第十一話 不純物処理の工程表(外伝)。
『帳簿は良心より先に、損失を告げる。』
ポテンティオール家が抱える矛盾は、滑稽を通り越して一種の毒に近い。
彼らは異世界人を「不浄」として排斥する送還主義を掲げながら、皮肉にも、この王国の権威が象徴する「六色魔法」に対しては狂信的なまでの敬意を払っている。魔法こそが至高であり、異世界の技術など唾棄すべき紛い物である――それが彼らの教義だ。
しかし、現実はあまりに非情であった。
彼らが盲信する現代六色魔法の研究において、その最先端をひた走っているのは、彼らが最も忌み嫌う異世界人たちが興したバベルインダストリーなのだから。
信仰する対象の真理を、最も憎むべき敵が握っている。その「目の上のたんこぶ」という言葉すら生温い歪んだ屈辱が、彼らの矛先を狂わせた。バベルそのものを叩く勇気も力もない彼らは、その最大の提携先であり、迷宮の遺物を効率的に「製品」へと変える我がエルトラル家を、格好の鬱憤晴らしの対象に選んだのだ。
――プロジェクト:不純物処理の工程表
「それで? 彼らが仕掛けてくるのは理解したけれど。……相手方の『資産』、つまりポテンティオール家が投じる戦力のほどは?」
私、ビレイ・エルトラルは、デスクに広げられた戦域マップを冷ややかな目で見下ろしていた。
腹立たしいのは、この衝突に費やされる膨大な「コスト」だ。
彼らは「魔法の純血」を守るための聖戦だと酔いしれているのかもしれないが、こちらからすれば、ただの極めて質の悪い営業妨害に過ぎない。
「バベルの叡智こそが、彼らの信じる魔法を最も進化させている。その矛盾を認められないからといって、同じ連合王国の侯爵家に兵を向けるなんて。……思想に染まりすぎて、家門の算盤を弾く機能が壊れてしまったのかしら?」
溜息とともに吐き出された言葉は、鋭く、凍てついている。
彼らがどれほど魔法の崇高さを説こうとも、我がエルトラル家が迷宮の深淵から引き揚げ、分析し、規格化した「魔導具」の恩恵なしには、この国の経済すら一日として維持できない。それを理解できないほど、彼らの視界は「理想」という名の泥で濁っている。
「報告を。どうやら二個大隊ほどが、明日の夜にはここへ進撃してくる予定のようです」
控えていた執事の声に応じ、私はマップの要所に指を置いた。
「話し合いという名の商談は、あの頑固な主義者たちには通じないわ。ここへ足を踏み入れられる前に、迎撃準備を完了させて。……自分たちが否定したはずの『現代技術』に圧倒されるのが、彼らにふさわしい最期でしょう?」
なぜ、同じ王国の貴族同士が、これほど原始的な殺し合いに興じるのか。
その答えを出す暇があるなら、一発でも多く、命中精度の高い火力を叩き込むほうが合理的だ。
「第1・第2中隊は正面城塞へ展開。配置に隙を作らないで」
「砲兵、地点D-5およびA-6に効力射。各砲身、3発までなら『投資』を許可するわ」
我が家の倉庫には、ポテンティオール家が忌み嫌う「バベルの叡智」と、我が家の「分析技術」が結晶した弾薬が唸りを上げている。彼らが重んじる古式ゆかしい旧式の六色魔法など、この最適化された破壊の前では単なる装飾に過ぎない。
「要撃英雄分隊は、私の指示があるまで待機。相手が綻びを見せた瞬間に、一気に叩くわ。……支援輸送班は6班に分割。1、2班は城砦内の物流管理と分配。3、4班は砲兵への補給ラインを死守しなさい」
淡々と下される命令は、戦場の指揮というよりは、巨大工場の工程管理に近い。
私に言わせれば、この戦いは誇り高き決闘などではない。
『エルトラル宝飾器』の円滑な操業を守るための、単なる「不純物排除プロセス」なのだ。
✶
平野の彼方に蠢くポテンティオール家の軍勢を、私は城塞の狭間から値踏みするように見つめていた。
数世代前であれば、この光景は「勇壮な騎士たちの進軍」と讃えられたのかもしれない。だが、今の私には、非効率な旧時代の遺物が、不当な管理コストを撒き散らしながらこちらへ向かってくるようにしか見えない。
「まだよ。今撃てば、初弾の命中期待値が下がるわ。……『利益』を確定させる瞬間まで、引き付けて」
私の指示に従い、砲兵たちは静止した機械のように沈黙を守る。
彼らが手にしているのは、バベル・インダストリー製の重火器。そしてその薬室に送り込まれているのは、我が家が供給する最高品質の弾薬――B.I.G-80×550mmだ。
私は一介の令嬢に過ぎず、戦場を一人で覆すような万能な力も、戦況を数値化する魔法の端末も持ってはいない。けれど、職人の端くれとして「物が壊れる道理」くらいは理解している。バベル社の魔導工学と、我が家の分析技術が結晶したこの砲弾は、もはや武器というよりは、完成された精密機械に近い。
