第3話「刑務所に行く男」
男は、母親に告げる。
「刑務所に行ってくるよ」
「はい美幸ちゃん、コーヒーおまたせ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、こないだの赤ちゃんの靴は解決できたかしら?」
「はいっ。結局聞いてしまいましたが」
「そ」
麗香さんはそれだけ言って、接客に戻ってしまう。
答えは気にならないらしい。
麗香さんには、恋人はいないのだろうか?
結婚はしてないって聞いたことがあったけど。
麗香さんだったら、男の人はみんな振り向くじゃないのかな。
なんなら、私だって……
「ん? どうしたの?」
いけない、麗香さんの顔を眺めすぎてしまった。
麗香さんが優しい笑顔で私に微笑みかける。
「な、なんでもないです。れ、麗香さんは、わかってたんですね。赤ちゃんは亡くなっていないって」
「まぁ、なんとなくね」
なんとなく。
「じゃ、じゃあ、これはどうですか?」
「なに?」
私は麗香さんに、昨日あった不思議な出来事を話した。
それは、母から聞いた話。
私の母は今、入院をしている。
「そうなの? 大丈夫?」
「大丈夫です。たいしたことないですから」
本当にたいしたことなくてよかった。
問題は母の隣の人の話。
昨日、お見舞いをした時に、隣の人はすでに退院していた。
ベッドがキレイになっていたから気になって、母にそのことを聞いたら、母は何故だか難しい顔をした。
そんな母の顔を見て私は、もしかしたら退院したのではなく、亡くなったのかと一瞬思ってしまったが、そうではなく、無事、退院したとのこと。
だったらなんでそんな顔をしているのだと聞いたら、母が話してくれたのだ。
それは、こんな話。
隣の人は、母よりも年上で、たまにお互いのことを語りあっていた。
名前を片山由美子さんという。
片山さんには一人息子がいて、毎日ではないが、お見舞いに何度か来ていた。
私も何度か見かけたことがある。
歳は40代くらいだろうか?
いつも作業服をきていて、ナンとか工務店と胸元にかかれていた。
問題はその息子さんで、ある日のお見舞いで、母は、二人の会話を偶然聞いてしまったらしい。
「……今度、府中刑務所に行くのかい?」
「いや、今度は東京拘置所に行く」
「拘置所なのかい? そうかい、無理しないようにね」
「心配かけてすまない。これが最後だから」
「気をつけていくんだよ」
「あぁ、頑張るよ」
「面会は?……」
「悪いけど、しばらくは無理だと思う」
仕切りのカーテンごしにこんな会話が聞こえてきたという。
聞いてはいけないと思いながらも、物音を立てないようにして、しばらく母はそのまま寝た振りをしていたらしい。
内容が内容なだけに、その日、私がお見舞いに行った時も私には話さずにいた。
たしかに、母の様子がおかしい日があったことを記憶している。
それが先週の日曜日の話。
話のとおり、翌日の月曜日には息子はお見舞いにはこず、別の女性が来ていた。
片山さんには息子が一人だけ。
会話の内容からどうやら姪らしいと母は思った。
まさか、息子さんはどうしたんですかとは聞けない。
年老いた親を心配させて。
と、同時に、身近に犯罪者がいたことに少し恐怖も覚えた。
たしかに、ぶっきらぼうな感じで少し怖い印象を、私自身も受けていた。
親子ふたりなのに。
なんて気の毒なのだと母は一人思っていた。
なのに、なんと一週間後の退院の日に息子はしれっとやってきた。
母は正直大変驚いたことだろう。
刑務所に行くと言っていたのに。
いくらなんでも一週間の刑期なんて聞いたこはない。
親子二人はそんなことはまったく話もせず、急いで退院の準備をして、そそくさと行ってしまった。
挨拶された時、聞きたい衝動をなんとか我慢して、空いてしまったベッドを見た私に、とうとう打ち明けたというわけだ。
保釈というやつなのかしら?
と母は素朴な疑問を私に投げかけた。
いや、それをいうなら釈放でしょ。
いやいや、釈放にしてもおかしいよね。
私は母の聞き間違いなのではないかと思い、母にそう告げたが、母はそんなはずはないという。
たしかに刑務所に行くと言っていた。
それが昨日の話。
結局、答えは出ず、モヤモヤしていた。
もしも、聞き間違えではなかったとして、刑務所に行った人が、たった一週間で出てくることがあり得るのだろうか?
たとえば、冤罪だったということで、すぐ出てこられたとか?
いや、それなら、きっと大ニュースになっているだろうし、片山さんも、もっと喜んだはずだ。
では、いったいどういうことなのだろう。
直接聞くことはできないだろうか?
