リリ
「あらためまして、私はリリよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
僕はテーブルに着いてリリさんと向き合っていた。
改めて見ると角や尻尾はあれど、顔立ちはココさんに似ていなかった。
ココさんが可愛いって感じの顔なら、リリさんは鼻筋が通っていて綺麗って感じだ。
「ココとはどんな関係なの?」
「えっ」
「恋人?それとも奴隷?」
イタズラっぽい笑みを浮かべなら、頬杖をつき彼女は聞いてくる。
「りょ、両方違います!ココさんとは旅の途中で出会って色々面倒を見てもらってるだけで」
「ふーん。何回したの?」
「した?……一回もしてません!」
「嘘だあ」
彼女は驚いたように体を後ろにそらす。
「嘘じゃないです」
「じゃあ初めて会った時襲われなかったってこと?」
「……襲われはしましたよ」
「じゃあ……勃起不全?」
僕は頭を抱えて項垂れる。
「ごめんなさい。デリケートなことよね」
「いえ」
勃起不全ではないですけどね。
僕は顔を上げる。
「なんでお母さんは私を呼んでるの?」
「いや、僕もよく知らなくて」
「そうなの?」
「はい……」
少しの静寂が訪れる。
「ウィザーク君って会話苦手な人?」
「いや、初対面だと緊張して……話すのは好きなんですけど」
「ふーん。じゃあ私に質問していいわよ」
「えっ、質問ですか?」
「そう。私を知って親しみを持ってくれたら普通に話せるでしょ?なんていうか、今のあなたと話してても退屈なのよね。久しぶりの会話がこれだとガッカリしちゃうから」
悪気なのか素なのか、言葉の刃に心を傷つけられながらも僕は色々聞くことにする。
元々この町のこととか聞いてみるつもりだったし。
でもさっきのせいで、それよりも聞きたいことができてしまったんだよなぁ。
どうしよ……。
「早くして」
「すいませんっ。じゃあ、二人って姉妹なんですよね」
「ええ」
「何かパッと見あんまり似てないですよね」
「……バカにしてるの?人間だって似てない姉妹ぐらいたくさんいるでしょ?あなたが言いたいのは双子のことなんじゃないかしら?」
そう言われてハッとした。
そう言えばそうだ。
姉妹が似てないのは珍しいことじゃない。
「確かにそうでした……」
「ふん。でも私たちの場合は父親が違うから似てなくて当然よ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ。私とココは百歳ぐらい離れているんだから。同じ父親のわけないでしょ?」
「……ちょっと待ってください。リリさんて何歳なんですか?」
「あなたはつまらない上に失礼なのね」
「う、ごめ―」
「300ちょっとね」
「300!」
つい素っ頓狂な声をあげてしまう。
サキュバスってそんな年齢なのか。
え、じゃあココさんは200歳!
「正確にはわからないけどね。私たちサキュバスは自分の年齢をいちいち数えないから」
「なんでですか?」
「だって数えてたら鬱になりそうじゃない?私たちの平均寿命って千年近くあるのよ」
「千年っ」
「だから私たちは何となく周りの雰囲気で、あ、1年過ぎたなーって感じで生きてるのよ」
「へーえ。人間とは全然違う」
「人間は一日一日細かすぎよ。一年生きたぐらいで祝って」
まぁ確かに。
千回も祝うと誕生日も飽きるものなんだろうか?
「父親は人間なんですか?」
「私は違うけど、ココは人間ね。サキュバスって百回やってもそうそう妊娠しないから、妊娠した時には誰の子供か分からないのよ。私がそのいい例ね。
でも私の予想だと、多分エルフっぽいけど」
「エルフ?」
「いるのよ。そう言う種族が」
エルフか。覚えとこう。
「じゃあ何でココさんは人間だって分かるんですか?」
「ココを妊娠した期間、お母さんは1人の人間としかやってなかったからよ」
「そうなんですね」
生々しいことを聞いてしまった。
でもちょうどいい。このままの勢いで聞こう。
「じゃあ、リリさんは何でお母さんのことが嫌いなんですか?」
「フッ。随分と鋭角に踏み込んでくるのね」
ムッとされるかと思っていたが、彼女の顔は楽しそうに見えた。
「あなた、もしかして面白いの?」
「どーでしょう?」
「質問してるのは私なのだけど?」
「……ごめんなさいつまらないです」
なんか圧をかけてくるところは似ている気がする。
「よろしい。あなたはどこまで聞いてるの?」
「多分何も知らないです」
「……なんであなたを連れてきたのかしら?」
「僕が、ついてきたいと言ったので……」
「そう。嘘じゃなさそうね。あなた兄弟は?」
「一人っ子です」
「そう。じゃあ人と比べられたことは?」
「まぁ学校で何度か」
「じゃあ分からないわね。常に比べられる煩わしさは」
彼女はどこか遠くを見ているような眼差しで語り出した。
「ココが生まれてから私は、優秀なお姉ちゃんってお母さんに言われるようになったの。今までは並だったのにね。あの子は結構バカだったから、色々なことを覚えるのが遅かった。男の誘惑のしかたを覚えるのにも50年もかかったしね。だから私は手本になれって言われたのよ」
確かに普段のココさんを見るに、誘惑とか本当は性に合わないんだろうなぁ。
「まぁ、ようは長い間私は優秀なお姉ちゃんを演じなきゃいけなくなったの。ココが生まれるまでは気楽に生きれてたのに。お母さんは私に厳しくなった。理想を押し付けてきた」
「だから嫌いに?」
「そうね。誰かと比べられて劣ってると言われるのも嫌だろうけど、優秀って言われるのも辛いのよ。ましてや私のは背伸びなんだから」
僕にはリリさんの言葉は理解できても、その気持ちを完璧に理解するのは難しかった。誰かとそこまで比べられたことがないから。
「でも家を出た原因はそれじゃないわ。あなた、お母さんには会った?」
「はい」
「じゃあ角が無いのはしってるわね?」
僕は頷く。
「あれは私のせいで無くなったのよ」
「リリさんの?」
「……私が命に関わる病気になって、お母さんはその病気を治すために角を折り、煎じて特効薬を作った。そのせいで母は生命力をどんどん失っていったわ」
「角ってそんなに大事なんですか?」
「サキュバスにとって角は……そうね。肺みたいなものかしら。もちろん肺は別にあるわよ。でもそれぐらい生きるのには大切なもの」
「でも、こんなことを言ったらあれですけど、そこまでしてくれたんだったら―」
「余計嫌いになったわ」
僕は目を見開く。
「どうして?」
「惨めに思えたのよ。素直に感謝出来なかった自分が。私はこんだけのことをされてもお母さんを許せないんだって」
「……それって、母親を許せない自分が嫌いなんじゃ」
彼女は僕の目を見つめる。
「確かにそうかも。でもお母さんのことをやっぱり許せないわ。未だにね。それに、弱ったお母さんに酷い言葉をいっぱい言って出てきてしまったし、もう合わす顔がないの。だから会わないのよ」
彼女はまた遠い目をする。
16歳の僕には、こんな顔をする人に掛ける言葉が思いつかなかった。




