第131話・アウローラとニクス
アウローラ達は突き進んでいた。
魔境の森を。
護衛隊と侍女隊を従えて。
剣を振るい、魔法を放ち、行く手を阻む魔物を片端から薙ぎ払いながら、ただひたすら奥へ、奥へと。
その勢いは、もはや強行軍というよりも突撃だった。
デストロイホーンの群れが角を震わせて突っ込んでくれば、アウローラの雷が最前列を焼き裂き、続く個体は護衛の剣が叩き斬る。
サイクロプスが怒号を上げて巨腕を振り下ろせば、侍女たちの連携魔法が足元を絡め取り、隙を晒したところへ矢と刃が集中する。
逆立つ灰色の毛を総身にまとったレリクスウルフが飛び掛かれば、護衛が踏み込み、喉笛を断つ。
瘴気を孕んだイビルトレントが地面ごと根をうねらせれば、侍女隊の火線が枝葉を焼き払い、アウローラの剣が幹の芯を穿つ。
どれも本来なら、気を抜けば死人が出る相手だ。
だが今の一行には、そんな当たり前を噛み締める余裕がなかった。
まるで全員が、胸の奥に抱えた激情を、そのまま目の前の敵へ叩きつけているように。
怒り。
焦燥。
苛立ち。
不安。
それら全部を魔物にぶつけるように、アウローラたちは森を切り裂いて進んでいく。
そうしてどれほど走っただろう。
ようやく一行は、森の入口と有羽の住居とのちょうど中間あたりにある開けた場所へ辿り着いた。幾度となく野営に使ってきた、見慣れた中継地だ。
土は踏み固められ、焚き火の跡がいくつも残っている。木々の間にぽっかりと空いた空間には、かつて自分たちが笑い、飯を食い、疲れた体を横たえた夜の記憶が染みついていた。
そこに足を踏み入れて。
そしてようやく、全員が止まった。
いや、止まってしまった、という方が近いかもしれない。
荒い呼吸が静かな森に落ちる。剣を握る手が、遅れてじわじわと痺れを訴えてくる。
侍女も護衛も、誰もが少しだけ虚空を見るような目をしていた。
うん。
ちょっと怒りに身を任せすぎたな、と。
そんな空気が、一斉に場へ広がっていく。
「……皆、少し落ち着こう」
ややあって、アウローラが夕焼けに染まり始めた空を見上げながら口を開いた。
その声音には、戦場で命を飛ばす時の鋭さはない。反省を口にする時特有の、どこか居心地の悪さを孕んでいる。
「私たちは、少しばかり暴走してしまった……」
誰も何も言わない。
口笛を吹いて誤魔化す護衛がいた。
侍女の一人は、何かとても遠くの景色を見る顔をしていた。
別の一人は、討ち倒した魔物の数を数えるふりをして現実逃避している。
実際のところ、少しばかりどころではない。
かなり暴走していた。全員そろって頭に血が上っていたし、誰一人まともな制御役になっていなかった。
その中で唯一、終始平静だったのは同行者の白髪の青年だけである。
「すまないな、白い人――ではなくて、ニクス殿」
アウローラは小さく咳払いし、言い直した。
流石にずっと「白い人」は失礼だろうと、今さらながらに気づいたらしい。
「どうも頭に血が昇ってしまったらしい」
「ああ、いや……大丈夫だ」
ニクスは少し居心地悪そうに答えた。
どこか言葉数が少ない。というより、明らかに話しにくそうにしている。
その様子に、アウローラはきょとんとして首を傾げる。
「どうしたのだ? 何か怪我でも負ったのか?」
「そうじゃなくて……その、だな」
ニクスは頭を掻いた。
白い髪の隙間から覗く耳が、わずかに赤い。
「俺、言葉遣いとか礼儀とか、かなり適当だからよ。王女さんと喋るの、あんまりよくないかなって」
「……は?」
「いやだから、王族相手にその辺ちゃんとしてねえだろ俺。公の場だったら、不敬だのなんだのになりそうだし」
そういうことか、とアウローラは理解する。
