解決編
「会話の中にヒントがあるんですよね」
「えぇ」
「会話を繰り返し考えてみました。会話の中では拘置所と言ってました。拘置所というのは……」
「と、いうのは?」
「刑が決まった人だけでなく、刑が決まる前の人もいるんですよね」
「よく、知ってたわね」
「もちろんです。そこがポイントなんですね。今度は拘置所。つまり、まだ刑は確定していなかった。つまりは保釈だったんです。だから出てこられた」
「なるほど」
「どうです。これが正解です」
「保釈ってことは、勾留されているのよね」
「えぇ、そうです。一週間。申請すれば、一週間ぐらいで認められるんじゃないですか?」
麗香さんは今度はまいったという風に腕を組み、目をつぶる。
「ね、そうですよね」
「うん、そのとおり」
「やった」
「でも」
「でも?」
「保釈されるってことは、勾留されているのよね?」
「えぇ、だから刑務所ではなくて東京拘置所だったんです」
「そうじゃなくて、勾留されてなかったわよね? 一週間前まではずっと。お見舞いにきてたのよね?」
「あ……れ?」
私は、自分で言っててわけがわからなくなり、大げさなくらい顔を傾げる。
「保釈って、逮捕されてからずっと勾留されていて、やっと保釈申請してそれが裁判所で認められて釈放されるものじゃなかったかしら?」
「そうです……そうですよ」
私は、顔が熱くなって、真っ赤になるのを自分でもわかるほどだった。
「もう、恥ずかしい、穴があったら入りたい」
私はテーブルに顔を突っ伏した。
「いい線いってたわよ」
「なぐさめないでください」
麗香さんが私の肩を優しく撫でる。
「じゃあ、いったいなんなんですか? 正解は?」
私は突っ伏したまま聞く。
「だって、刑務所で働いている人でも、受刑者でも、ボランティアでも、見学者でも、面会者でも、刑が確定する前の人でもないんですよね?」
「えぇ」
「だけど、刑務所に行く」
「えぇ」
「そんな人、います?」
「いるわよ、一人」
「誰ですか?」
「そこまで期待されると、言いにくいのだけど。がっかりしないでね」
「もったいつけないでください」
「だから」
「だから?」
「つまり」
「つまり?」
「刑務官になろうとしてたのよ。その息子さんは」
「え……」
いまいち私にはピンとこず、顔をあげ、麗香さんの顔を見た。
麗香さんは少し困ったような笑顔をした。
「ほらっ、なんだそんなことかと思ったでしょ?」
「いえ。というか、よくわかりません。刑務官になろうとした?」
「そう、刑務官の試験。つまり公務員試験を受験したのね。だから、試験を〈頑張る〉って言ったのよ。頑張るって、そういう意味で、そこがポイントだったの」
「ちょっと待ってください。それはないですよ」
麗香さんの答えに私はいまいち納得していなかった。
それは、あくまでも麗香さんの推理でしかないのだから。
「東京拘置所ですよ。たしか、死刑囚がいるところですよね」
「えぇ」
「そんなところで試験なんかするんですか? いとこのお姉ちゃんが公務員試験を受けたことありますけど、たしか大学とかが試験会場になるんじゃないんですか?」
「まぁ、そうね。普通、大学の試験会場が多いわね。でも、刑務官の場合は刑務所でするの」
「本当ですか?」
「本当、本当」
麗香さんの言葉を疑うわけではないが、いまいち信じられなかった。
私の中での刑務所のイメージはとても怖いもので、そこで試験だなんて考えられないことだった。
受刑者でもないのに、そしてまだ職員にもなってないのに、あの塀の中に入るだなんて。
もしも、受刑者に出くわしたら?
私だったらと考えたら怖い。
それに、公務員試験は筆記試験と面接ぐらいでしょ。
刑務所でする意味はどこにあるのだろう?
