↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/20

第十五話 繋がった、その先に。

「――お嬢様、技術班より報告が」


朝一番、ヴァンスにそう告げられた。


「例のコンパイラ断片ね。通して」


程なくして、ドレイクとフィンが揃って執務室に現れた。二人とも、髪や服に煤がついている。徹夜で作業していたのだろう。


「結論から申し上げます」


ドレイクが、疲れた顔に、それでも隠しきれない高揚を滲ませて言った。


「――繋がりました」


「繋がった?」


「長年、あなたが解こうとしてきた、あの音声通信の壁です」


私は、思わず立ち上がった。


「詳しく」


「あの欠片は、単なる遺物じゃありません。魔導的な情報を、我々の技術体系に翻訳するための、いわば『通訳』のような機能を持っていました」


フィンが、興奮した様子で図面を広げる。


「今までの魔導通信は、大量の魔素を消費するせいで、大掛かりな装置にしかできなかった。でも、この断片の構造を応用すれば、必要な魔素の量を、大幅に圧縮できます」


「小型化が、可能ということね」


「はい。まだ試作段階ですが……携帯できるサイズの、音声専用の通信機。それが、現実的な射程に入りました」


私は、しばらく言葉を失っていた。


何年も、いや、何年も前から、うちの技術班が挑んでは撥ね返され続けてきた壁だった。


軍事的にも、経済的にも、これがあれば、状況は大きく変わる。


「――なぜ、急に」


私が尋ねると、ドレイクが少し照れくさそうに頭を掻いた。


「実を言うと、夢丘様のあの端末を調べた時の記録が、大きなヒントになったんです」


「夢丘の?」


「ええ。あの端末の内部構造――信号を、いかに小さなエネルギーで、いかに正確に伝えるか。あの発想そのものが、儂らの中になかったものでした」


「複製こそ諦めましたが、あの時得た『考え方』は、無駄にはなっていなかった、ということです」


フィンが、そう付け加えた。


✶


二人が退室した後、私は一人、執務室で報告書を読み返していた。


通信の壁を突破する。それは、単なる技術的な成果じゃない。


この国の軍事バランス、そして経済の在り方すら、少しずつ変えていく可能性を持った成果だ。


資産価値、という言葉で片付けるには、あまりに大きすぎる話だった。


「――お嬢様」


控えていたヴァンスが、静かに言った。


「喜ばしいご報告でしたね」


「そうね」


私は、報告書を閉じた。


「――ただ、少し複雑ね」


「と、申しますと」


「この成果の、少なくない部分が、あの子の存在に由来しているという事実がよ」


ヴァンスは、何も言わずに続きを待った。


「私は、あの子を『資産』として引き受けたはずだった。管理コストと、リスクと、見返りを、天秤にかけて」


でも、と私は続ける。


「今、確かにこの成果は、その天秤の上に乗る『見返り』の一つには違いない。……でも、それだけじゃない気がするの」


「あの子がいたから、技術班は諦めずに済んだ。あの子がいたから、私は、あの迷宮の欠片を、無駄にしないと決めた」


言葉にすればするほど、自分の中の説明が、どんどん複雑になっていく気がした。


「これも、投資の成果と言えばそれまでだけれど」


「お嬢様」


ヴァンスが、珍しく私の言葉を遮った。


「そろそろ、その言葉に頼るのをやめてもよろしいのでは」


私は、驚いてヴァンスを見た。


「――生意気よ」


「失礼いたしました」


ヴァンスは、いつもの微笑みに戻って一礼した。


でも、その一言は、思っていたよりも深く、私の中に残った。


✶


窓の外を見る。


新しい通信機が実現すれば、来るべきポテンティオール家との本格的な対立でも、確実に有利に働くはずだった。


情報の速さは、そのまま戦況の主導権に繋がる。


技術的には、大きな一歩だ。


でも、それ以上に――この屋敷に迎え入れたあの子の存在が、思っていた以上に、色々なものと「繋がって」いたことに、私は今更ながら気づかされていた。


技術も、人の心も、案外、同じ原理で動いているのかもしれない。


諦めずに向き合ったものだけが、いつか、思いもよらない形で結びつく。


そんな、柄にもないことを考えながら、私はもう一度、報告書に目を落とした。


次に、この技術をどう使うか。


それを考える顔だけは、いつも通り、冷徹な経営者のものに戻っていた。


――――――――

面白かったら、下記のリンクから評価やレビューをいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。