最終話「親友」
私には親友がいた。
しかし、私は親友裏切ってしまう。
「……で、ですね、また困ったことがありまして……」
「ちょっと待って。なんだか、なんでも相談屋になってない? なんでも屋じゃないんだから」
美幸は、またコーヒーを一杯と、今週のオススメケーキを頬張りながら、麗香に相談する。
「いえ、今回は事件なんです」
カウンターから身を乗り出した美幸は真剣な顔になる。
「事件?」
「そうなんです。親友と同じ人を好きになってしまいまして」
「それは……事件なのかしら?」
「大事件ですよ。どうしたらいいんでしょう?」
「やっぱり、それは私の管轄外ね」
「えぇー、そんなー」
「それに、こないだの彼氏くんはどうしたの?」
「だから、あれは彼氏じゃなくて、ただの幼なじみで……あ、麗香さん、ちゃんと聞いてくださいよ……」
麗香は、忙しいからね、と美幸の相談をさりげなく断って仕事に戻った。
◇ ◇ ◇
仕事が終わり
麗香は湯船に浸かって、一日の疲れを流す。
頭に思い浮かんだのは、あの言葉だった。
何度も振り払っても頭にこびりついている。
「……死んでもらっていい?」
頭まで湯船に沈め、あの忌まわしい記憶を無理やり頭の片隅に押しやろうとする。
それは麗香がまだ中学生の時だった。
麗香には親友がいた。
深雪という親友が。
今は、もういない。
亡くなってしまったからだ。
親友と呼べる存在は彼女だけだった。
深雪が亡くなって以来、友達はつくらなかった。
つくろうとしなかった。
その時からかも知れない、と麗香は思う。
人の気持ちを深く探るクセがついてしまったのは。
そして、人と深い関係にならないように距離をおくようにもなったのも。
「死んでもらっていい?」
それは、深雪との最後の会話となった。
電話で、何気ない会話をしていた時だった。
今となってはどんな会話の流れで、その言葉が出たのかを麗香は思い出すことができない。
会話の流れとは関係なく、唐突に言われたことだけを覚えている。
でも、何故、その言葉を言われたのかだけはハッキリとわかっていた。
麗香が深雪を裏切ってしまったからだ。
麗香には、幼なじみの男子がいた。
名前は海斗。
海斗とは、恋人のような関係ではなく、腐れ縁のような関係だった。
ただの幼なじみ。
決して恋心などはない。
そう思っている。
それは今でも。
だから、深雪が海斗のことに好意を持っていると言われた時、麗香は、純粋に応援しようと思っていた。
その気持ちに嘘はなかった。
そう今でも、深雪に訴え続けている。
あれは誤解だったんだと。
しかし、麗香の訴えは、永久に届かない。
永久に。
あの日の出来事は今でも覚えている。
その日
麗香は、海斗と一緒に渋谷にいた。
それはデートではない。
断じて。
深雪の誕生日プレゼントを一緒に見ていただけだ。
海斗が誕生日に深雪からプレゼントをもらっていたから、そのお返しを買おうとしていた。
そういうことに疎い海斗に一緒に選んで欲しいと懇願されたのだ。
自分で選んであげな、と言ったけど結局はつき合うことになってしまった。
麗香は、深雪の好きなものを考えて、いくつかの候補を海斗に提示した。
最終的には本人に選んでもらえるように。
なのに、優柔不断な海斗はなかなか決断できなかった。
売り場を何度も行ったり来たりした。
「麗香だったら、どれがもらって嬉しい?」
その言葉に麗香は困惑した。
私ではない、深雪の誕生日でしょ。
しかも、海斗が選ばなければ意味がない。
そう言ったら、抱きしめられた。
突然のことで、わけがわからなかった。
その時だった。
抱きしめられた麗香の目線の先に深雪が見えた。
気がした。
その時、海斗は何やら告白していたようだが、麗香はあわてて海斗を突き放して、深雪を追いかける。
しかし雑踏の中には、その姿は見えなかった。
気のせいか、見間違いか。
そう思いたかった。
そもそも、そんな偶然などあるわけがない。
しかし、次の日の深雪の態度はなんだかよそよそしかった。