アウローラは知らぬ事だが、たしかにニクスは、王都へ向かう馬車の中でもほとんど喋らなかった。会話の大半を担っていたのは、あの胡散臭い商人である。ニクス自身はぶっきらぼうで、礼儀作法という意味では到底洗練されているとは言えない。本人なりに、その自覚があるのだろう。
だがアウローラは、苦笑と共に肩を竦める。
「ああ……まあ、公の場なら問題かもしれないが、ここは魔境の森だ。こんな場所で礼儀だの格式だの考える方が馬鹿らしい。歯に衣着せぬ罵詈雑言でもなければ、私は気にしない」
そこまで言って、少しだけ懐かしそうに目を細める。
思い出すのは、二年前。
初めて有羽と出会った頃の、自分だった。
王族としての態度を持ち込み、通用するはずのない権威を振りかざし、あっさりと拒絶された。あの苦い経験があるからこそ、今のアウローラ一行はこの森では肩肘張らない。侍女も護衛も、この場所でだけは妙に砕けた態度になる。それが、この森で生き残るために必要な「柔らかさ」だと知っているからだ。
「それに……やらかしたばかりの私が、何を言ってもなぁ……はぁ、本当にやっちゃった」
アウローラはそこで大きく肩を落とし、息を吐く。
その溜息は深かった。
辺境伯領から、ろくな手続きも踏まずに王都へ戻った。
正気を失っていた、という事情はある。だが、それが免罪符にならないことも、アウローラは理解している。
ニクスは顎に手を当てて、少し考えるように言った。
「無断で前線放棄……だっけか?」
「うん……」
アウローラは観念した顔で頷く。
「ニクス殿の目から見て、どう思う?」
「部外者だぞ、俺は」
「分かってる。だからこそ、逆に聞きたい」
真剣な眼差しだった。
逃げず、逸らさず、自分に向けられる答えを受け止める覚悟を宿した瞳。
ニクスは一瞬だけ顔をしかめた。
あまりに真っ直ぐ見られると、こっちが居たたまれなくなる。けれど、ここで濁すのはそれこそ失礼だと理解していた。
「……まあ正直、やらかしてんなぁ、とは」
「だよなぁ……」
予想通りすぎる返答に、アウローラの肩がさらに落ちる。
誰かに「そんなことはない」と言ってほしくて尋ねたわけではない。
ただ、自分が犯したことの重さを、外から見てもやはりそうなのだと確認したかったのだろう。
もしこれが、王族という立場に胡坐をかいた者ならどうだったか。
王女なのだから当然だ、好きにして何が悪い、と開き直り胸を張っていただろう。
だがアウローラは、そうではない。
王族としての責任を知っている。
自分の行動が、どれだけ現場の兵や辺境伯領に重い影を落とすか理解している。
だからこそ、これは明確な恥であり、傷であり、自分が負うべき失態で醜態なのだと痛いほど自覚していた。
「王都に戻ったら謝罪行脚だ……」
夕焼けが、その横顔を赤く染める。
苦々しく、けれど逃げる気はなく。
「ああ、私はなんてことを……」
ぐったりと肩を落としながらも、その声音には奇妙な芯があった。
逃避ではない。
前へ進むための、苦い反省だった。
その様子を、侍女隊も護衛隊も黙って見ている。
誰も軽々しい慰めを口にしない。できない。
彼らの中の数名は、アウローラと共に辺境伯領まで同行していた。いざという時は、彼らこそアウローラを諫めるべき立場であったのに。例え痛みを伴ってでも、止めるべき立場だったのに。
だができなかった。あるいはしなかった。
あの時のアウローラを止めたら、その心が粉々に砕けると判断してしまったため。
信頼が厚いからこそ、選択を間違えた。当時同行した幾名かは、身を切るような後悔を抱いている。
だからこそ、その空気の中で、誰も無理に明るい声を出せなかった。
代わりに吹くのは、森の風だけ。
