツに目をつけられると面倒なのにー」


 覇皇神ヴェルミクルム。

 世界を盤面として見て、変数の揺らぎにだけ興味を示す上位神。

 そんな存在が、有羽の放った超常級の術式を見落とすとは思えない。まだ直接動くとは限らないが、少なくとも「観測された」と考えるべきだろう。


 女帝とスキエンティア。

 左右から責めるような視線を向けられ、有羽は耐えきれなくなったのか、早々に話を逸らしにかかった。


「ま、まあその辺はひとまず置いておいてだな」

『置くでない』

「置いちゃ駄目だよ」

「置かせて。お願いだから」


 勘弁してください、と言わんばかりに有羽が頭を下げる。

 その様子に、スキエンティアは呆れ顔になり、女帝は映像越しに大きく鼻を鳴らした。

 おずおずと有羽が話を続ける。


「ようするに、外に出た蛇の分身体は、しばらく大丈夫な……筈。あそこまでボコしておけば回復に時間はかかるし、釘も刺してきたし」

「そこまでされてまだ歯向かうなら、逆に凄いよ。わたしが女帝さんに怒られた時より酷いもん」

『あれはお主が悪い。命があるだけありがたいと思え』

「うう……反省してますぅ」


 項垂れるスキエンティア。

 だが過去のやらかしを蒸し返して笑っている場合でもない。

 有羽はそこで一つ息を吐き、視線を上げた。


「とにかく、アギトの件は今すぐ爆発する類の火種じゃない。帝国もあれ以上は踏み込まない……と思いたい。こっちの話はこれで終わり」


 その声に、女帝の枝葉がぴたりと止まる。

 スキエンティアも姿勢を正す。

 女帝の話は、意外なほど短い言葉から始まった。


「我がしばらく音信不通だったのはな――記憶の旅に出ていたからだ」


 緑の宝珠から浮かぶ樹人形の姿は、いつも通り飄々としている。だが、その一言には軽く流せない重みがあった。

 有羽は椅子の背にもたれ、眉を寄せる。


「記憶の旅、って……」

『そのままの意味よ。己が内に積もり積もった過去を遡る。お主らのように術式や図書の形で、記録を検索できんのでな。こちらは原始的な手法で、万年単位を遡る』


 さらりと言われた内容に、有羽は即座に理解を放棄した。


「うん。さっぱり解らん」


 きっぱりと言い切る。


「人間の記憶容量って、理論上は数百年分くらい入るとか聞いたことはあるけど……数万年は理解の外だね」

『理解せんでよい。人が理解するものではないし、理解しようとしてはならぬ』


 そこで、女帝の声音がほんの僅かに変わる。



『だから――お主は「そうなってしまった」のだろうが』



 空気が、一瞬で凍った。

 スキエンティアがぴたりと動きを止める。

 有羽もまた、言葉を返さず沈黙した。


 悪意があって刺した言葉ではないのは分かる。ただ事実を、そのまま指しただけだ。

 再起魔法に手を伸ばし、本来の世渡有羽が死に、今の有羽が生まれたという事実を。


 けれど事実は、時として刃より鋭い。

 しばしの沈黙のあと、映像の向こうで女帝が小さく頭を下げる。


『……すまぬ。いらぬことを言った』

「大丈夫」


 有羽は少しだけ間を置いてから言った。


「何とも思ってない、ってのは流石に嘘だけど……ある程度は飲み込めてるから」


 その言葉は、強がりだけではなかった。

 痛みが消えたわけではない。割り切れたわけでもない。

 けれど、その痛みを握ったまま前を向くことくらいは、もうできる。


 有羽の視線がほんの一瞬だけスキエンティアに向いた。

 あの時、壊れそうになっていた自分を抱き留めてくれた女神。

 心を繋ぎ止めてくれた温もりを、静かに思い出していた。


 その刹那の視線を――女帝は見逃さない。

 樹人形の顔が、にたぁ、といやらしく歪む。


『ふぅん? ほほう? ほぉぉぉ?』


 女帝のマネキンめいた顔が、にたぁ、と歪む。

 何か、面白いものを見つけた悪ガキの顔。


「……なんだよ。何を俺と女神さんを見比べてるのさ?」

『いやぁ? 別にぃー?』

「その顔で別にって言われてもなぁ」


 有羽の隣で、スキエンティアも不思議そうに首を傾げる。


「え、何? わたし達、なんか変?」

『いやいや。何ともないとも。何ともないが……ふむ。なるほどのぉ』


 宝珠の向こうで、枝がうねうねと揺れる。

 明らかに面白がっている顔だった。


 有羽とスキエンティアは揃って首を傾げている。

 だが女帝だけはしっかり気づいていた。この二人、妙に距離が近い。好いた腫れたではないが、神と人の距離にしては近すぎる。

 心の距離が、とても自然なのだ。そういう空気を感じ取る。


「何をにやにやしてるんだか……って、そんなことよりも」