「今よ! ――『不純物』を吹き飛ばしなさい」
私の号令と共に、六門の砲口が火を噴いた。
放たれたB.I.G-80×550mmは、空気を引き裂き、計算通りの軌道を描いて敵陣へと突き刺さる。
凄まじい爆炎が平野をなめる。
だがその直後、爆煙を押し返すようにして、幾重にも重なる幾何学模様の光――旧式ながらも強固な「六色魔法」の結界が展開された。
彼らは異世界由来の技術を否定する代わりに、血の滲むような修練と信仰によって、その不自由な魔法を職人芸の域まで高めていた。
「……なるほど。使い勝手の悪い旧式魔法を、精神論で補うとは。コスト度外視の、実に非効率な努力ね」
私は双眼鏡越しに、揺らぐ結界の輪郭を冷ややかに見つめる。
魔法的な「貫通」を狙うのではない。我が家がこの砲弾に持たせた真の価値は、圧倒的な爆風による物理的な破壊圧力だ。
どれほど高潔な魔力で編まれた結界であっても、大気を急激に膨張させ、全方位から叩きつける連続した衝撃波までは相殺しきれない。結界が震えているのは、魔力が足りないからではない。物理的な圧力に、その構造が悲鳴を上げているのだ。
「次弾、急いで。直撃させれば割れるはずよ。装填速度を詰めなさい。B.I.Gの『物理的質量』は、そんな精神論で防ぎきれるほど安っぽくはないわ」
一発あたりの単価、輸送コスト、そして目の前の結界が耐えうる限界点。
それらを頭の中の算盤で弾きながら、私は次なる「投資」の命令を下す。
彼らが重んじる「魔法の気高さ」が、最適化された爆風の前で粉々に砕け散るまで、そう時間はかからないはずだ。
轟音と共に、大気が悲鳴を上げた。
✶
B.I.Gが叩きつけた圧倒的な物理圧力の前に、ポテンティオール家が誇る「信仰の盾」は耐えきれず、まるで安物の硝子細工のように粉々に砕け散った。爆煙が晴れるよりも早く、私は勝利の確信――あるいは、この不毛な紛争の早期決着を期待した。
けれど、現実は私の算盤を弾き飛ばす。
「――っ、何!? 速すぎる……!」
砕け散った結界の破片を突き破り、幾条もの「極光」がこちらへ肉薄してくる。
ポテンティオール家の真の資産、六色聖騎士隊。
彼らが掲げるのは、前時代的な精神論だけではなかった。
六色魔法『赤』――加速。
大気を焦がすほどの熱量を伴う超高速突撃。それだけではない。彼らの先頭に立つ騎士が掲げた長槍から、苛烈な火花が散る。
六色魔法『黄』――召雷。
「第3中隊、散開しなさい! 英雄分隊、迎撃……!」
私の叫びは、雷鳴にかき消された。
城砦の前で待機していた第3中隊の頭上に、文字通り神罰のような雷光が降り注ぐ。最新鋭の魔導装甲を纏っていたはずの兵士たちが、木の葉のように虚空へ舞った。
それだけではない。
「英雄」として我が家が巨額の契約金で囲っていた分隊の一人が、加速の余波を受けただけで盾ごと粉砕され、絶命する光景が双眼鏡越しに網膜に焼き付いた。
「嘘……でしょ……?」
指先が微かに震える。
それは恐怖というよりも、信じがたい「赤字」への動揺だった。
たった一振りの槍、たった数名の騎士。それだけの「個」の暴力が、我が家が誇る近代的な防衛ラインを文字通り紙切れのように引き裂いていく。
彼らは、私が侮った「不自由な旧式魔法」を、文字通り命を燃やすことで極限まで研ぎ澄ませていたのだ。
「……第3中隊、半壊。要撃英雄分隊、一名ロスト」
私は震える声で、その残酷な損失を口にする。
ポテンティオールの連中は、打算や合理性を超えた「狂気」という名の戦力を、この平野に解き放っていた。
「ダメね、これでは計算が合わない。……全班、プランBへ移行。英雄分隊の残存メンバーは、これ以上の損失を避けるために後退しなさい。私が……私が直接、指示を出すわ」
城砦の最深部まで響く雷鳴を聞きながら、私は冷たい汗を拭った。
もはや、これは安全な場所からの「工程管理」ではない。
エルトラル家という巨大なシステムの牙を、私自身の指先で直接振るわねばならない――そんな、最悪の戦時局面に突入したことを理解した。
✶
平野を焦がす六色魔法『赤』の熱気が、防護壁の向こう側からでも肌を焼く。
「異界の信奉者よ! 貴様らの歪んだ意志、我らが正さん!」
咆哮と共に、赤い極光が視界を埋め尽くした。ポテンティオール家が誇る六色聖騎士隊。その隊長が放つ突撃は、もはや物理的な質量を持った光の奔流だ。私は『アクセラップ Mk.7』を強行発動し、神経を焼くような加速の海で応戦するが、敵の「狂信」は私の計算を無慈悲に凌駕していく。
