客人来訪
待合室兼応接室、食堂の隣にある。
来ていたのはプライストベーム家のクラドケスト伯爵とテルトミーア子爵だった。
貧乏貴族のファントムレイス寮では寮母のカルミアさん一人だが、プライストベーム寮やブラッドハンド寮には何人か大人が居るようだ。
先日訪ねたときにこの二人とは会っていて、警備員のようだった。
返礼に来るのなら、学生が道理のはずだし大公家次期当主に挨拶に来るなら、伯爵と子爵というのは・・・まあ、次期当主として社交界に紹介されたわけでもないし、大公家といっても経済力でも人脈でもさほど頼りになるものはない。
ゼロアが現皇帝の甥、亡き母が現皇帝の妹というのが唯一と言える人脈だろうか?
それに、こちらもゼロア本人ではなく代理だし。
「先日は珍しい物をいただきました、こちらはその御礼です。」
菓子折りを差し出してくる。
プライストベーム家が帝都に出店している店の商品だ、ファントムレイス家とは経済力の差がありすぎて比べる気にもならない。
菓子折りは軽かった、菓子折りの下に小判が入ってはいなかった。
まあそれはそうだろう、大公家当主となったら山吹色の菓子折りを貰うこともあるのだろうか、ちょっぴり憧れていたりする。
「それと、こちらが本題なのですがコカトリスを倒す風魔法の使い手が居られるとか、御存知と思いますが風魔法については主家であるプライストベーム家が帝国一です。
その方のためにも主家に預けていただけませんでしょうか?
これは些少ですが、御納めください。」
金貨を斜めに並べた箱、一列十枚が五列で五十枚。
魔法奴隷の相場が金貨二枚、高級品で金貨五枚、そのさらに十倍。
人ひとりの値段としては破格だが、この魔法が広まったときの被害を考えると安すぎる。
「申し訳ありませんが、お断り申し上げます。
なにせファントムレイスは貧乏貴族でして、人材のみが財産なのです。
わずかな財産である人材を失うことは出来ません、どうぞお引き取り下さい。」
「こちらとしても主家より言い遣って来ております。
御再考いただきたい。
それに、そちらではなにやら新たに興そうとなさっている御様子、そのためにこれを御利用になられたほうがよろしくはありませんか? 」
しばらく問答があって、もう一箱増えて金貨百枚になったが、千枚になっても私の答えは変わらない。
とはいえ相手も引く気は無いようだ。
飽きた。
先日皇家と二大公家に持って行った手土産だが、女性用下着だった。
正方形の布を二枚用意して、それを対角線上で二等分して直角二等辺三角形にして、まず二枚は直角の頂点を縫い付ける。
残った角を腰の横で結べば紐パンになる。
もう二枚は横に並べて山が二つ並んだ形で縫い、残った角に紐を付ければ原始的なつくりのブラジャーとなる。
これらを木の板で作ったトルソーに付けて箱に入れて持って行った。
この世界では下着は付け無いのが当たり前で、下着となっているのはサラシと下帯(六尺褌)で、胸や尻の形を整える為に付けるらしい。
リノス嬢の御母堂が愛用しているらしい、確証は無いがカルミアさんも・・・
「わかりました、それではいかほど用意すればよろしいのですかな? 」
思わず『百万枚!』と答えそうになったが、本当に用意されたら困る。
「幾らといわれましても、ファントムレイス家にとって金で家臣を売るという評判の方が問題なのです。」
「いや、お若いですな、このようなことどこの家でもあることですよ。」
『なるほど、クラドケスト伯爵にも御経験が?
それでそれはいつどのようにして? 』
言いたかった、凄く言ってやりたかったが、流石に貴族として言って良いことと悪いことはわきまえている。
相手を敵に回さずに断るのは難しい。
こん こん
ノックの音。
「どうぞ。」
「御茶を御持ちしました。」
ネクア嬢だった。
相変わらずの喪服姿である。
「こちらの御嬢さんは? 」
喪服姿にインパクトがあったのだろう、侍女について尋ねるなど貴族としては不作法なはずだ。
客人の前に葬式でも無いのに喪服姿で出てくるのも不作法だが・・・
「彼女はステイフィールド男爵家の令嬢です。
そういえば先の魔法、彼女も練習中でした。
近日中には習得出来ると思います。」
「ほ ほう・・・
それはすばらしい、いかがですかなお嬢さんプライストベーム寮に来ていただけませんか?
お望みはおおよそ叶えて差し上げることが出来ると思いますぞ。」
クラドケスト伯爵は交渉上手な笑顔を作ると、そっとネクア嬢の手を握る。
ばちっ!
ばち ばち ばちっ!
ネクア嬢に静電気のような火花が散り、クラドケスト伯爵は手を離し、テルトミーア子爵が眼を細め拳を固める。
「ごめんあそばせ、殿方に手を握られて動揺してしまいましたの、ついお漏らしの癖がでてしまいましたわ。」
体表面に静電気に似た火花のようなものが散るのは魔力漏洩症候群の典型的な症状である。
嘘つき。
その程度で魔力を漏らすようなネクア嬢ではない。
「ご 御冗談を、魔法学園に魔法の・・・
まさかお漏らしの癖を持つ者が魔法を使える筈がない・・・ 」
「御館様の御指導の御陰でわたくしのような半端者でも魔法を使えるようになりましたの。
御館様による御指導を超えることは、むず・・・ 不可能だと思いますけれど。」
「いくら何でも冗談が過ぎると思いますな、そのようなことあるはずがない。」
「いえ、クラドケスト卿、そういえば生徒がそのようなことを言っておりました。
信じ難く、単なる噂だと思っておりましたが・・・ 」
にっこり♡
「わたくしを導けるのは御館様だけですわ♡ 」
言外に、魔力漏洩症候群の患者を、魔法使いにできるのか? と匂わせる。
「もし、御館様に出会わなければ今もわたくしなど屋敷のスミで泣き暮らしていましたわ。」
うわあい、あれが偶然の産物だったなんてゆえないぞぉ。
「それではわたくしは失礼いたします。」
ネクア嬢が出てゆく。
クラドケスト卿は呼び止めようとしていたが、ネクア嬢の微笑みがそれを止めた。
私は、何となく御茶を見ていた。
いいなあ、飲みたいなあ。
実体化していても、飲み食いは出来ない。
幽霊となって最も辛いのが食事ができないことだ。
ああ、歯にあたる感触、舌での味わい、喉を流れ鼻腔を満たす匂い、胃に落ちる満足感。
視覚と聴覚とソーマ感知だけが私の全てなのだ。
あれ、御茶ってこんなに黒っぽかったっけ、そういえば御客さんがたも口をつけていない・・・
まさかあいつら、御客様に帰宅を促す、つまり追い返すためにとても飲めないような御茶を淹れたのではないだろうな。
まあ確かに私は飲めないから被害をうけないが・・・
それに、そろそろ時間切れだ。
この世界にはガラス窓など無いが、網戸の代わりに布を張った虫除けがある。
その虫除け布がオレンジ色に染まっている。
夕焼けだ。
「申し訳ありませんがそろそろ陽が落ちます。
この話はやはり無かったことにして下さい。」
「それでは本日はこれで帰りますが、また後日寄らせていただきます。」
も~くるな。
見送ると、精神体である私は精神的にどっと疲れた。
共に見送ったルルア・リノス・ネクアの三人が、囲むように私を見ていた。
まだ、今日という日は終わっていないのだ。




