岩蟹後記
昇る朝日を眺めながら、ぼんやりとしていた。
リノス嬢は強いなと思った。
蟹の襲撃のあったあの夜、リノス嬢の様子を見に行ったときに、治療施設として準備していた家に、怪我人とともに蟹を運び込んでいた。
蟹の中には人を喰ったものもあった。
それをエビルハンド婦人は解体していた。
死んではいてもまだ動いている蟹を六十センチメートルほどの先を尖らせた鋼鉄の棒を片手に主婦の手際で解体している。
中から、かろうじて人のものとわかる手や頭や足が見える。
「カッツィオ!」
リノス嬢が金切り声で叫ぶ。
見知った人物のものらしい。
蟹の口は食べ物を押しつぶしながら飲み込んでゆく、丸飲みにされるのでは無いので、喰われた者は助からない。
婦人はそれを大事そうに桶に移してゆく。
刻まれた死体を見て、惚けていたリノス嬢をエビルハンド婦人がはたく。
『ぱあん』と響いて、リノス嬢の眼に光が戻る。
エビルハンド婦人は何も言わず、リノス嬢の眼を見つめている。
しばらく母親の眼を見つめていたが、『ぐ』と、汗だか涙だかを拭いて手伝いはじめるリノス嬢。
この世界は厳しい。
エビルハンド婦人は、母親としてその厳しさを伝えたのだろう。
私はゼロアに、この世界の厳しさを伝えられるだろうか?
この世界で人は簡単に死ぬ。
いや、日本が特別だっただけなのかもしれないが・・・
蟹によって、沢山死んだ。
戦いの中死んでいった者が三十二人、その後五日以内に死んだ者四人、重傷者十六人、あの規模の災害ではわずかな被害といって良い。
町を捨てて逃げてもおかしくない状況だった。
事実、逃げた物もいた。
だが、あそこで踏み止まって戦う者が居なければ、蟹は追って来ただろう。
事実、蟹は獲物の居場所を感知する能力があった。
逃げる途中で襲われたら、蟹よりもパニックになった人間によって被害は拡大していただろう。
ぼんやりと、蟹について考える。
本来岩蟹というのは『待ち』の狩りをする省エネ型の生き物で、獲物が来なければいつまでもその場を動かない。
あのような群れを作らないはずなのだ。
魔災の影響でフェロモンを操るようになったのだろうか?
それでも『群れ』であって『群体』でなかったのは幸運だった。
『群れ』は、単に個体の集合だが、『群体』は、多数の個体が一つの生き物のように考え行動する。
軍隊蟻が有名だが、一匹一匹の個体が一つの細胞のように行動するのだ。
魔災の影響や被害はこれからどうなるのだろう。
私に何が出来るのだろう。




