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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第七章

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第113話・視えたモノ


 魔境の森南部――世渡有羽の居住空間。


 つい先ほどまで美味しそうな匂いが満ちていたログハウスは、今や妙な緊張感に支配されていた。

 焼きたてだったハンバーグは湯気を失い、皿の上のソースは乾いている。

 スープも冷めきって、切り分けられたパンも、誰の手にも取られぬまま置き去りだ。


 そして、その食卓の横で――。

 探求神スキエンティアは、何故か正座で項垂れていた。


 眼鏡の奥の瞳はしおしおに萎れ、肩は落ち、膝の上に置かれた両手は、行儀よく揃っている。

 その正面には、柔らかな緑光を放ちながら立体映像を投射する宝玉。

 映像の向こうでは、樹神女帝の人型器――枝葉を髪にした木の人形が、無表情のままこちらを見つめていた。

 だが、そのマネキンめいた顔には、明らかに「苛立ち」が浮かんでいるように見える。


『……なるほど。つまりお主は、我の領域へ突撃かました昔のように、隠者のところにも突撃したのだな』


 淡々とした声。

 だが、その一言一言が妙に重い。


「は、はいぃ……で、でもでも! 有羽君の許可を取ってここに居ますんで、はい……!」


 スキエンティアは必死に弁明する。

 口調がとても情けない。

 仮にも世界の上位神である……はずなのだが、今の彼女は完全に、教師に説教を食らっている悪ガキの図だった。


『……あの隠者が許可を与えるとは信じられぬ』


 硝子玉のような女帝の目が、すうっと細くなる。


『貴様、虚言ならばただではおかんぞ?』

「違いますぅぅぅ! 本当なんですぅぅぅ!!」


 正座したまま、前のめりになって手をばたつかせるスキエンティア。


「ちゃんと許しを貰って共同生活してるんですぅぅぅ! 今はちゃんと! 正式に! 認められてる感じでぇ!!」

『……隠者の事だ。渋々了承しただけじゃろ?』

「うっ」


 痛いところを突かれ、スキエンティアが言葉に詰まる。

 実際、有羽の許可は取っている。取っているのだが、果たしてそれが「歓迎」だったかと問われると大いに怪しい。なし崩しに定着した感が強い。


「で、でも! 双方共に納得の上で居るんですぅ! わたしは有羽君に知識を――わたしの権能で世界記録を見せてあげて……その代わりに、わたしは地球の知識とか、地球の料理とか、コンテナハウスとか、お風呂とかベッドとか生活用品とか、色々堪能させてもらってるだけでぇ!」


