第十五話 繋がった、その先に。
「――お嬢様、技術班より報告が」
朝一番、ヴァンスにそう告げられた。
「例のコンパイラ断片ね。通して」
程なくして、ドレイクとフィンが揃って執務室に現れた。二人とも、髪や服に煤がついている。徹夜で作業していたのだろう。
「結論から申し上げます」
ドレイクが、疲れた顔に、それでも隠しきれない高揚を滲ませて言った。
「――繋がりました」
「繋がった?」
「長年、あなたが解こうとしてきた、あの音声通信の壁です」
私は、思わず立ち上がった。
「詳しく」
「あの欠片は、単なる遺物じゃありません。魔導的な情報を、我々の技術体系に翻訳するための、いわば『通訳』のような機能を持っていました」
フィンが、興奮した様子で図面を広げる。
「今までの魔導通信は、大量の魔素を消費するせいで、大掛かりな装置にしかできなかった。でも、この断片の構造を応用すれば、必要な魔素の量を、大幅に圧縮できます」
「小型化が、可能ということね」
「はい。まだ試作段階ですが……携帯できるサイズの、音声専用の通信機。それが、現実的な射程に入りました」
私は、しばらく言葉を失っていた。
何年も、いや、何年も前から、うちの技術班が挑んでは撥ね返され続けてきた壁だった。
軍事的にも、経済的にも、これがあれば、状況は大きく変わる。
「――なぜ、急に」
私が尋ねると、ドレイクが少し照れくさそうに頭を掻いた。
「実を言うと、夢丘様のあの端末を調べた時の記録が、大きなヒントになったんです」
「夢丘の?」
「ええ。あの端末の内部構造――信号を、いかに小さなエネルギーで、いかに正確に伝えるか。あの発想そのものが、儂らの中になかったものでした」
「複製こそ諦めましたが、あの時得た『考え方』は、無駄にはなっていなかった、ということです」
フィンが、そう付け加えた。
✶
二人が退室した後、私は一人、執務室で報告書を読み返していた。
通信の壁を突破する。それは、単なる技術的な成果じゃない。
この国の軍事バランス、そして経済の在り方すら、少しずつ変えていく可能性を持った成果だ。
資産価値、という言葉で片付けるには、あまりに大きすぎる話だった。
「――お嬢様」
控えていたヴァンスが、静かに言った。
「喜ばしいご報告でしたね」
「そうね」
私は、報告書を閉じた。
「――ただ、少し複雑ね」
「と、申しますと」
「この成果の、少なくない部分が、あの子の存在に由来しているという事実がよ」
ヴァンスは、何も言わずに続きを待った。
「私は、あの子を『資産』として引き受けたはずだった。管理コストと、リスクと、見返りを、天秤にかけて」
でも、と私は続ける。
「今、確かにこの成果は、その天秤の上に乗る『見返り』の一つには違いない。……でも、それだけじゃない気がするの」
「あの子がいたから、技術班は諦めずに済んだ。あの子がいたから、私は、あの迷宮の欠片を、無駄にしないと決めた」
言葉にすればするほど、自分の中の説明が、どんどん複雑になっていく気がした。
「これも、投資の成果と言えばそれまでだけれど」
「お嬢様」
ヴァンスが、珍しく私の言葉を遮った。
「そろそろ、その言葉に頼るのをやめてもよろしいのでは」
私は、驚いてヴァンスを見た。
「――生意気よ」
「失礼いたしました」
ヴァンスは、いつもの微笑みに戻って一礼した。
でも、その一言は、思っていたよりも深く、私の中に残った。
✶
窓の外を見る。
新しい通信機が実現すれば、来るべきポテンティオール家との本格的な対立でも、確実に有利に働くはずだった。
情報の速さは、そのまま戦況の主導権に繋がる。
技術的には、大きな一歩だ。
でも、それ以上に――この屋敷に迎え入れたあの子の存在が、思っていた以上に、色々なものと「繋がって」いたことに、私は今更ながら気づかされていた。
技術も、人の心も、案外、同じ原理で動いているのかもしれない。
諦めずに向き合ったものだけが、いつか、思いもよらない形で結びつく。
そんな、柄にもないことを考えながら、私はもう一度、報告書に目を落とした。
次に、この技術をどう使うか。
それを考える顔だけは、いつも通り、冷徹な経営者のものに戻っていた。
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