しかし、片山さんの連絡先は聞いてないらしい。
そんなこんなで
夜も眠れずにベッドの中で、ずっと考えていた。
「わかります? この謎、といっていいのかわかりませんけど」
「うーん。ごめんなさい」
「ですよね、意味不明ですよね。やっぱり母の聞き間違えかなにかで……」
「あぁ、違うの。どこがおかしいのかなって」
「……え?」
それはあまりにも予想外の返答で言葉が出ない。
麗香さんの表情には皮肉も嫌みもなかった。
どちらかというと困ったような顔をしていた。
「お、おかしくないですか? だって、刑務所を一週間で出てきてるんですよ」
「えぇ、だからそれは、刑……」
「ちょっと待って下さいっ」
私は手のひらを麗香さんの前に押し出し、言葉をふさいだ。
「もしかして、答えはわかってるんですか?」
「答えというか、まぁ」
そうなんだ、よかった。
私はクイズが苦手なのに、そのくせ大のクイズ好きで、答えがどうしても気になってしまうたちなのだ。
だからCMなんかでクイズ番組の問題だけを聞かされるのが一番の苦痛。
以前、録画したモノの中にクイズの問題だけがあった時は気になって気になって、しょうがなかった。
その時は答えにたどりつくのに、約一年もかかってしまったっけ。
だから、今回のことも、正直母に少し怒りを覚えた。
母は、ちょっとおかしなことを世間話として私に話しただけなのかもしれないが、私にとっては答えのないクイズを出題されたようなもの。
「麗香さん、それって間違いないですか? 自信持って正解だといえますか?」
「答えっていうほどじゃないと思うけど、たぶん」
「よかった。一生解けないクイズを聞かされたと思って」
「一生……ね」
「わかりました。今度は当てます」
すぐにでも、答えを聞きたい。
が、どうしても自分で答えを出してもみたい。
とはいったものの、簡単には答えは出ない。
だって、昨日一晩中考えても出なかったのだから。
とりあえずは、考えた可能性をあげていく。
「たとえば、真犯人がみつかって釈放された……」
と、言いかけたが
麗香さんに否定する前に、
「……なわけないんですよね、もちろん。もちろんわかってます」
自分で否定する。
だとしたら、
「そもそも、刑務所で働く人だった。えーと、警察官?ではなくて」
「刑務官ね。たしか、工務店で働いていたんじゃないかしら」
「うーん、そうなんですよね。うーん、じゃあ、何か見学しに行ったとか? 刑務所って見学できるって聞いたことがあります」
「よく知ってるわね。そうなの。でも見学はできるけど、心配するものかしら?」
「心配? そっか、そうですよね。では、ボランティア? ほらっ、受刑者に向けて何か歌とか漫才とかするやつあるじゃないですか。慰問でしたっけ? もしかして、趣味でやっていたのかも……」
「歌や漫才を?」
私は片山さんの息子さんの風貌を思い浮かべる。
「すみません。違いますね」
「人を見た目で判断しちゃだめだよ」
「じゃあ、正解ですか?」
「違うけど」
「ほらっ、もう。じゃあ、ちょっとだけヒントを下さい」
「ヒント? と言っても。もう一度親子二人の会話をよく考えてみて」
「え、会話を? えーと、たしか……府中の刑務所に行くって言って……いや今度は拘置所に行くって、それで、気をつけてねって……」
うん?
なんで二つの刑務所なんだろう?
それだけ犯罪をしている人って思ったけど。
今度は拘置所?
今度は……
「あっ、わかりました」
「わかった?」
「えぇ、刑務所の中の施設を建設する作業員の人だったとか。工務店ですもんね。前の事業は府中刑務所で、今度は別の仕事で拘置所にってことだったんですね」
「おぉっ」
麗香さんは驚いた表情になる。
「どうです。正解でしょう」
「待ってね、国の施設の工事は入札されていて、ホームページにも載っているから……」
麗香さんはスマホで検索する。
ということは正解?
ようやく、私も自分で答えを導きだすことが出来た。
満足して、少し冷めたコーヒーを口に入れる。
苦みのあるコーヒーが喉を緩やかに下っていく。
「おしい。今はどこの建設業者も入ってないみたい」
「えー、正解じゃないんですか? 正解の雰囲気ださないくださいよ。でもいい線いってなかったですか?」
「うーん。どうでしょう?」
「もう少し、ヒントをください。ヒント」
「うーん。もっと思い出してごらん。何を言ってたの?」
もっと?
だから……
無理しないように……
頑張るよ、これが最後……
面会は……
しばらくは無理……
ん、面会?
そうだよ、面会って言ってたはず。
ということはやっぱり受刑者以外考えられないじゃん。
でも、受刑者ではないんだよね。
うん?
ちょっと待って。
麗香さんは違うって言ってたっけ?
いや、言っていないよ。
そもそも、はじめから排除していたんだ。
「どう、降参?」
麗香さんが優しい微笑みを浮かべる。
「もうちょっと待ってください」
もうちょっとで答えが出る。
そうだよ、灯台もとくらし。
ミステリーでもよくあるよね。
まわりまわって一番はじめに出した答えが正解だった。
もう、麗香さんの術中にはまってしまった。
「わかりましたよ」
「わかった?」
「麗香さん、もう一度確認します」
「うん」
「片山さんの息子さんは刑務官ではない」
「では……ないわね。もっと言うと、刑務官に限らずもっと広い意味で、刑務所の中で働いている職員でもない」
「あ、そういう人もいるんですね」
「うん。お医者さんや看護師さん。管理栄養士さんもいるし、事務職の人もいる。他にもいろいろ」
「へぇー、そうなんですね」
「そう」
「なるほど。じゃあ、刑務所で働く人ではなく、そして委託業者さんでもない」
「そうね」
「ボランティアをする一般人でも、見学者でもない」
「うん。ついでに言うと、受刑者に面会しに行った人でもないわ」
あ、その可能性考えてなかった。
でも、答えは変わらない。
答えは、やっぱり残った一つじゃないか。
私は思い出していた。
ニュースで有名人が東京拘置所から出てくる映像を。
そうなんだ。
母がはじめから言っていたじゃないか。
○○だって。
なるほど
だから、麗香さんは、そもそも、謎にすらなっていないって言ったんだ。
なるほど。
「どうしたの? ニヤニヤして」
「ふふふっ、完全にわかりましたよ。もう、麗香さんはいじわるなんだから」
「そう? では聞かせてもらおうかしら」
「はい」
私はコーヒーを一口すすり、呼吸を整え
もう一度、頭を整理する。
息子さんが、刑務所に行った理由、それは……
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