愛とは歪
「どうだい?素敵な笑顔だろ?」
「はい。とても……」
確かに笑顔だけを見れば僕も素敵だと思う。
しかし服からのぞいた腐敗した首元。そこに湧く虫が僕の心をかき乱す。
「あの日から私の道にまた光が刺したんだ。だから今はここに来て良かったと思っているよ」
「あの、こんなことを言ったら失礼かと思うんですが……」
「気にしないよ。言ってみなさい」
「奥さんとはもう喋ることは出来ないじゃないですか?一緒に何かをやることも……それでも幸せなんですか?」
「ああ」
僕を真っ直ぐ見てキリさんは続ける。
「世界には体の不自由な者がいる。自ら体を動かす事ができない者。喋る事ができない者。しかしそれを愛する者もいる。私はこうなってからその人たちの気持ちが分かったよ。ここに来るまでは一方的に与えている献身的な人達と思っていた。けど今では与え合っていたと理解できる。ただ好きな人が生きている。その姿を見るだけで与えてもらっているんだってね。そばにいれるだけで幸せなんだって」
「……それはっ、生きている人の話であって……奥さんは、死んでる」
「いいや、生き返ったよ。ウィザーク君にとって死の基準とはなんだい?」
「……心臓が動いてるとか」
「もっとも模範的な答えだ。でもそれは誰かの価値観であって僕の価値観とは違う。私の妻は言葉を理解し微笑むだけの意思がある。誰かの作った死の基準なんてこの町では関係ない。それに世界のここだけが特別と言うだけで、世界中がこの町のようならば、僕のことを穿った目で見ることはなくなるはずだ。世界の基準なんて誰かのフィクションさ。皆の基準が変わった後に後悔するぐらいなら、私は自分を基準に生きた方が幸せだと、ここに来て妻から教わったよ」
僕は笑顔でそう語る彼に得体の知れない恐怖を感じた。と同時に人の基準という不明確なものの中で生きることも、また危ないのかもと心に刺さった。
「ウィザーク君。君にもこの町をオススメするよ」
彼は席を立ち上がり奥さんの方へ向かい、その頬にキスをした。
「この町は静かに暮らすにはちょうどいい。愛を育むのにも」
キリさんの家を出てから、僕はリリと共に町の外まで散歩した。
今はこないだ二人が喧嘩した場所で腰を下ろしている。
「さっきは何であんな嘘を?」
僕の恋人の件を質問する。
「興味本位で愛の巣に踏み込まれたら嫌がるからよ。同じ境遇ってことにした方が都合がいいと思って」
「先に言っといてください……」
僕は石を拾い意味なく投げる。
「すごい町ですね」
「ええ。この町にはああいう人達しか住み着かないから。彼も一ヶ月前にここに越してきたばっかりなのに、もう染まりきってしまった」
僕は恋人がいたことがないから、何が愛なのか分からない。
だからだろうか。キリさんのことを歪んでいるとは思っても、それを否定することがハッキリはできない。
世界の基準なんて誰かのフィクション。
シェルの中で暮らす当たり前を捨てた僕にとっては、よく理解できる言葉のように感じた。
「ねぇ大丈夫?」
「あ、はい。考え事をしてたので」
「あまり深く考えない方がいいわ。私はそういう価値観もあるぐらいに収めておいてる」
「気になったんですけど、リリはなんでこの町に?」
「……お母さんの病気を治せる方法があるんじゃないかなって」
「そうだったんですか……」
「冗談よ」
「えっ」
「ただ近くて、勝手に家使っても何も言われなかったから住み着いただけよ」
そう言い微笑むリリの表情からは、どちらが本当のことかは分からなかった。
僕は追及しようかとも思ったが、気分を害されても嫌なのでやめた。
代わりにふと一つ気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、一つ気になったことがあるんですけど。キリさんて人間ですよね?」
「ふふふ。彼は人間じゃないわよ、エルフ。確かに似ているけどね」
「エルフって、リリの父親かもっていう?」
「そう。見て、私の耳。少しとんがってて長いのよ」
リリは髪をかきあげながらそう言った。
「エルフってなんなんですか?」
「そうねー。寿命は私たちぐらいあって、滅多に自分のテリトリーからは出ない種族ね。あと混血を嫌うのも特徴の一つかしら」
「混血ですか?」
「そう。エルフはエルフとしか子孫を残さない」
「でもリリのお父さんは―」
「まれにいるのよ。テリトリーを出て異種族とする変態が。それにあなたたち人間もそうじゃない。500年ぐらい前にあの鉄の中に閉じこもった。そう考えると、あなたも変態ね」
頬を人差し指でツンツンされる。
「なんかその呼び方嫌なんですけど」
「じゃあすけべね」
「なんか意味が違いますけど!」
「ふふふ」
ふと、また僕の中に疑問が生まれた。
「エルフも人の言葉喋るんですか?」
「……すけべが変なこと言い出したわ」
リリはあからさまに引いた顔をする。
「だって話してたじゃないですか?」
「彼に会いに行く前に食べてたじゃない」
僕は首を傾げる。
「あら?あなた知らないの?言語を理解できる食べ物のこと」
「ああ。え、入ってたんですかあの飴みたいなの?」
「飴?私が入れたのはキノコよ」
「キノコ?」
「あーもしかして、言語能力をひきだす食べ物が一種類だけだと思っているの?」
「違うんですか?」
「違うわよ。種類は色々あるの。ものによって持続時間も違うし」
僕はへぇという顔をする。
「私も食べないとキリとは話せないしね」
「そうなんですか?てっきり―」
「私は人間語と魔族語しか話せないわ」
「魔族語だと不死町ってなんて発音するんですか?」
「不死町」
「同じなんですね」
「ぶっ、はっはっはっはっはっはっはっは」
リリは後ろに倒れて笑い転げた。
「ね、ねぇ、バカじゃないのっ?」
僕はなんでこんなに笑われているか分からず、目をぱちぱちさせる。
「今はまだ効力が残ってるから、どんな言葉を聞いても人語に聞こえるのよ。私は二つの言葉が分かるから両方で聞き取れるけど」
「すいません。すっごい難しいです」
「これだからスケベは」
リリは足をバタバタさせて笑う。
僕の方はそんなこと言われてもという感じだ。
そもそもこの現象自体、不思議で信じ難いのだから。
シェルの中では言語なんて統一されていたし。
でもたまに分からない言葉を使う人もいた気がするな。
「おーい、また考え事?」
「あ、いえ。そろそろ帰りますか?」
「そうね。ココの寝込みを襲いに行きましょう」
「そんなことはしないですけど。ちなみに今はどっちの言葉で話してるんですか?」
「さぁ。菌のみぞ知るってとこよ」
リリは自分の頭を指差しそう言った。




