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(1)五月女坂の戦い


 天文十八年(一五四九)九月、下野(しもつけの)(くに)北部を支配する那須家の当主、高資(たかすけ)が、三百騎を率いて宇都宮領へ侵攻した。

 領境に近い氏家郡の(かつ)(やま)城からの早馬が宇都宮城へ到着し、その一報がもたらされると、宇都宮家第二十代当主で、三十八歳の(ひさ)(つな)は、すぐに陣触れを発した。

「三百騎? 本当にそれで間違いないのだな?」

「はっ、おおむねその程度の陣容かと思われます」

「舐めるにも程がある」

 尚綱は使者の口上を聞き、怒りをあらわにした。

「たった三百騎で我が領内へ攻め込むなど、無謀を通り越して無礼である」

 そう口走った。

「恐らく、敵の三百騎は先陣であり、ほかに後詰めがあると考えるのが妥当かと思います」

 傍らにいた宇都宮家の重臣で、真岡御前(もおかごぜん)城主、芳賀(はが)高定(たかさだ)は、尚綱へそう進言した。

「確かに、その通りであろう」

 尚綱は、荒くなった息を整えようとしたのか、目をつむって深呼吸した。幼少期に僧籍に入り、二十三歳のときに還俗した尚綱は、ふだんは温厚ながら、激すると冷静さを失い、短慮に走る傾向がある。尚綱に近侍するようになってからはや十五年、二十九歳の高定は、九歳年上の主君のそういう性格を以前から懸念していた。

「わしが出陣する。ここで那須高資を叩いておかないと、癖になる」

 あちこちで戦火が絶えない昨今、当主みずからの武勇を内外に示すことは、抑止力としても重要であった。

 勝山城から別の早馬が到着し、第二報をもたらした。

「那須方には、芳賀高照(たかてる)が軍中に加わっているとのこと」

「何だと?」

 尚綱をはじめ、高定や、岡本宗慶(そうけい)多功(たこう)長朝(ながとも)、今泉泰高(やすたか)など、居並ぶ諸臣は驚きの声を上げた。芳賀高照は、芳賀家の前当主、高経(たかつね)の次男である。

 芳賀高経は、かつて宇都宮家の重臣筆頭と目された実力者だったが、八年前、尚綱と対立して反旗を翻した。だが、事が破れて捕らえられ、尚綱に処断された。

 高経には三人の息子がいた。長男の(きみ)(たか)は、高経とともに斬られた。次男の高照は陸奥白河へと逃亡し、のちに那須家を頼って寄寓していた。三男の高継(たかつぐ)は捕縛され、宇都宮家の重臣、益子家へ預けられた。益子家は高定の実家であり、現当主は高定の長兄、安宗であった。

 高経の謀叛、処断によって、芳賀家は断絶を免れない事態に陥ったが、尚綱は、近習の益子宗之へ芳賀家を継ぐよう命じた。

 宗之は、芳賀家を継ぐにあたって、高定と改名した。すなわち、芳賀高定がそれであり、高定は、芳賀家の現当主ながら、芳賀本家の血筋を引いているわけではなかった。

 芳賀家前当主の血筋を引く高照が那須勢に加わっているという情報がもたらされたことで、軍議の場には微妙な空気が生まれた。

「それがしも、真岡(もおか)清党(せいとう)を率いて、那須勢に当たります」

 高定はそう発言したが、尚綱は腕組みをしたまま一点をじっと見つめ、思案していた。

「いや、高定には宇都宮城の守りを頼む」

「しかし、御屋形様の御側を離れるわけには」

「敵は小勢であり、領内から追い払うだけゆえ、わざわざ清党を出陣させるには及ばない。それに、高照を向こうに回しては、清党も戦いづらいであろう」

「はっ、御屋形様のお下知に従います」

 謀叛を起こした芳賀高経の次男とは言え、高照は芳賀一族の主筋である。芳賀家の手勢が、高照には当たりづらいだろうという尚綱の懸念は、確かにその通りであると高定は納得した。

「ところで、綱房(つなふさ)はおらんのか?」

 宇都宮家の重臣筆頭と目される鹿沼城主、壬生(みぶ)綱房は、この軍議に参加していなかった。

「壬生殿は、手違いがあって軍容を整えるのに手間取り、遅れて合流するとの由」

 岡本宗慶がそう言った。

「やむを得ぬ。綱房には後詰めとして、鹿沼(かぬま)城にて待機せよと伝えよ」

 今回に限らず、日頃から壬生綱房は勝手な振る舞いが多く、尚綱の命令を素直に聞かないことがしばしばだった。

 翌日早朝、尚綱みずからが二千余騎を率い、先鋒に多功長朝、房朝父子、中軍に今泉泰高、泰光父子、後軍には紀党(きとう)の益子安宗を配し、那須軍が侵攻してきた氏家郡へと急行した。

 やがて、宇都宮城へ戦捷の報がもたらされた。

「さもありなん、わずか三百騎の敵を蹴散らすことなど造作もないことであり、そのような小勢で侵攻してきた那須高資は阿呆ではないか」

 そう口走る者もいた。

「確かにそうであろうが、三百騎はあくまで先陣に過ぎず、敵には後詰めの部隊が控えていると考えるのが妥当である」

 高定はそう言った。

 そのことは尚綱も十分承知しているはずであり、よもや無理な深追いはしないであろう。高定はそう思った。と言うよりも、そうであってほしいと願った。


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