「沈め、不浄の輩がぁ!」
隊長の長槍が六色魔法『黄』――召雷を纏い、神罰のごとき一撃を放つ。
私の展開した多層結界が、乾いた音を立てて爆砕した。回避は、間に合わない。雷光を伴う凄まじい衝撃が腹部を直撃し、私の視界は激しく反転した。
「――っ、が、はっ……!」
木の葉のように吹き飛ばされ、私は城塞の瓦礫へと叩きつけられる。
背中を打つ衝撃、肺の空気がすべて絞り出される感覚。視界の端で火花が散り、意識が遠のきかける。だがその瞬間、全身を包む漆黒の喪服――遺物『彼方の未来―死者へ冒涜』が、どろりとした禍々しい紫の光を放った。
分析班の弾き出した推定15パーセントの生存期待値。死の運命を強引に先送りする呪いが、今、この瞬間に微笑んだのだ。内臓を焼くはずだった雷撃の痛みは嘘のように消え、代わりに「いつか支払うべき代償」という名の底冷えする感覚だけが、心臓を撫でていった。
「お嬢様を死なせるな! 砲兵隊、地点D-5へ効力射! 全門斉射ッ!」
後方に控える英雄分隊の叫びに応じ、城壁の砲兵隊が一斉に咆哮した。
頭上を切り裂くのは、バベル社製B.I.G-80×550mm。一発数千ラルという狂気的なコストを注ぎ込んだ援護射撃が、私を仕留めようと踏み込んだ隊長の足元で炸裂した。
狙いは直撃ではない。大気を無理やり膨張させ、全方位から叩きつける圧倒的な「爆風」の圧力だ。いかに強固な結界を誇る聖騎士といえど、連続する衝撃波の壁に阻まれ、その突撃は目に見えて鈍る。
「……助かったわ。あとで弾薬費以上の成果を、この平野から回収してあげる」
私は血の混じった唾を吐き捨て、震える足で立ち上がった。近接主体の英雄分隊が私の周囲に展開し、抜き放たれた魔導剣が爆煙を抜けてくる敵兵を阻む。その鉄火場の只中で、私は『GR-360-mod-B.I.G-E』のボルトを引き、冷徹に次弾を装填した。
「まだ立つか。……不浄な執念め」
爆煙の中から、煤けた白銀の鎧を揺らして隊長が再び姿を現す。
私は逃げない。『アクセラップ』を最大出力で再駆動し、自ら泥濘を蹴って間合いを詰めた。
「小賢しいッ!」
隊長の槍と、私の銃剣が正面から激突する。
ガギィィィンッ!!
耳を劈く金属音と、目が眩むほどの火花。互いの武器が噛み合い、凄まじい衝撃が腕の骨を震わせる。
至近距離での鍔迫り合い。槍を伝わって押し寄せるのは、彼の狂信的なまでの熱量。対して私が押し返すのは、エルトラルが培ってきた冷徹な魔導工学の圧力だ。
「貴様ら商人が! 騎士の神聖な戦場に土足で踏み込むな! その薄汚い算盤で、我らの誇りが測れるものかァ!」
「ええ、測れないわね。……あなたのその『誇り』は、我社の帳簿に載せるにはあまりに非効率すぎるもの!」
私は奥歯を噛み締め、銃身の『Pr.シールドブレード rod.12』を起動した。
刃の接触点から、彼の槍を包む結界の編み目を、構造的な弱点からバラバラに引き裂く高周波が迸る。
「な、ぬぅ……っ!? 馬鹿な、我が槍の加護が、喰われて……!?」
「これは光じゃないと言ったでしょう? ただのエネルギーの編み目よ。……そして、編み目には必ず『端』があるの!」
力が緩んだ、刹那の隙。
私は強引にライフルを捻って彼の槍を跳ね上げ、体勢を崩した彼の懐へと、滑り込むように踏み込んだ。
「――これで、終わりよ。Pr.マギブレイク rod.50!」
零距離。騎士の胸甲に、銃剣の先端が深々と突き立てられる。
爆発的な魔力の奔流が、鋼鉄の鎧と、その奥にある頑なな自尊心を内側から爆砕した。
「が、は……っ!」
最後の一撃。引き金を引く。
至近距離で放たれたB.I.G弾の爆風と精神汚染の呪いが、聖騎士の意識を根底から粉砕し、深い闇へと叩き落とした。
静寂が、戦場を包む。
不敗を誇った隊長の敗北に、生き残った数名の騎士たちは愕然とし、得物を握る手を震わせていた。
「……勝利の味は、いつもラルよりも苦いわね」
私は膝をつきそうになるのを、ライフルのストックで支えた。
勝利。けれど、この戦いで失った英雄、費やした弾薬、そして推定15%の幸運で先送りした「死」という名の莫大な負債。
私は冷たい汗を拭い、崩れ落ちた敵を冷ややかに見下ろす。
たとえ彼らがどれほどの誇りを掲げようとも、今のこの世界を回しているのは、血と、汗と、そして冷徹なまでの「ラル」の計算なのだ。
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