(14)高定の隠居
先日、高定は益子城へ赴き、三十六歳になった高継と対面した。高継は、高定へ険しい目線を向けた。
理由はどうあれ、父と長兄が処断され、次兄の高照は真岡で自害に追い込まれた。高継が宇都宮家と高定へ強い恨みを抱くのも無理はなかった。
「そなたに、芳賀家の家督を継いでもらう」
高定は、静かにそう発した。すると高継は、目を大きく見開いた。
「今、何と?」
「そなたが、芳賀家当主になるのだ」
「……」
高経も高照も、宇都宮家へ反旗を翻した以上、死を免れることはできなかった。それが秩序を保ち、理非曲直を正すということであり、それを恨むのはお門違いである。
だが、高継は違う。従容として宇都宮家の処置に身を委ねて、長年、益子城で大人しく暮らしている。謀叛を企てたことはなく、罪を犯したこともない。
宇都宮家と芳賀家とは、過去のいきさつで複雑に遺恨が積み重なっているが、これを正常化し、あるべき君臣の形に戻すこと。そうすることで、宇都宮家の家内秩序を回復させ、その結束を盤石なものにしたい。それが高定の切なる願いであった。
「そなたにもいろいろな思いがあるであろうが、どうか芳賀家を継いで、宇都宮家の支えとなってほしい。芳賀家本流の血を引くそなた以外、芳賀家当主にふさわしい者はおらぬ」
「あまりにも意外な仰せ。てっきり、私はあなたに処断されるものと思っておりました」
「爾後、私はいっさい口出しせず、すべてをそなたに委ねる。だから、過去のことはきれいさっぱり洗い流して、一心に御屋形様へ忠誠を尽くしてほしい。君臣の道を明らかにし、家内の模範となってほしい」
高定は、深々と頭を下げ、ひれ伏した。
「何をなされます?」
「どうか、頼む」
「お顔を上げて下され」
高定は、長いことそのままの姿勢を崩さなかった。
三日間、高定は益子城に滞在して説得を続け、ようやく高継の口から、芳賀家家督を継ぎ、広綱へ忠誠を誓うとの言葉を引き出した。
高定は、芳賀家重鎮たちにも高継へ家督を譲ることを話した。反対意見もあったが、粘り強く説得し、ようやく重鎮たちから同意を得た。
そういう経緯があったことを、高定は広綱へ話した。
「ですから御屋形様も、芳賀家との過去のしがらみはすべて忘れて、どうか高継を臣下として受け入れて下され。高定、伏してお願い申し上げます」
高定は平伏した。
「高継のことは分かった。亜父がそこまで言うのであれば、わしも心を入れ替えて高継に接するつもりである」
広綱はいったん言葉を区切ってから、続けた。
「だが、亜父に隠居されたら、いったいわしはどうなる? 生まれてこのかた、ずっと亜父に導かれてこれまでやってきたのだ。困る。隠居はならんぞ」
高定は面を上げて、広綱を見つめた。
「御屋形様は、すでに立派な宇都宮家ご当主です。もう私の助言などなくても、ご自身で正しい判断をお下しになられます。それに岡本殿はじめ、私以外にも忠義に篤い家臣が大勢いますので、彼らが御屋形様をしっかりお支えするでしょう」
「そのようにつれないことを言ってくれるな」
「御屋形様、これからはもう、いっさいの甘えは許されません。北関東は北条の脅威に晒され、そこへ上杉が入り込んできたりと、勢力図が頻繁に塗り替えられている昨今です。今は上杉が優勢であっても、それが永続するものではありません。気を緩めず、つねに時勢を凝視して状況分析しつつ、ご自身の身命を賭して宇都宮家の舵をお取り下され」
それから間もなく、高定が隠居し、芳賀家当主に高継が就くことが宇都宮家中に公表された。