少なくとも麗香にはそう見えた。
だから、遠回しに聞いてみた。
「昨日、何してたの?」
「うん? なんで? 渋谷にはいかなかったよ」
その答えで充分だった。
やっぱり、あの時見た姿は深雪で間違いない。
でも、どう否定しようか麗香は迷った。
深雪に直接問いだされたわけでもない。
変に説明しても、かえって苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。
まずは、海斗が誕生日プレゼントを渡すまでは様子をみよう。
深雪の誕生日はもう少し先だった。
中学生の麗香はそう判断した。
それが間違いだった。
苦し紛れの言い訳でもよかったのだ。
あの時、言い訳できていたのなら。
様子をみようだなんて、ただたんに怖かっただけだ。
自分の勇気のなさを麗香は激しく呪った。
しばらくは、平穏な関係が続いていた。
もしかしたら、海斗が説明して誤解が解けたのかも、と思った時だった。
「……死んでもらっていい?」
「……え」
「聞いてる? 麗香?」
電話で突然言われた。
麗香は言葉を失い、返答できず、変な間が空いた。
「だからさ……死んでほしいの」
まさか、そこまで言われるとは思わなかった。
だから、まったく返答できずにいると、電話は切れた。
その電話があった日は、一睡もできずにいた。
どう説明しよう。
どう言えば、深雪にわかってくれるのだろう。
そんなことを暗闇の中で、自問自答した。
「……死んで」
そんな言葉を人から
ましてや親友と思っていた深雪に言われるなんて思いもしなかった。
だから、そのあと、麗香は三日間学校を休んでしまった。
今から考えると、それも間違いだった。
深雪と顔をあわせることができない、というのは正直な気持ちだったのだろう。
しかし、本当に熱を出して寝込んだのも事実だった。
這ってでも、学校に行くべきだった。
なぜなら、その間に、深雪が亡くなってしまったから。
自殺ではないという。
それは突然死。
心臓が生まれつき悪く、心臓発作だったのだという。
しかし、麗香には、どうしてもそうは思えなかった。
そもそも、心臓が悪かったことすら知らなかった。
「死んで」と言った本人が死んでしまうなんて。
それはまるで呪いのように、麗香を苦しめ続けた。
きつく、重く、激しく。
何度も何度も襲いかかる。
そのたびに、麗香は激しい息切れをする。
呼吸がうまくできなくなった。
親友が突然亡くなった悲しみよりも、激しい後悔と自己嫌悪にさい悩まされる日々が続いた。
このことは今まで、誰にも相談してこなかった。
何年、何十年もの間。
誰にも。
このことに罪があるのなら、私を罰してほしい。
私を刑務所へ閉じ込めてほしい。
麗香はそうずっと願っていた。
一生
一生、自分はこの十字架を背負っていかなければ、ならない。
深雪を死に追いやったのは私だ。
そう思い続けていた。
自殺じゃないのかもしれない。
でも、自分に対して激しい怒りと恨みを抱かせてしまい
そして、心臓の弱い深雪を死に追いやった。
「死んでもらっていい?」
直接顔をあわせて言われたわけじゃないのに
そう言う深雪の顔は、なぜか笑顔だった。
暗闇に浮かぶ笑顔。
それは、麗香の脳裏に焼き付いて消えることはなかった。
名もない罪。
誰にも言えずにいた。
誰かに告白したかった。
ずっと
ずっと。
だからかもしれない。
同じ「みゆき」という名の少女に、とうとう告白してしまった。
「死んで」と言われた事
そして、亡くなってしまったという事
その二つは伏せて
自分にもあったよくある三角関係の話として。
「……へぇ、そんなことが麗香さんにもあったんですね」
「うん。だからね、何かあったら、とことんまで話した方がいいわよ直接。後悔しないために」
「はい、ありがとうございます。それで、そのあとはどうなったんですか? その、みゆきさんとの仲は?」
「え、うん? ま、まぁ、結局ぎくしゃくしたまま疎遠になってしまって……」
