(2)予期せぬ出来事
翌日、戦地から宇都宮城へ早馬が到着し、使者が息せき切って広間へ飛び込んで来た。
「御屋形様、お討死!」
まったく予期せぬ一報に、宇都宮城内に衝撃が走った。
使者の話によると、尚綱は、勝山城付近で那須勢と交戦して大打撃を与えたが、逃げる敵を追って塩谷郡の喜連川へと兵を進めた。ところが、五月女坂付近で伏兵に遭い、宇都宮勢は大混乱に陥った。
形勢を立て直すべく、尚綱がみずから前線に馬を進めて督戦したが、那須家の部将、鮎ヶ瀬実光が放った矢に胸を射抜かれ、絶命したという。
「まさか、御屋形様が……」
城内のあちこちから、すすり泣きの声が聞こえた。
高定が懸念していたことが、最悪の結果を伴って現実のものとなってしまった。高定は、自分を引き立て、信頼してくれた主君の死を悼むと同時に、今後、どのように対処すべきかについて、あれこれ思考をめぐらせていた。大黒柱である尚綱を失ったことで、宇都宮家中に動揺が走り、その結束に何かしら悪影響が生じるであろうことは明白だった。
「壬生綱房、謀叛!」
そう叫ぶ声が、高定の耳に入った。
壬生綱房は、宇都宮城の西方、鹿沼城と壬生城、それに日光山をも支配下に置く実力者である。宇都宮家の重臣でありながら、今般の軍議に参加しなかったばかりか、手違いを理由に参陣せず、結局、居城の鹿沼城で待機となった。七十一歳と高齢ながら、老獪な綱房のことを、高定は日頃から警戒していた。
尚綱が討死したとの報は、すでに綱房の耳にも入っているはずであった。宇都宮勢の前線が崩れたため、壬生勢が加勢すべく出陣したとも考えられるが、野心家の綱房がこの機を狙って反旗を翻し、宇都宮城を攻撃することは、あり得ぬ話ではなかった。
「それはまことか?」
「すでに鹿沼城を発し、この城へと兵を進めているとのことです」
鹿沼城から宇都宮城までは約二里半の道のりである。二刻もあれば壬生勢は到着するであろう。
綱房謀叛と叫ぶ声は、城内中に広がった。
「壬生めに宇都宮城を奪取する意志があることは、もはや疑いない」
留守居役の一人、岡本宗慶は、高定にそう言った。
那須勢との戦いに出陣しているため、宇都宮城にはほとんど兵力は残されていなかった。しかも、尚綱亡き今、指揮命令系統が麻痺した状態であり、このまま壬生勢と対峙することは不可能だった。
あれこれ考えあぐねている猶予はなかった。高定は、すぐに行動を起こす必要に迫られた。
高定は城の奥へ行き、尚綱の嫡男で、五歳になる伊勢寿丸を連れ出した。
そのまま厩へ行って自身の馬を引き出すと、伊勢寿丸を抱えて馬の背にまたがった。高定は、伊勢寿丸の守り役でもあった。
「御屋形様がすでに亡く、壬生が謀叛したとなれば、もはや迷っている余裕はない。それがしは伊勢寿丸様をお連れして、真岡御前城へと退避する。各々方も、すぐに行動に移られよ。ご縁あれば、またお目にかかる日もあるであろう」
高定は、周囲の者へそう言い放つと、馬に鞭を当てた。高定の家臣十名がそれに続いた。
城外へ出ると、南東五里先にある芳賀家の居城、真岡御前城へ向けて駆け出した。