 必死さのあまり、自分に有利な点だけを高速で並べ立てるスキエンティア。

 並べ立てれば立てるほど、どちらが得をしているのか怪しくなっていった。

 案の定、女帝は呆れた声を返す。


『……どう聞いても、隠者の負担の方が多いのじゃが』

「そんなことないです! 上位神の権能の恩恵なんだから、負担はむしろわたしの方が多い!」

『ほう』

「…………」


 スキエンティアが視線を逸らす。

 非常にわかりやすかった。


『……もうそれで構わん。まあお主のことだ。危害を加えるような真似はせんじゃろ』


 女帝はそこで一度言葉を切り、ログハウスの映像を見渡す。

 食卓。椅子。散らかっていない居間。壁際にまとめられた書物や道具。

 少なくとも、滅茶苦茶にされた様子はない。


『見たところ、隠者の巣が荒らされた様子はないからな』

「酷い! わたしは泥棒でも野盗でもないよっ!!」

『……我の領域で、何をしたのかもう忘れたのか……? ええ?』

「……す、すいません……反省してますぅ……」


 しおしおに萎びる探求神。

 女帝の領域で珍しい植物を見つけ、興奮のあまり無断でぶちぶちと毟り取り、結果として樹神女帝の逆鱗に触れた――という前科は、探求神の中でもかなり黒歴史らしい。

 しかも、女帝はたぶん一生忘れない。


『……ともあれ、探求神よ』


 女帝が話を戻す。

 話題が変わって助かった……とスキエンティアが顔を上げかけて、次の言葉で再び固まる。


『お主も、隠者が「どこへ跳んだのか」解らんのだな?』

「うん」


 今度の返答には、言い訳の色がなかった。

 素直に、神としての困惑が滲む。


「突然だったし、有羽君の術式は淀みも何もなくて……とてもじゃないけど辿れなかった」


 あれはあまりに速かった。

 予備動作がない。詠唱がない。構成が滑らかすぎる。

 空間転移というより、「そこにいたはずの有羽が、瞬きの合間にいなくなった」としか表現できないほど自然な跳躍。


『無理もない。隠者の空間跳躍は、転移と言うよりもむしろ「座標の書き換え」だ。目標地点と現在地を、一瞬だけ「同じ場所扱い」にしよる』

「世界法則の方を弄ってたもんねー……従属神の子達でもできないよ、あれ。上位神の領域だもの。……まあ、その分「波」大きかったけど」


 スキエンティアは感心半分、呆れ半分で呟く。

 有羽の跳躍の際に発生した「波」。

 それは空間に走る振動ではない。

 もっと厄介な――「世界の帳尻合わせ」の波だ。

 どこか感心するようにスキエンティアが紡ぐ。


「あの「波」は、世界接続を書き換えたことで発生する「整合性の再計算」の跡……うーん。まさか有羽君が、あそこまで高度な術式を組めるなんて……お姉さんびっくりだよ」

『まったく。安易に使うなと言っておったんじゃがな……』


 互いの思考は少し違う。

 スキエンティアは術式の完成度と構成の妙に感心し、女帝は不用意な使用に呆れている。

 けれど心の動きは、不思議なほど似通っていた。


((一体どこへ跳んだのやら))