 そこでようやく、有羽が本題に引き戻す。

 スキエンティアも、女帝も、同時に表情を改めた。


「女帝さんの種族。樹精霊(ドライアド)が全員、番人候補だって話」

『うむ』


 女帝は一転して真顔になった。


『思い返せばな。我の苦難は、生の試練というより「選別」であったのだと思う』


 樹人形の指が、己の胸元をそっとなぞる。


『風が強く吹けば折れ、虫に齧られれば泣き、獣に踏みしだかれれば、ただ痛みに耐えるしかない。か弱き芽として生まれたその時より、我は常に選別されていた』


 有羽は黙って聞いている。

 女帝の語る「生」は、人間のそれとはあまりに違う。

 芽吹き、踏まれ、齧られ、折られ、それでもなお伸び続ける。淘汰される側でありながら、淘汰を潜り抜けたものだけが次へ進む。


『生き延び、広がり、育ち、根を伸ばし、枝を張り、やがて気づけば森を支える側に立っていた。あれは偶然ではないのだろう。最初から、そこへ至るよう仕向けられていたのだ』


 考えれば考えるほど、怒りが湧く。

 女帝自身の生き様、そのすべてが、何者かの設計の上に乗せられていたかもしれない。

 ただの樹精霊として生まれ、結果的に西の主へ至ったのではなく――最初からその候補として並べられ、ふるい落とされ、最後に残った。

 それはあまりにも、命を「部品」として扱う思想だった。


 だが、今問うべきは、そこではない。

 有羽は腕を組み、鋭く問い返す。


「――目的は?」

『間違いなく、この大森林の維持管理だろうよ』


 女帝の答えはよどみなかった。


『樹精霊は森の豊穣と繁栄を司る。太古の昔を生き抜いた我は、存在格を上げ、神々の位にまで届いた。そして今、我はただ「ここに居る」だけで森の維持を担っている』


 それが、樹精霊という種の本質。

 草木を育て、命を広げ、森を活性化させる。

 あまりに当たり前に存在していたせいで、誰も疑問に思わなかった特性。

 だが今それを「世界の機構」として見直せば、話は全く違って見えてくる。


 スキエンティアが、ふと顔を上げる。

 その視線は天井を越えて、はるかな天界の果てを見据えているようだった。


「東の蛇さんの役割は、たぶん世界境界の固定だね」


 女神の言葉に、有羽も女帝も視線を向ける。


「この世界はいま安定している。でも、何もせず勝手に安定してるなんて思えない。天界でヴェルミクルムが盤面を監視してるように、地上では蛇さんが揺らぎを押し留めてる。境界を噛み続けることで、世界そのものの綻びを留めてるんだと思う」


 覇皇神ヴェルミクルム。

 世界を変数として眺める、感情薄い秩序の神。

 あれが天から盤面を見下ろしているのだとしたら。

 地上には、同じく秩序の一端を担う「物理的な楔」が必要になる。

 それこそが、世界天蛇の役目。

 問題は、その先。



『――ならば北の竜と、隠者は何だ?』



 女帝の問いが、重く落ちる。


 黒竜大魔デモン・ヴェルドゥーム

 人の国が形を為し始めた頃に、番人として据えられた北の黒竜。


 そして世渡有羽。

 八年前、異界から落ちてきて、七年前に一度死に、今こうして再構成された南の隠者。


 どちらも、確実に意味がある。

 世界運営に関わる、何か決定的な目的が。

 でなければ、死んだ人間の死体を利用してまで、有羽という存在を造り替える必要などあるはずがない。


 そこまでは分かる。

 だが、その先が見えない。

 何のために北の竜が必要なのか。

 何のために南に有羽が配置されたのか。

 沈黙が、しばし居間を満たした。

 そして。


「――それが分かれば苦労しないんだよなぁ!」


 有羽がついに叫んだ。

 そして、その叫びを合図にしたかのように、三者揃って同時に溜め息が漏れる。


 映像の向こうの女帝が、枝をがっくり垂らす。

 スキエンティアは額を押さえたまま、椅子の背にもたれる。

 有羽は、机に突っ伏しそうな勢いで肩を落とした。


 世界の上位に手をかけた存在が、揃いも揃って頭を捻っても答えに届かない。

 森の謎は、まだその輪郭すら掴ませてくれそうになかった。



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― 新着の感想 ―
女帝さんも気づいたのかな?これから始まるであろう、 THEシュラバに・・・( ̄▽ ̄) いやぁ〜楽しみだなぁ〜・・・ 有羽くんが侍女隊の皆さんに吊るされる未来がw
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