第十四話 お茶くらいは、淹れさせて。
戦闘から五日が経った。
崩れた城壁の修復作業は、まだ続いている。屋敷全体が、少しずつ、でも確実に、いつもの日常を取り戻しつつあった。
「夢丘様、こちらの洗濯物もお願いできますか」
「はい、任せてください!」
声を張り上げてから、私は自分の言葉に苦笑した。
二週間前の私なら、こんな威勢のいい返事はできなかった気がする。
少しは、この屋敷の一員になれているのかもしれない。
✶
休憩の合間、私はふと思い立って、屋敷の裏手の別棟へ足を向けた。
技術班の作業場は、相変わらず散らかっていた。でも、以前より少しだけ、緊張感のようなものが漂っている気がした。
「――あ、夢丘様!」
フィンさんが、真っ先に気づいて顔を上げた。目の下のクマは、まだ消えていない。
「例の欠片、進展あったんですか?」
私が尋ねると、ドレイクさんが唸りながら振り向いた。
「うむ……表面の模様、あれは単なる装飾じゃない。何かの、規則的な符号のようだ」
「符号?」
「文字とも違う。もっと機械的な……そう、あなたのスマホの、あの画面の中で動いていたものに近い気がする」
ドレイクさんが、机の上に広げた図面を指差した。
規則正しく並んだ、点と線のような模様。確かに、どこかスマホの画面で見たことのある雰囲気がある。
「私にも、詳しいことは分からないですけど……」
「いや、あなたのその『分からない』が、逆に貴重なんだ」
ドレイクさんが、真剣な顔で言った。
「先入観なしに見た時、何を感じるか。それだけでも、儂らには大きなヒントになる」
私は、その言葉に少し面食らった。
役に立てるとは思っていなかった。ただ、素朴な感想を言っただけなのに。
「読める部分が、少しずつ増えてきている」
フィンさんが、興奮を抑えきれない様子で言い添えた。
「あと少しで、何か分かりそうな……そんな予感がするんです」
「あと少し」という言葉は、彼らの口から何度も聞いた気がする。それでも、今回は、少し違う響きに感じられた。
✶
「夢丘様」
作業場を出たところで、ヴァンスさんに声をかけられた。
「先日から、書庫の整理を手伝っていただいていますが、あの調子で続けていただけますか」
「はい、あの、私でも役に立ってますか?」
「ええ。あなたの整理の仕方は、独特ですが、意外と分かりやすいと評判です」
独特、という言葉に、少し引っかかりを覚えたけれど、悪い意味ではなさそうだった。
「あの、それと」
私は、少し声を落として尋ねた。
「ビレイ様の様子、ヴァンスさんから見て、どうですか? その、あれから、少し元気がないような」
ヴァンスさんの表情が、一瞬だけ動いた。
「……お嬢様は、通常通りお過ごしです」
「その言い方、絶対何か隠してますよね」
「さあ、どうでしょう」
完璧な微笑みだった。前にも見た、この人には勝てないやつだ。
「まあ、いいです。聞いても教えてくれないの、分かってましたから」
私は、小さくため息をついた。
でも、何かがおかしいという感覚は、拭えないままだった。
✶
その日の夕方、私は思い切って、給湯室へ向かった。
ビレイ様の好みの茶葉は、もう覚えている。少し渋めに淹れて、砂糖は入れない。
カップを載せた盆を持って、執務室の扉をノックする。
「――どうぞ」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
ビレイ様は、書類から目も上げずに答えた。
「頼んでいないけれど」
「頼まれてないです。勝手に淹れました」
私は、机の端に盆を置いた。
「あの、無理はなさらないでくださいって、前にも言いましたけど……お茶くらいは、淹れさせてください」
ビレイ様が、ようやく顔を上げた。
「業務時間外の、無報酬の労働ということかしら」
「はい、まあ、そういうことになりますね」
「非効率ね」
そう言いながらも、ビレイ様はカップに手を伸ばした。
一口飲んで、少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
「――悪くないわ」
「良かったです」
私は、少しだけ得意な気持ちになった。
「あの、それと、技術班の方が、コンパイラの欠片について、何か掴みかけてるみたいです」
「そう」
ビレイ様の目に、微かな光が宿った気がした。
「詳しい報告は、明日聞くことになっているわ」
「何か分かるといいですね」
「ええ」
短い返事だったけれど、いつもより少しだけ、期待が滲んでいるように聞こえた。
私は、その横顔を見ながら、密かに思う。
(――やっぱり、何か隠してる気がするけど)
それが何なのか、今の私には分からない。
でも、少なくとも今は、こうしてお茶を一緒に飲めることが、少し嬉しかった。
窓の外は、もうすっかり夕暮れだった。
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