 有羽ほどの者が、事情の説明もなく、突然跳んだ。

 何かあったのは間違いない。

 それも、ただ事ではない「何か」。


 身の危険そのものは、そこまで心配していない。

 有羽の実力は、女帝も探求神も理解している。

 だが、有羽ほどの存在が「焦って」動いた事実は、別の不安を生む。


 そんな沈黙の最中――。

 スキエンティアが、もじもじと足を動かし始めた。

 正座が限界だった。

 何故だか知らないが、神様なのに痺れているらしい。


「と、ところでなんですが……」


 おずおずと口を開く。


「足、崩してもいいでしょうか……?」

『……いや、勝手に崩せばよかろ? お主が自主的に正座したんじゃろて』

「あ……そういえばそうだった……」


 誰に命じられた訳でもなく、勝手に正座していた探求神。

 説教される空気に勝手に合わせていただけだった。


 スキエンティアは苦笑しながら、そろそろと足を崩す。

 威厳も何もあったものではない。




 ――その次の瞬間。

 空間が揺らぎ、有羽が帰還した。




 それは、本当に一瞬のことだった。

 その揺らぎを感じ取ったスキエンティアが、はっと顔を上げる。

 女帝もまた、宝玉越しの立体映像の中で、樹の器の首をわずかに動かした。


 そこには、既に有羽がいた。

 いつも通りの黒髪。

 いつも通りの気怠げな立ち姿。

 だが――決して「いつも通り」ではない。

 その異変に二柱が気づくより早く――スキエンティアの口が先に動く。


「ちょっと有羽君! 突然出てったりしないでよぅ!! 女帝さんから連絡来ちゃって、わたし大変だったんだから!!」


 じとっとした恨み言を飛ばしながら、スキエンティアは立ち上がる。

 さっきまで正座で萎びていたのが嘘のような勢い。

 女帝はそんな探求神を、映像越しに心底冷めた目で見つめた。


『大変だったのは、お主の過去のやらかしの所為じゃろが。我はセリアナやガルドレーン相手には、普通に談笑するぞ?』


 しれっと、従属神たちの名が挙がる。

 田園母神セリアナ。

 土相神ガルドレーン。

 農と土を司る神々。樹木そのものが本質である女帝と相性が良いらしい。

 仲が悪いのは探求神。

 しかも、その責任の大半はスキエンティア側にある。


「うう……ほらぁ! この女帝さん、わたしを虐めるんだよ! 有羽君、何か言ってやって!!」

『お主、隠者が来た途端強気になりおったな』


 映像越しのマネキン顔が、明らかにジト目。

 だがスキエンティアはどこ吹く風で、有羽へ駆け寄っていく。

 すっかり調子を取り戻している。


「へへーん! 二対一なら負けないもーん!」

『隠者がお主の味方になると決まった訳ではなかろうに』

「味方だよ! 有羽君はわたしの味方! ねぇ有羽く――」


 そこまで言って、スキエンティアは有羽の顔を覗き込む。

 そして――止まった。


「有羽君……?」


 顔色が、土気色だった。

 いや、土気色という言葉すら生ぬるい。

 血の気が失せているのではない。血そのものが、この身体から消えてしまったかのような色。

 スキエンティアの笑顔が、そこで初めて止まる。


「ねぇ、大丈夫……?」


 問いかける。

 返事はない。

 有羽は、そのまま――覗き込んだスキエンティアへ、前のめりに倒れた。

 図らずも、押し倒されるような形になるスキエンティア。


「ちょ――ちょっとちょっと有羽君!? お日様も高いうちから、そういうことは駄目だと思うんだけどー!?」


 悲鳴じみた声。

 半ば反射的な照れ隠し。

 だが、映像越しの女帝は、妙に得心したような声を漏らす。


『ほう? なるほど。双方納得の上で共同生活しているというのは、そういう意味であったか』


 興味津々、といった響きの声。

 妙に楽しそうだ。


「ちがーう!! わたしと有羽君はそういう関係じゃないのー!! こら有羽君!! ふざけてると、わたしだって怒る――」


 押し倒されるような体勢のまま、スキエンティアはじたばたともがく。

 だがその最中に――気づいた。

 有羽の身体が、あまりに冷たすぎる。


「……有羽君?」


 声色が変わる。

 じゃれ合いでも、冗談でもない音。


 更に、気づく。

 ――息を、していない。

 胸が上下していない。

 耳を近づけても、吐息がない。

 瞳は閉ざされ、指先ひとつ動いていない。

 その様子は、まるで。


「――――っ!?」


 スキエンティアの反応は速かった。

 勢いよく身体を捻り、有羽の下から抜け出す。

 その拍子に眼鏡が外れ、床に落ちる。だが一切構わず、即座に有羽の身体を仰向けにした。

 そして胸元と喉元に手を当てる。


 即座に展開される回復術式。

 宝石細工のように幾重にも組み上がる魔法陣。

 光の文字列、概念の符号、生命の分岐図――凡百の魔導師では一生理解できない密度の治癒構成が、瞬く間にログハウスの床に広がる。


『お、おい探求神? お主、いきなり何を――』

「うるさいっ!! 気が散るから黙って!!」


 有無を言わせぬ、スキエンティアの一喝。

 一切の余裕も、軽口も、茶化しもない。

 探求神の、本気の激昂。

 それに、思わず女帝が押し黙る。

 スキエンティアはただ――全力で有羽の身体を癒していた。


(なにこれ……)


 心の中で、声が震える。


(なにこれなにこれ、どうなってるの!? なんで有羽君が()()()()()()()!?)


 探求神は、半ば恐慌状態だった。

 空間を跳躍し、どこかへ行った有羽。

 そして帰ってきた有羽。

 時間はほとんど経っていない。一時間も経っていない。

 その僅かな間で――命が消えかけている。


(原因は何!? 怪我!? 毒!? 呪い!? ……ええい、絶対見つけ出してやるっ!!)