その中で、アウローラは深く息を吸った。
泣きたいのでも、怒鳴りたいのでもない。
何かを決めた者だけが持つ、静かな緊張がその横顔に宿っている。
「そのまえに、有羽の家に着いたら……ちゃんと、話をしないとな」
ぽつりと零れたその声に、ニクスはわずかに眉を上げた。
王都では、あれほど凄まじい勢いだったのに……今は大人しい。
レジーナと並んで怒りを燃やし、森の中では魔物相手に鬱憤を叩きつけるように剣を振るっていた。それが今は、まるで別人みたいに落ち着いて見える。
少なくとも、今の顔だけ見れば、いきなり拳が飛び出すようには思えなかった。
「……なあ、王女さん。ちょっといいか?」
「ん? どうした?」
アウローラが視線を向ける。
ニクスは一瞬だけ言葉を選ぶように、口を開いた。
「いや、その……妙に落ち着いてるけどよ。賢者ぶん殴るとか、そういうのは……いいのか?」
森の中を突っ走ってきた時の勢いを思えば、もう少し殺気立っていてもおかしくない。むしろ王都を出る時に比べたら別人の類。
問われたアウローラは、一瞬きょとんとしたあと、くすりと笑う。
「幾ら何でも、いきなり拳は出さないよ」
「お、おう?」
「そりゃあ、一発二発お見舞いしたい気持ちは……あるけど」
そこで、少しだけ口を尖らせる。
やはり、あの映像は相応に効いているらしい。
その言葉に侍女隊もすぐさま反応した。
「ええ、分かりますとも」
「なんですか、あの眼鏡美女は」
「わたくし達の目の届かぬ間に、あのような者を」
「胸ですか。やはり胸が良いのですか」
「胸だけではありませんでしたわよ。あの一瞬でも分かるくらい、全体の均整が――」
侍女達の声には、露骨に女としての嫉妬が混じっていた。
あの眼鏡の女性――スキエンティアの姿は、一瞬しか映っていない。だがその一瞬で十分だった。顔立ち、髪の艶、身体の起伏。どれもが人の領域を一歩踏み越えたような完成度。
同じ女だからこそ、その恐ろしさが分かる。
護衛隊も同じ映像を見ている。
だから、そのうちの一人がつい本音を零してしまった。
「……正直、羨ましい」
一拍遅れて、近くの仲間が青ざめる。
「おい馬鹿やめろ」
「違う! 違います! 今のは違う! 嘘! 冗談です!!」
護衛はものすごい勢いで頭を下げ始めた。
このような時、男は言い訳せず素直に謝るべきである。世の平和のために。
案の定、侍女隊の視線は極寒だった。
周囲の気温が一瞬で三度は下がる。
そんなやり取りを、ニクスは少し呆れたように眺める。
そして改めて、アウローラへ向き直った。
「あー、つまり……実際に殴る気は無い、と?」
「あるけど無い」
「どっちだよ」
「どっちでもある」
実にややこしい返答だった。
だが、言いたいことは何となく伝わる。感情としては殴りたい。だが、それをそのまま行動に移していい話ではない、ということだ。
アウローラは苦笑を浮かべたまま、やがてその笑みを消した。
「……返答次第じゃ、一発くらいは殴るかもしれない」
「殴るのは殴るんだな」
「それはまあ、うん」
そこは認めるらしい。
だが問題は別にある、と彼女は静かに続けた。
「でも、本当に大事なのはそこじゃないんだ」
その瞬間、アウローラの顔つきが変わる。
王女の顔だった。
先ほどまでのわんこめいた愛嬌でも、恋する乙女の揺らぎでもない。王家の一員として、何を選び、何を切り捨てるべきか考える者の表情。
「姉上が、きっちり片を付けろって言ったのは覚えているか?」
「ああ……確かにそんなこと言ってたな。片を付けるまで帰って来るな、とかなんとか」
ニクスは王都を出る前のレジーナの、あまりにも迫力ある、人食い虎みたいな顔を思い出す。