「そんな。ちゃんと話せばよかったのに」
「私もそう思う」
「でも、なんで、麗香さんが抱きあっているところをみゆきさんが見てたって断定できるんですか? そんな偶然ありますか?」
「まぁ、そうだよね。運が悪いよね?」
「偶然すぎます。ドラマじゃないんですし、やっぱり見間違いのような気がします。麗香さんが見られたくないって思っているからこそ、そう見えたんですよ」
きっと、美幸なりに麗香をフォローしてくれているのだろう。
それは嬉しい。
でも、それはただの気休めにしかならない。
「そう思いたいけれど。それはないよ」
「なんでですか? だって渋谷には行っていないって、はっきり言ったんですよね」
「そう、はっきりと。だからこそ」
「だからこそ?」
「そう。渋谷に行っていないのなら、渋谷に行っていないって言うわけないでしょ」
「うん? すみません。頭が混乱してきました。なぞなぞですか?」
美幸は腕をくんで頭を傾げる。
本当にわからないのか
もしかしたら、とぼけているのか
麗香には判別つかなかった。
「つまりわね……そう、たとえばこのケーキ」
麗香は美幸が食べていたケーキを手に取って、少しだけ遠ざける。
「美幸ちゃんがトイレに行っている間に、このケーキが誰かに食べられてしまっていたら」
「それは困ります」
「困るわね。それで、ケーキを食べてしまった容疑者を問いつめようとするわけだけど」
「容疑者を?」
「そう。私は食べていないわよ。上に乗っているクリームはとっても甘くまろやかで、スポンジはふわっふわ、甘酸っぱいイチゴとのバランスが最高のショートケーキ、なんて食べてないわよ」
「いや、食べたでしょ、絶対」
「ね。そういうこと」
「あー」
麗香は、ケーキを美幸の前に戻す。
そのケーキを美幸はじっと見つめる。
「はー、分かりやすっ。さすがは麗香さん」
顎に手をそえて、オーバーアクションで美幸は驚く。
「でも……」
「でも?」
ショートケーキに乗ったイチゴを美幸はフォークで刺した。
「それは渋谷に行ったことは確かだけど、麗香さんと幼なじみさんが抱きあっているところを見ていた、ということには、ならないんじゃはいんへすか?」
イチゴを頬張りながら美幸は言った。
「え?」
「ふぇ?」
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
麗香は、そんなあまりにも簡単なことに、たったの一度も思い至らなかった事実に気づきフリーズしてしまう。
自分の心の奥底にこびりついた十字架が、少しだけ、ほんの少し傾いたような気がした。
「麗香さん?」
「そうね。確かに。でも……」
しかし、すぐに頭をフル回転させ、いつも麗香に戻る。
いつもの考えを戻す。
「だったら、なんで正直に渋谷に行ったって言わないのかな? それはその事を隠したいからでしょ。つまりは見たことを隠したいからじゃない?」
「うーん。その、ハグした瞬間だけを見てるってのがやっぱり不思議なんですよね」
「不思議?」
「その、見ていた人が仮に、仮にですよ。みゆきさんだとして」
「うん」
「その一瞬だけを偶然、偶然に見るなんてありえますか?」
「確かに」
偶然すぎると麗香も感じていた。
なんて運が悪いのだと。
でも、それ以上深くは考えたことはなかった。
「もしかしたら……」
もしかしたら?
麗香は息をのんで美幸の次の言葉を待った。
「んむぅ、もむっ」
なのに、美幸は何故かショートケーキをほおばってしまう。
「もしかしたら?」
「んんっ、ふぁってください、ほーヒーを……」
美幸はゆっくり、ゆっくりとコーヒーを飲む。
その、ほんのちょっとの時間が麗香にはもどかしい。
もしかしたら……?
麗香にとって、そんなことを期待すること、考えること、それじたい禁忌だった。
深雪の真意は違っていたなんて、本当にありえるのだろうか?
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