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第六話 技術班、白旗を上げる。

「夢丘様、技術班より、例の端末についてご報告があるとのことです」


ヴァンスさんにそう告げられたのは、預けてから五日目の朝だった。


五日間、私は何度もそわそわしながら過ごした。壊れていたらどうしよう。何か、とんでもないことが分かってしまっていたらどうしよう。


案内された作業場は、あの日と変わらず散らかっていた。でも、その散らかり方が、心なしか前より激しい気がした。机の上には図面らしき紙が何十枚も重なっている。


「――おお、来たか」


ドレイクさんが、疲れた顔で振り向いた。目の下には濃いクマができている。


「あの……大丈夫ですか、その、顔色が」


「ああ、これは……徹夜続きなだけだ、気にするな」


フィンさんに至っては、作業台に突っ伏したまま、ぴくりとも動かなかった。


「フィン、起きろ。お客様だぞ」


「……あと五分」


「起きろ」


ドレイクさんに小突かれて、フィンさんがようやく顔を上げる。


「あ、夢丘様……すみません、ちょっと、色々限界で」


二人とも、正直、満身創痍に見えた。


「まず、これを」


ドレイクさんが、丁寧な手つきでスマホを差し出した。


傷一つない。約束通り、綺麗な状態のままだった。


「ありがとうございます……あの、それで、何か分かったんでしょうか」


私が聞くと、ドレイクさんは、少しの間を置いてから、ゆっくりと首を横に振った。


「結論から言おう。――複製は、無理だ」


「え」


「内部の部品を見せてもらったが、想像を絶する細かさだった。儂らの技術じゃ、あの精度で組み上げることは、逆立ちしても不可能だ」


フィンさんが、うつろな目のまま付け加える。


「魔導拡大鏡の限界を超えてました……見えてるのに、掴めないっていうか」


「それに――」


ドレイクさんが、疲れた目のまま、私の手の中のスマホを見つめた。


「板状の端末自体は、儂らも知らんわけじゃない。魔導タブレットってやつが、うちにもある。だが、あれは大型の母機と繋がっていないと、うんともすんとも言わん代物だ」


「その、母機、ですか」


「据え置きの大きな装置だ。それがなければ、タブレットはただの板切れになる」


ドレイクさんは、スマホをそっと持ち上げた。


「なのに、こいつは違う。母機なんぞ、どこにもない。それ一枚だけで、全部、勝手に完結してやがる」


その言い方には、悔しさと、それを上回るくらいの驚きが滲んでいた。


「儂らが何十年もかけて、母機の性能を上げることでどうにかしようとしてきたものを、この薄い板一枚が、最初から要らないと言っている。それが、一番堪えた」


「素材の解析もしてみたが、こちらの世界にある鉱石とも、魔導金属とも違う。作り方の見当すらつかん」


二人とも、悔しそうな顔をしていた。


自分たちの技術が及ばなかったことへの、純粋な悔しさだった。


「そう、ですか……」


正直、ほっとしている自分がいた。


でも同時に、あの日の熱心さを思い出すと、素直に「良かった」とだけ言うのも、少し違う気がした。


「五日間、ずっとこれに?」


「ああ。……いや、正直に言うと、途中で二回、諦めかけた」


ドレイクさんが、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「だが、お前さんが最初に言った言葉を思い出してな」


「私が?」


「『使う人間が仕組みを全部理解している必要はない』――儂が言った台詞だが、お前さんが真剣に聞いてくれたのを見て、思ったんだ。分からないなりに、とことん向き合ってみる価値はあるとな」


「フィンも、諦めるの、ずっと嫌がってましたし」


「うるさい、それはお前もだろうが」


二人が言い合う様子を見ながら、私は少し不思議な気持ちになった。


自分は特に何もしていない。ただ、話を聞いて、電源の入れ方を教えただけだ。


なのに、それが二人にとって、何かの支えになっていたのだとしたら。


(――よく分からないけど)


悪い気はしなかった。


「無理を承知で聞くんだが」


ドレイクさんが、急に真面目な顔になる。


「充電というのが切れたら、二度と使えなくなるのか」


「あ、はい……この世界だと、たぶん、もう」


「そうか」


ドレイクさんは、少し寂しそうに、スマホの画面を見つめた。


「たった一つの、他の世界の技術の欠片、か。……いつか、儂らの手でも届く日が来るといいんだがな」


その言葉には、悔しさだけじゃない、憧れのようなものが滲んでいた。


✶


作業場を出て、屋敷への道を戻る途中、ヴァンスさんが静かに口を開いた。


「今回の件、ビレイ様にもご報告が必要かと」


「あ、そうですよね。無理だったって、ちゃんと伝えないと」


「ええ。それと」


ヴァンスさんが、少し声のトーンを変えた。


「来週、ポテンティオール公爵家との交渉の場が、当家で設けられることになりました」


「ポテンティオール……?」


聞き覚えのない名前だった。


「エルトラル家と、思想的に対立している家門です。特に、リディア様というご令嬢が、お嬢様に対して強い対抗心をお持ちで」


リディア。


その名前を聞いた瞬間、なぜか背筋に、小さな緊張が走った。


「対抗心って、その……」


「詳しくは、当日ご覧になった方が早いかと」


ヴァンスさんは、それ以上を語らなかった。ただ、その口ぶりには、これまでの淡々とした説明とは違う、わずかな緊張が滲んでいた気がした。


(――なんか、今度こそ本当に、悪役令嬢っぽい人が来る予感がする)


でも、と私は思い直す。


これまでだって、私の予想は、ことごとく外れてきた。


スマホの一件も、ビレイ様の言葉の裏も、全部、想像していたのとは違う形をしていた。


だから今度も、きっと――。


そう考えながらも、胸の奥にわだかまる小さな不安は、なかなか消えてくれなかった。


――――――――

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