あの時は単純に、見知らぬ美女と仲良く飯を食っていた有羽を締めてこい、くらいの意味に聞こえていた。
けれど、どうやら違うらしい。
アウローラは一度、暗くなり始めた空を見上げた。
そこで言葉を探すように、ほんの短く息を吸う。
「あれはようするに――あの女性と有羽が恋仲なら、私は距離を置け、という意味だ」
ニクスは息を呑んだ。
けれど、護衛隊も侍女隊も、誰一人として驚かなかった。
分かっていたのだ。アウローラがここまで来た理由を。分かっていたからこそ、怒りに任せて森を駆け抜けてきたのだ。
「ここは王国の土地じゃない」
アウローラの声は静かだった。
「王都でも、辺境伯領でも、どこの貴族の領地でもない。言ってしまえば、有羽の縄張りだ」
事実の列挙だった。
飾りも、誤魔化しもない。
「ここで有羽は自由に生きている。誰にも命令されず、誰にも縛られずに。私は……そんな有羽の好意に甘えて、ここに通っているだけの存在だ」
王族の権威が届かない場所。
だからこそ最初の頃のアウローラは失敗した。王族として振る舞って、有羽に真正面から拒絶された。
あの経験がある。
だから今の彼女は分かっている。ここで有羽の人生に口を出せる権利を、自分は持っていないのだと。
そこで一度、アウローラは唇を噛んだ。
言わねばならない。
けれど言いたくない。
認めたくない。
けれど、目を逸らしたままで済む話ではない。
「だから、本当に……本当に、あの眼鏡の女性と有羽が愛し合うような仲だったのなら……私は、有羽との付き合い方を変える必要があるんだ」
少しだけ、泣きそうな顔になっていた。
もし、あの女性がただの来客なら。
ただの協力者なら。
あるいは、たまたま助けてくれた相手なら。
まだ、色々と言える。
怒ることも、拗ねることも、文句を言うことだってできる。
けれど違うなら。
有羽が、あの女性と共に生きると決めているのなら。
「……もしそうなら、関係を終わらせて来い。姉上の言葉には、そういう意味も含まれている」
言い切ったあと、アウローラはしばらく黙った。
侍女も護衛も、何も言わない。
誰もが、彼女がどれだけの覚悟でその言葉を口にしたかを分かっていた。
大切な人だから。
心から想っているから。
有羽が、生きてさえいてくれたのなら。
何も、奪わない。
女としての感情を全部抱えたまま――それでも身を引く覚悟を、アウローラはここへ持ってきていた。
ニクスは、長い長い息を吐いた。
目の前にいるのは、朝焼けの残光をまとったような王女だ。
明るくて、真っ直ぐで、眩しいくらいに前を向く。そんな「お日様みたいな王女様」の中に、今しがた聞かされたのは、あまりにも切なくて、あまりにも健気な想い。
つまり。
王都でのあの怒りも、あの形相も、あの物騒なシャドーも。
全部、現実にはぶつけられない感情の逃がし先だったのだ。
そんなもの、分かるはずがない。
「いやいや、分からねぇってそんなの」
呆れたように、けれど本気でそう思って、ニクスは肩を落とす。
「あのやり取りに、そこまでの意味があったのかよ。俺にはただブチ切れてただけにしか見えなかったぞ?」
視線の先で、アウローラがむっと頬を膨らませる。
「いや、ブチ切れてたのは本当だぞ?」
「あ、本音ではあるんだな」
「むしろそこは本音しかない」
そこはきっぱり言い切った。
そして少し視線を逸らしながら、ぶすっとした顔で続ける。
「……あんなの酷い。事情はよく分かんないけど、こっちはあんなに心配してたのに、美人と一緒に呑気にカレー食べてるって何だ。何なんだ本当に」
侍女隊が無言で頷いた。
