渓谷
スメールを出て二日。
僕は渓谷の中で足を止め景色を眺めていた。
殺風景で荒野ばかりだった僕には、この景色が初めて見る大自然って感じで心が踊る。
川の水を両手で掬い顔を洗う。
「う〜、冷たい」
シェルの中にも自然はあった。
でもそれは人工的に計算されて作られた自然だ。
これほどの迫力と飲み込まれる感覚は人生で初めて味わう。
「やっほーい」
そして心身の疲れなんて忘れるほどに、はしゃいでしまった。
だからだろう。本来は一日で抜ける予定だった渓谷で、野宿することになってしまったのは。
ココさんには渓谷の夜は獣が活動する時間だから、気をつけろと言われていたのに……。
そのため夜行動するよりはマシと思い、川のほとりで僕は今焚き火をしている。
ところでココさんが言ってた獣って何なんだろうか?
ガサガサ。
僕はビクッとして音の方に目をやる。
そこには木々が生え渡っていて、その先は暗闇で何も見えない。
ガサガサ。
さっきよりも音が近い感じがした。
きっと獣だ。
そう言えば獣は火に弱いって習ったことがある。
僕はゴクッと喉を鳴らし、火のついた薪を一本持ち立ち上がる。
ガサガサ。
でも僕の思ってる獣じゃないのかも?
魔物のような得体の知れない何かだったら?
僕は振り向き川を確認する。
川は流してもらえるほど深くはない。
飛び込んで逃げようにも、足を取られてむしろ不利になる。
それでも可能なら逃げるが、最悪戦うしかない。
僕は空いた方の手で手頃なでかい石を拾う。
ガサガサッ。
よし、先手必勝だ!
僕は姿を現した何かに石を投げつける。
「ぎゃぇ!」
どうやら命中したらしい。
あまり相手が大きくないのを確認した僕は、一気に距離を詰めた。
火で追い払おう。
そう思って照らした先には、足を押さえて蹲るココさんがいた。
「説明しろよ。あ?どうして私に石投げたんだ?」
「いや、ごめんなさい」
「謝るぐらいならやんじゃねーよっ!」
僕は彼女に肩を掴まれ前後に揺さぶられる。
「ほんとにごめんなさいっ!でもどうしてココさんがここに居るんですかっ?」
その言葉に揺れが止まる。
「それは……頼まれたんだよ。母親に」
「お母さんに?」
「不死町に住んでる姉貴に一度帰ってくるように伝えてきてくれって」
「お姉さんが住んでるんですか?」
「ああ。私は姉貴に会いたくないから嫌だって言ったのに………あんなこと言いやがるから」
「あんなこと?」
「お前には関係ねーよ。で、ここ通ってたらバカが焚き火してたからよ。驚かそーとしたら怪我させられた」
包帯を巻いた左膝を見せてくる。
「それは、ごめんなさいですけどっ、驚かそうとする方も悪くないですか?」
デコピンをされる。
「イタッ」
「いんだよ私は悪くて」
「何でですか?」
「サキュバスだからだよっ」
ガオオォと言った感じで彼女はおちゃらける。
二日前は随分親切にしたくせに。
僕は何言ってんだと思いつつも、自然と顔はほころんでいた。
「ココさんは優しいですよ」
「……はあ!?ばっ、何言ってんだよテメェ」
彼女は顔を赤らめているように感じた。
「だって優しいじゃないですか。色々面倒見てくれて。今だって一緒にいてくれて。心強いです」
「キ、キメェ」
「えっ?」
「キメェこと言ってんなっ」
僕は頭を殴られた。
「いった!酷いじゃないですか!」
「お前が変なこと言うからだろ!」
「優しいから優しいって―」
ボカッ!
「っ」
「優しいとか言うな!ああっ、なんか胸がむずむずしやがるぅ……あ、そうだ名前教えろよ」
僕は頭をさすりながら彼女を見る。
「あれ?まだ名前言ってませんでしたっけ?」
「言ってねー」
それは随分失礼なことをしたなと思いつつ、僕は名乗った。
「ウィザークです」
「へー。ウィザークねー……」
「何ですか?」
「いや、見た目に反して強そうな名前してんなーって」
「それはつまり僕が弱そ―」
「うん」
即答だった。
「失礼なっ。一応学校で戦闘訓練は一通り受けてますからね」
「訓練と実践はちげぇぞ」
「……僕に負傷させられてるくせに」
「アアン?」
「いや、ごめんなさい」
「今からお前のこと空から逆さまに落としてもいんだぞ?」
「ごめんなさい」
ちょっと調子に乗った発言をしたことを後悔する。
嫌われたかな?
「ハッ。格の違いが分かったらもう寝ろ。明日にはとっとと不死村に着きてぇんだ」
そう言ったココさんは川に入っていく。
「何してるんですか?」
「水浴びだろ?何言ってんだ」
何言ってんだって言われても……。
「ココさんは寝ないんですか?」
「私は夜行性なんだよ。もう今日は寝た。お前はまだだろ?早く寝ろ」
……あれ?でもこないだは……それに。
「でもそしたら、ココさんは明日いつ寝るんですか?僕が朝移動し始める時、ココさんはここで寝るってことですか?」
「はぁ?お前私を置いていく気かよ?お前が寝てる私を運ぶに決まってるだろ」
「……いやそれはちょっとキツくないですか?」
荷物もあるし。
「大丈夫だって」
「大丈夫って……」
「ごちゃごちゃ言ってねーで早く寝ろっ」
「冷たっ」
「……はあ」
ココさんが強情なのはもう分かっているので、この場はとりあえず寝ることにし寝袋に入った。
明日の朝策を練ろう。
おやすみなさい。




