炎家当主
蟹の殻に十人がかりで火炎弾を当てると、かろうじて焦げ跡が出来た。
過日の戦いで得た蟹の殻だ。
「実戦的に考えると意味が無いな。
動いている相手に一点集中で火炎弾を当てるのは不可能だ。」
蟹との戦いからボルケノバース卿は不機嫌だった。
大きく息を吐くと、焦げ跡に水をかける。
湯気が昇る、音はわずかなものだった。
ボルケノバース家の家人達には不機嫌の理由を知っていたが、何も言えなかった。
ボルケノバース家は、帝国において炎の魔法において並ぶものなしといわれている。
事実、炎の魔法を有効に使う方法について研究してきた。
何種類もの魔獣を使って実験を行い、より効果的な火炎魔法の使い方を、どの部位に当てると破壊し殺傷出来るかを探ってきた。
しかし、水蒸気や煙りの利用については考えたこともなかった。
水蒸気はともかく、煙りは穴などから動物を追い出すのに使われている事は知っていたが、それよりも単純に火力をあげることばかりを考えていた。
勿論火力が無ければどうしようもない事の方が多い。
しかし、火力ではどうしようもない相手のひとつと考えていた岩蟹を、水蒸気を利用して倒すすべがあると示されて、炎のプロフェッショナルを自負するボルケノバース家の矜持は・ずたぼろ・だった。
救いがあったのは、それを教えたのが主家であるところのファントムレイス家の若様らしいということだ。
「娘と数ヶ月しか違わないはずだ、あんな子供が独自に知識を得られる筈が無い。
主家では独自に研究してきたのか、それとも何らかの組織と・・・」
ゼロアが生まれてこなかった異世界人で、その父親が幽霊として憑いて来たなど、正気の人間には思いつかないだろう。
エビルハンド家の道場より広い、ボルケノバース家の実験施設、殆どが骨だけだったり殻だけだったりする標本が飾ってあるが、幾つか瓶に入った標本もある。
この世界では硝子瓶は超高級品なのに、ファントムレイス家では貴族の付き合いの為の資金の捻出に四苦八苦して、アラサーの当主が頭頂部を悲しくしているというのに・・・
これが土地持ち貴族との差だろうか。
ゼロアのために、頭頂部のあれが遺伝でないことを祈る。
「またか・・・ 」
ルルア嬢を見て顔を顰める。
池の側で亀を撫で回している。
「何が気に入ったのか・・・ 」
不機嫌そうに大股でルルア嬢のいる池に向かう。
「あら、御父様。」
「ルルア、魔法のほうは上達したのかね?」
ボルケノバース家の者にとって炎の魔法より大事なものなど無い。
ルルア嬢は、歯噛みしてうつむく。
そっと地面に手をあてる。
「そ・・・ 」
何か言おうとして、ルルア嬢の手に魔力が集中しているのに気付く。
ルルア嬢の握っていた土が亀の甲羅に変わってゆく。
「いいかい、ルルア・・・ なっ!」
亀の四肢の部分から火が出て回転をしようとしたが、そのまま飛んで近くの木にぶつかる。
燃えづらい七竈の木に穴が開く。
そのまま火は消えた。
その木にも、周りの木にも焦げ跡がある。
火炎魔法の練習用の木なのだろう。
「ごめんなさい御父様、まだうまく出来なくて・・・ 」
「複合魔法・・・
それは、土と火の複合魔法かね?」
「ダイエと言うそうです。」
「な・・・
名前が有るということはどこかで研究開発されたということか。」
違います。
「あら、御噂をすれば・・・
御久しぶりでございます。」
いけない、つい突っ込みをいれた瞬間実体化してしまった。
「こちらこそ、おこんばんわ。
難しい魔法なのに上達が早いね。」
「御久しぶりでございます、ゼロア殿。
娘に魔法を教えて下さったそうですね、誠にありがとうございます。」
なんか、おれいをいわれるとこそばい。
「目で見て姿を覚えるのもだいじだけど、目を瞑って指先に形を刻むのもだいじだよ。」
「はいっ! 」
目を閉じて亀を撫で回す。
うわ~ 素直な生徒ってかわい~
思わずいたずら・・・
したくなんかなりませんとも、ええ。 隣になぜか火の玉を浮かべた御父上もいることですし。
だいたい幽霊の身で何が出来るというのでしょうか?
それに、火の玉なんて通り抜けてしまうだけですよ。
「貴方には感謝しています。」
おのれは感謝する相手に火の玉で脅すんかい!
って、あれ、そういえばそんな習慣があったような・・・
「さすがに御存知のようですな。」
「ついさっきまで忘れてました。」
初代のファントムレイス家の頃の話だ。
微笑むボルケノバース当主がとても怖かった。
お礼だよね、お礼のつもりなんだよね、娘に何かしたら焼くとか、違うよね。
怖くては訊く事は出来ませんでした。




