旅立ちの日に
旅に出たら5年の帰省を禁ずる。
このルールがこの都市から旅立つものが、年に片手で数えるぐらいしかいない一つの理由だろう。
さらに付け加えるなら、この街は人の繋がりがしっかりしている。
近所も皆顔見知り。
幼馴染がいない人間なんて誰一人いない。
14歳になる頃には結婚を前提に付き合うことが当たり前で、19歳になったら結婚していない方が珍しい。
結婚のほとんどは幼馴染と同級生で、たまに近所の人と歳の差婚をする人もいる。
歳の差と言っても3歳ぐらいで、それでも世間では驚かれる。
30歳を超えて結婚したことがない人は、僕が知る限り一人しかいない。
最愛の人と死に別れしても再婚することがほとんどで、離婚することはほとんどない。
だからシェルは幸せになれる場所だと思う。
でも僕はこの町の限られた、与えられたような幸せを選びたくなかった。
僕は本当の空を見てみたい。この都市を出て外の空気を吸ってみたい。外の人たちと話しをしたい。そして自分が納得のいく人生を選択したい……でも、やっぱり怖いし。それに、イスタルのことだけがずっと気がかりで……でも、でもやっぱりこの町は僕には合わないと思う。
家の外ではもう小鳥が鳴いている。
16歳最初の朝は憂鬱から始まった。
「本当に行くんだな?」
玄関。
大きなリュックを背負った僕は、両親と最後の挨拶を交わしていた。
「うん。ごめんね。こんな息子で」
「う、うぅ、ごめんなさい。私がっ、私がっ、ちゃんとあなたをっ」
「母さん。僕は幸せだよ」
泣き崩れる母を僕は抱きしめる。
「父さん。勝手なこと言うけど、母さんをお願い」
「ああ。お前の方こそ……頑張れよ」
父さんの目にも涙が溜まっているのがわかった。
「うん。いってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
「ウィザアアアアアクウウウウウッ!!」
母の叫びを背に僕は家のドアを閉めた。
僕は深く息を吸い歩き始める。
本当に僕は親不孝者だと思う。
だって僕が出て行ったら、二人は後ろ指をさされて生きていかなきゃいけないのだから。
子供を幸せにできなかった親という汚名を着せられて。
「……それでも」
シェル唯一の出入り口。
高さが2mほどで、人が二人並んで歩くのがギリギリな幅の鉄扉の前に僕は立っていた。
「身分証」
僕は扉の警備をしている人に身分証を渡す。
「ウィザーク。今日が16歳の誕生日です」
「……出るのか?」
僕は頷く。
「後悔するぞ」
「……それでも行き──」
「ウィザアアアアアクッ!!」
大きな声にハッとして振り返る。
そこには肩で息をし怖い目をしたイスタルがいた。
「何してんだよ、お前っ」
「イスタル……」
口ごもる僕にズカズカと彼は近寄ってくると、シャツの襟を掴み顔を寄せてきた。
「説明しろよっ」
手の震えから怒りが感じられる。
「……僕は、出ていくよ」
「なんでっ!!」
「自由に、なりたいから」
「自由?お前そんなこと一回も言ったことないじゃないかよっ!」
彼は勢いよく僕を鉄扉に押し付ける。
「おい。事情は知らないが、その扉の付近で問題を起こすな。捕まえなきゃいけなくなる」
警備の低い声がイスタルの手を僕から離れさせた。
「ゴホッゴホッ……イスタル。僕は君に嫌われるのが怖かった。外に出ていくと言ったらその時点で、君との関係が壊れてしまうのが嫌だった」
「……ふざけんな。だからって黙っていく奴があるかよっ」
「ごめん」
「ごめんじゃねえよ!……いつからだ?いつから決めてたっ?」
「……15歳になった時」
「15?一年前じゃねぇかよ。じゃあなにか?お前はずっと俺に嘘をついてたってことか?」
「嘘なんて──」
「ついてきたろ!楽しいなんて言って、ほんとは俺と遊んでる時も適当に合わせてたんだなっ!」
「そんなわけないだろっ!」
「じゃあなんで出てくんだよ?楽しかったらシェルから出てくわけないだろーがっ」
僕は俯き、拳を強く握り声を絞り出す。
「だから、自由になりたくて」
「今が不自由かよ?仲間がいて家族がいて遊べてうまいもん食えて、何が不自由なんだよ!」
「……」
「昨日はどんな気分で俺といたんだよ?なあ、今日だってなんで俺がここにいるか分かるか?予定より早く行って、お前のことを更に驚かせてやろうと思って……早起きしてぇ……バカみたいじゃねぇかよぉ」
ぐすぐすと鼻を鳴らす音に顔を上げると彼は泣いていた。
「なぁ、俺が、どんなぁ、どんな気持ちでっ」
「イスタル。僕はっ」
僕は涙が溢れそうになるのを堪える。
「僕は君が大切だから言えなかった。最後まで、お別れの瞬間まで君と変わらずに過ごしたかったから。だから言えなかった」
違う。
「大切に思うなら隠さず言えよっ」
イスタルの言う通りだ。
彼が大切なんて言って、本当は自分が傷つくのが、彼といられなくなるのが嫌な僕のわがままだ。
自分のことばかり考えてるくせに、いざとなれば相手を思いやってのことなんて口走る。
最低だ。
「イスタル。僕と親友になってくれて、ありがとう。僕は……幸せだったよ」
僕は視線を警備に向ける。
「扉、開けてください」
「おいっ」
「いいのか?」
警備の人に頷いて見せる。
「分かった」
「おいっ、待てよ!」
僕はイスタルの呼びかけに背を向け鉄扉と向き合う。
警備の人が何か操作すると、ギギギギィと音を立てゆっくりと扉が開き出した。
「おい!」
「イスタルっ。元気でね」
僕は扉が開き切る前に、もぐりこむように扉の奥へ歩を進めた。
「ウィザアアアアアクッ!!」
もっと話したかった。
お互い納得いくまで。
でも、それは無理だと分かっている。
だって僕が彼に一番伝えたいことを僕は言えないから。