しかし、麗香さんの返答はまた、的確だった。
「逆に、何故刑務所じゃ駄目なのかしら。刑務所の中にも大きな会議室はあるのよ。それに医務室も、武道場も。身体検査や体力検査もあるからかえって好都合なのよね。むしろ大学を借りる方が大変なんじゃないかな?」
「でも、府中刑務所に、今度は東京拘置所っていうのは」
「試験会場は毎年変わるの」
「な、なるほど。ちょっと信じられないですけど、確かにそう言われればなんだかそんな気がしてきました」
なんか言いくるめられた気もしないでもないけど、
「でも、仮にそうだとしても、やっぱり断言はできないですよね。もしかしたらボランティアの可能性だって……」
いや、正直ボランティアの可能性の方が少し高いような気がする。
歌や漫才ではなくてもっと別なことで。
「そうね、断言はできないわね。でも……」
麗奈さんはそう言って、スマホで何やら検索して見せてくれた。
「たぶん間違いないと思うの。退院したのが昨日なのよね。一昨日の日曜日が刑務官の試験日なのよ。ほらっ」
「あ、本当だ」
それでも、ひとつだけ引っ掛かることが、
「じゃあ面会はしばらく無理って、なんだったんですか? 試験だったとして」
「それは、刑務所の話ではなくて、病院の面会が無理だってことじゃないかしら? 試験直前の一週間は試験勉強に集中したいからって」
「ぐっ」
たしかに。
たしかに、そのとおりかもしれない。
そのための一週間なのか。
「でもでも、息子さんは工務店で働いているんですよ。40代ぐらいだし。試験って高校生や大学生が受けるんじゃ」
いとこのお姉ちゃんも大学生だ。
「大人が夢をみるのは悪いことじゃないわよ。確か40歳くらいまで受けられるんじゃないかしら? だからこそ、これが最後だって言ったんじゃないかな?」
「うっ。たしかに」
筋は恐ろしいほどとおっている。
もう、それで間違いない気がする。
そもそも、病室で、刑務所に行くなんて、そんな話をするはずがなかった。
でも、本人たちは刑務官試験を、受けに行くっていう話をしているつもりだっんだ。
だから、ぜんぜん聞かれてもいいわけで、なるほど。
母の、そして私の大きな勘違いだったのだ。
「でも、なんで、退院する時に試験はどうだったの?とかの会話がなかったんですかね?」
それだったら話は簡単だったのに。
「そして、息子さんは受かったんですかね?」
気になる。
最後だというならなおさら。
「うーん。試験結果が出るのはけっこうあとだからね。でも、あまりよくなかったのかも」
「何故ですか?」
「試験の手応えが、あまりよくなかったから、母親にはすぐに言えなかったんじゃないかしら? 母親もそれがわかっているから、あえて聞かなかった」
「そんな……」
「でも、それこそわからないわよ。手応え充分でも落ちることもあるし、その逆も」
「そうなんだ。受かるといいですね」
「そうだね。はいっ、頭を使ったでしょ? 本日のおすすめケーキをサービスっ」
「わぁ、いいんですか」
「どうぞ」
これがあるから、たまらない。
私はケーキをほおばりながら聞いた。
「へも、はんで、すぐわかったんですか? 普通わからないですよ」
「だって、私も行ったことがあるから、東京拘置所」
「え」
ケーキをさそうとしたフォークの手が止まる。
「それは……麗香さんも刑務官試験を受けたことがあるってことですよね。もしくはボランティア?」
「さぁ? どうでしょう? もしも、私が人を殺したことがあるって言ったら、どうする?」
「……え」
「ふふっ。冗談よ、冗談」
麗香さんが不敵な、それでいてどこか魅かれる笑顔を作る。
固まった私をおいて、麗香さんはすぐに呼ばれたお客様のもとに行ってしまう。
「あ、は~い」
私は麗香さんの後ろ姿を見つめる。
麗香さんの過去の謎は絶対に解けそうにないなと、私は思った。
せっかく、問題は解決したのに、また今夜も眠れそうにない。
(おわり)




