死者は笑う
眠ってしまったココを置いて、僕はリリに町を案内されることになった。
「この町のことはどれだけ知ってるの?」
「死んだ生き物が表情だけ動くようになるってぐらいしか」
「あら、じゃあほとんど知ってるじゃない」
「でもその理由とかまでは」
「私だって知らないわ。予測ならあるけど」
「予測ですか?」
「ええ。簡単に言えば菌ね」
「菌?」
「まぁ、私も確証はないから詳しくは話さないけど。それより、あなたグロいのは大丈夫?」
浮いているリリは進むのをやめ、僕の顔を覗いてきた。
「得意ではないです」
「そう。先に聞いておくべきだったわ。帰りましょう」
「えっ、なんでですか?」
「教えるために実物を見せようと思ったのよ」
「実物って……死体ってことですか?」
「そうよ。正確には表情が変わる死体」
僕は唾を飲み込みリリに言う。
「見てみたいです」
「いいの?吐くかもよ?」
「……大丈夫です」
この先の旅で何があるか分からない。
そう言うものの耐性をつける必要もあるだろう。
それに僕は世界を知るためにシェルを出てきたんだ。
「じゃあ行きましょうか。すぐそこの家よ」
「はい」
どうやら目的地は近隣の家だったようで、三分とかからずに着いた。
「失礼するわ」
「おじゃまします」
リリに続き家の中に入る。
すると顔を歪ませる臭いが鼻をついた。
「うっ」
見るとそこには一人の男性が立っており、横には笑顔の女性が座っていた。
しかしその女性の服から出た手足は、見るからに生者のものではなかった。
「ゔ、すいません」
僕は家の前に出て吐きそうになるのを堪える。
「大丈夫かい」
そう声をかけてきたのは、先ほど女性の隣にいた男性だった。
男性は無精髭を蓄えており、近くで見ると50歳ほどの人間に見えた。
「すいません」
「いいんだよ。私も最初のうちは妻の臭いに吐き気を催したものだよ」
「……あの人は奥さんなんですか?」
「ああ」
「ねぇ、これ使ってもいいかしら?」
リリが木箱を持って家から出てきた。
「ああ、構わないよ」
「なんですか、それ?」
「私の使わなかった分のマスクだ。臭いに慣れないうちはこれをつけておくといい」
僕は木箱を受け取り、中に入っていたマスクを一枚つけた。
「リリは?」
「私は慣れてる」
僕らはまた家の中に入り、テーブルに着いて話すことになった。
「今日は何の用だい?」
「この子が恋人を亡くしてね。この町に一緒に越してくるか悩んでるのよ」
「それはそれは」
リリの発言に僕は目を見張る。
すぐさま否定しようとした時、テーブルの下で僕の膝をリリの尻尾がツンツンしてきた。
僕は彼女と見つめ合う。
「どうかしたかい?」
「え、いえ。何でもないです」
話しかけられて移した視線をまたリリに戻す。
ボケたって感じじゃなさそうだ。
僕はひとまず否定するのはやめにした。
「今日訪ねたのは、この子にキリの気持ちを聞かせてあげたくてね。話してもらえるかしら?」
男性はキリと言うらしい。
「気持ち?そう言われてもどういう―」
「ここに来ようと思った時の気持ちとか、来ての気持ち。そして今の気持ち。それが彼のアドバイスになると思うの」
「なるほどね。じゃあ君、そう言えば名前は?」
「ウィザークです」
「私はキリ。君は今悲しいかい?」
僕はどうしたものかと思ったが、膝にツンツンされるので話を合わせることにした。
「……はい、とても」
「そうだろう。私も悲しかった。長年連れ添った妻が死んで、私の人生の意味を失ってしまった。しかしこの町の噂を聞いた事があったから、一縷の望みを持ってここに来たんだ。妻を蘇らせようってね」
「もともと住んでいた場所は近かったんですか?」
「いや。ここに来るまでにはひと月ほどかかったよ。妻を棺桶に入れて、とにかく冷やして連れて来たんだ。その過程で手足の先は腐り出してしまったが。ウィザーク君は遠いのかい?」
「いえ、多分一週間ぐらいで着くと思います」
咄嗟にシェルからの距離で考えて言ってしまった。
「そうか。もしよかったら妻を運んできた棺桶を貸すよ」
「あ、ありがとうございます」
「うん。サイズは大丈夫だと思うよ」
「それで、着いてから直ぐはどんなだったの?」
それかけた話をリリが戻す。
「そうだね。着いてから直ぐは来たことを後悔したよ。なんせ町は死臭が漂っているし、妻を冷やすために用意していた物も底をついた。おまけに妻は眠ったままだった。でも、冷やすのをやめた次の日だった。妻が私の言葉に反応して笑顔を見せてくれたのは。あれは、嬉しかった」
ココが言っていた表情が動くってのは、どうやら本当らしい。
僕はキリさんの後ろの椅子に座る奥さんを見る。
「今は笑ってないんですね」
「ああ。ミーア、お客さんが君の笑顔が見たいそうだよ」
その言葉に反応した彼女の口元が笑顔になる。
その笑顔は安らかに気持ちよく眠っている感じだった。