 回復術式を施しながら、同時に探査を行う。

 二系統の上位神術を、完全並列で走らせる。

 治癒と解析。その両方を、最大出力で。


 人間の癒し手ならば不可能な作業だ。

 だが、探求神スキエンティアにとっては、それこそが本領である。


 人体の構造。

 生命の流れ。

 神経と血流、臓器の拍動、細胞の活動。

 この世界に生まれ落ちるあらゆる生物について、彼女は「探求」してきた。

 知らぬことはあっても、知らぬままにはしておかない。

 それが探求神。


 神力が、有羽の全身を舐めるように走査していく。

 皮膚の下。

 骨の髄。

 脳の深部。


 治癒の光が肉体へ染み込み、生命の火を繋ぎ止める。

 同時に解析の糸が、原因を求めて隅々まで入り込む。


(……傷は無い……)


 骨折も、内出血も、臓器損傷も無い。


(病気の類も視えない……)


 感染も、壊死も、腫瘍も、異常増殖もない。


(呪いの気配も無し……)


 外部からの干渉痕跡もない。

 呪詛の残滓も、侵蝕も、毒も、何もない。


(それなのに……生命力が枯渇寸前……!?)


 そこだけが、異常だった。


 原因が無い。

 なのに結果だけが最悪。


 有り得ない。

 そんなこと、絶対に有り得ない。


 因果において、原因なくして結果はない。

 有羽が死にかけている以上、必ず()()()()()()()()()が存在する。


(見つける。見つける。見つける。見つける――絶対に見つけるっ!!)


 神力の出力が上がる。

 回復が加速する。

 同時に探査の密度が深まる。


 治癒しながら、掘る。

 繋ぎ止めながら、暴く。

 生かしながら、剥く。


 探求神は、世界でも最悪クラスに「しつこい」神だ。

 一度気になったものを、途中で放り出せない。


 そして今、探求しているのは。

 世渡有羽の、()()()()()()()()()()()


 どこまでも探る。

 どこまでも深く。


 肉体の表層ではない。

 臓器でもない。

 生命力の流れの、その更に「根」。

 存在の基礎構造へと、意識が潜っていく。


 そこへ手を伸ばし――






「………………嘘………………」






 見つけた。

 見つけてしまった。


 その――()()()()()()()()






「……酷い……こんなの、酷過ぎるよ……」






 一筋、涙が零れた。


 探求神スキエンティア。

 遥かな太古より生きてきた上位神。

 多くの人の生死に触れ、様々な悲劇を見てきた存在。

 救えなかった命も、止められなかった災厄も、幾つも知っている。





 そんな彼女ですら、有羽の境遇は――惨すぎた。


 胸を抉られる、という表現さえ足りないほどに。





 喉の奥が痛む。

 泣くつもりなどなかったのに、涙が零れる。

 女帝が映像越しに、その涙を見た。

 木の器の顔が揺らぐ。


『探求神――何を視た?』


 低い声。

 だがスキエンティアは答えない。

 答えられない。

 言葉にさえできない。


「……っ!」


 ぐい、と袖で涙を拭い。

 震える息を一度呑み込み。

 そして、すぐに次の術式へ移行する。

 有羽の「空洞」を埋めるために。


 スキエンティアは視た。

 そして知った。

 世渡有羽の――否。





 森奥隠者フォレスト・ハーミットの真実、その一端を。





 彼の強さの謎。

 彼のレベルの謎。

 異世界転移の謎。

 その全てではない。



 だが、今有羽が死にかけている最大の原因だけは――掴んだ。

 ならば、やるべきことは一つ。



 適応した回復術式を編み直す。

 先程までの「通常の生命維持」では間に合わない。

 ()()()()()()()()()()()()()()


 光が変わる。

 回復術式の色が、柔らかな治癒の金から、やや透明に近い白銀へ移り変わる。

 探求神の権能が、今この瞬間だけは「探求」ではなく「救命」に全振りされる。


「……行かせない……」


 震える声。

 けれど、その震えの中に意志がある。


「絶対に行かせないから……」


 両手を有羽の胸元へ当てる。

 流し込む神力は、容赦がない。

 優しさではない。

 もはや執念だ。


「戻って……戻って来て有羽君……っ!!」


 打算はない。

 見返りもない。


 ただ、この哀れな被害者を助けたい。

 有羽を、ここで失いたくない。ただそれだけを胸に。


 探求神は癒す。

 繋ぎ止める。

 必死に手を伸ばす。




 探求神スキエンティアは、その両手で必死に――。




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