護衛隊も、うんうんと深く同意している。ニクスは何となく、ここで余計なことを言ったら敵に回される空気を察し、黙っておいた。
アウローラは空を見つめる。
その横顔にはまだ、痛みが残っている。けれどもう、壊れそうな脆さはなかった。泣きたい気持ちも、怒りも、嫉妬も、全部ちゃんと自分の胸に収めた上で、その先を考えようとしている顔だった。
「――とまあ、それが私が今から有羽の所に赴く理由だ」
彼女は少しだけ肩を竦める。
「怒ってただけじゃないんだぞ?」
「……なるほど」
ニクスは素直に頷いた。
その返事には、茶化しも何もない。
「よく解った。確かに王女さんは、立派な王族だよ」
それは掛け値なしの本音。
心の平静を取り戻したアウローラは、決して権威を振り回さない。
振るうべき場面と、踏み込んではならない一線を理解している。
他人の想いを、王女だからという理由だけで捻じ曲げていいとは思っていない。
もし本当に、あの眼鏡の美女と有羽が愛し合っているのなら。
この王女はきっと、泣きながらでも距離を取るだろう。
アウローラとしてではなく、王家の一人として。
――それでもきっと、その想いは捨てず。
――宝物のように、胸の奥に抱えたまま。
ニクスの言葉に、アウローラは少しだけ照れたように目を逸らした。
その誤魔化しのように、懐をがさごそと漁り始める。
「それでニクス殿の方は……ええと、姉上から渡されたメモ書きには……」
「いつの間にそんなもん貰ってたんだよ」
「クロエを渡した時だな。あの時に受け取った」
なるほど、とニクスは変なところで感心した。
あの一瞬で情報共有まで終わらせていたのか。さすがは第一王女というべきか、単純に抜け目がないというべきか。
アウローラは紙片を広げ、真面目な顔で読み始める。
「まあ、姉上が私との同行を認めた時点で、信用はあるんだけど」
「姉への信頼がやけに重いな」
「当然だろう。姉上だぞ?」
そこに一切の疑いはないらしい。
あまりにも当然の顔で言われて、ニクスは少しだけ面食らう。
アウローラは紙片を目で追う。
次第に、その表情が何とも言えないものに変わっていく。
「……えーと、何々」
咳払いを一つして、読み上げた。
「ぶっきらぼうだけど善性の人。チンピラっぽいけど根は良い人。強い人。治療が得意な人。神聖国から来た人。思いのほかマトモで、見た目が不良っぽいだけの人……」
「どんだけ書かれてんだよ」
ニクスの顔が盛大に引き攣る。
言いたい放題である。
しかも何とも否定しづらいあたりが腹立たしい。
侍女の一人が、ちょっとだけ吹き出した。
護衛の一人も肩を震わせている。ニクスは睨んだが、特に効果はなかった。
「姉上……短い旅路で随分と見抜いているな」
「やめろ、感心するな。褒めてるのか貶してるのか分かんねえ」
だが、アウローラは読み終えると、今度はじっとニクスを見た。
青い瞳が、まっすぐに相手を測っている。
「なるほど。有羽のところに行く理由は不明、と」
「そうなるな」
「その姿から推測するに……何か、有羽と関係がありそうだな?」
声音は穏やかだが、視線は鋭い。
敵ではないと見ている。けれど油断しているわけでもない。信頼の土台はあるが、確認を怠る気はない。そんな瞳。
ニクスは肩を竦める。
「何てことはないさ。俺とアイツは――」
そう言って、空を見上げた。
夕焼けの名残はいつの間にか消え、木々の隙間に見える空は、朱から青黒い夜へと変わり始めていた。その境目を眺めながら、ニクスは少しだけ目を細める。
何処まで言うべきか。
何処から先を飲み込むべきか。
ほんの短い沈黙ののち、彼は口を開いた。
「……遠い遠い「兄弟」……ただ、それだけだよ」
その言葉は、夜の空に吸われるほど静かだった。




