解決編
コーヒーを飲みながら、そんなことを考えていると、ネコが寄ってきて俺に体をすりよせてくる。
一部禿げてはいるが、名前のとおり真っ白な毛並みの猫だ。
「本当は飼っちゃいけないんだけど、特別にね」
ネコは俺に目線を向けて、ニャーと鳴く。
「命の恩人だもんね。ユキちゃん……本当にその節は、ありがとうございました」
おばあさんは深々と頭をさげる。
「なんてお礼をしたらよいのか」
おばあさんは、机の上になにやら小さな封筒を差し出す。
「いえいえ、受けとれませんよ」
本当に、そんなつもりはなかった。
「受けとってください。本当に本当に感謝してますので」
「はぁ」
俺は、断りきれずに受けとる。
「私たち夫婦には子供が……いなくてね。ユキが、もう、この猫だけが、子供の代わりなのよ」
子供がいない……
俺は、思いきって聞いてみた。
「あの~、3年前に引っ越していらした頃、僕と同い年くらいの女の子がいませんでした?」
今は、いない。
それはわかった。
でも、きっと前はいたはず。
そうに違いない。
俺は、どうしても確かめたかった。
「いた、とは?」
「お家に、一緒に住まわれていたのでは、ということです」
「3年前に?」
「はい、3年前に」
「いえ、そんな子はいません」
おばあさんは、迷いもなくきっぱりと言う。
「お孫さんも?」
「子供が……いないので、もちろん、孫もいないのよ」
そりゃそうか。
「じゃあ、親戚の子とかが遊びに、というか泊まりにきたとかは?」
「泊まりに?」
「はい」
「はて? そんな子いたかしら?」
「名前は、確か、ユキちゃん……」
「え!? ユキと一緒? そんな子……いたかしら?」
おばあさんは首をかしげる。
いるはずだ。
確かに会った。
決して俺の想像なんかじゃないはずだ。
俺は、あらゆる可能性を考えつくした。
このさい、あの部屋にいなくたっていいんだ。
一度か二度、泊まりに来たとか、遊びに来たとかでもいいんだ。
いてさえくれれば。
それを勘違いしたとか。
「ごめんなさい……やっぱり、思いつかないわ。引っ越す前の家だったら親戚の集まりもあったんだけど、こっちに来てからは、もう、誰かが泊まったりしたことはないはずよ」
そんな……
いや、あきらめない。
いるはずだ。
だったら、
「引っ越しの日は? 引っ越しの日に、女の子いませんでした? 親戚の子だけではなく、知り合いの女の子とかが手伝いに来ていたとか? そんな子と一緒に挨拶されませんでした?」
「引っ越しの日に?」
「はい」
さすがに、変な質問だったろうか?
おばあさんは難しい顔をして考えこむ。
「いえ、やっぱりいないはず。うん、いないはず。引っ越しは大変だからすべて業者にまかせたし、挨拶もたしかに夫婦二人で……あの~なにか気になることでも?」
「あ、いえいえすみません。変なことを聞いてしまって」
そう言われると、夫婦二人で挨拶に来られたような気もしてきた。
そんな記憶がよみがえる。
でも、ユキちゃんが挨拶している記憶も鮮明にあるのだ……
「……たぶん、近所の子が遊びにきたのを勘違いしているのかも知れませんね。どこの子かなと思って、変な質問を」
「いえいえ」
近所の子?
自分で言って、はっとする。
もしかしたら近所の子だったのか?
いやいや、近所の子だったら誰だったか知っているはずだ。
じゃあ、本当にいないのか。
俺はおばあさんの部屋を見渡す。
部屋には、女の子どころか、誰の写真も飾られていなかった。
あの子はいったい。
なんで俺は、ずっと妄想していたんだ。
だったら……
俺は、もう一つの疑問をおばあさんにぶつける。
「あの~、もう一つ変なこと聞きますが、陰山さんの家で……玄関の脇の部屋、ありますよね」
「えぇ」
おばあさんは不思議な顔をする。
失礼な質問だとはわかっている。
でも、もう聞かずにはいられない。
「あそこの部屋って、ユキちゃんの……猫の部屋なんですか?」
あの部屋を眺めていると、おばあさんの「ユキちゃん、ユキちゃん」と呼ぶ声がするのを何度か聞いた。
だから、勘違いしてしまったんだ。
ユキという少女、ひきこもりの美少女を頭の中ででっち上げてしまった。
「いえ、あの部屋は物置になっているのよ。なんでかしら?」
物置?
「いえ、夜中じゅうずっと明かりがついていたので」
「あ、ご迷惑でしたか? カーテンをしてたから大丈夫だと思ってたものだから」
「ぜんぜん、迷惑ではありません。ただ気になっただけで。猫のためなんですか?」
「いえ、猫にとっては逆に暗い方がいいのだけど」
それもそうだ。
「じゃあ」
なんで、あの部屋は、夜中じゅう明かりがついていたのだ?
それも毎日、規則正しく。
「あぁ、あれはね。お恥ずかしい話で、夜中にお手洗いに行くことがありまして」
「はぁ」
トイレ?
「ですからね。お手洗いに行く廊下の電灯がずっと壊れてしまっていて、それが、まぁ高いところにあって、交換ができなくってね」
なにか話が通じてないような気もするが……
ちゃんと俺の質問の意味は伝わっているのだろうか?
「なので、物置部屋の電気をつけて……」
「はぁ、部屋の電気を?」
うん?
どういう意味だ?
「そして、ドアを少し開けとけば……」
ドアを、開ける?
「あ、電灯の代わりに?」
「えぇ」
そうか。
だから、暗くなったら点いて、朝になると消えるんだ。
それも毎日決まって規則正しく。
夜中暗い中トイレに行くための
廊下の電灯代わり?
まさか、そんなことだなんて
思いもよらなかった。
誰もいない
猫すらもいない、ただの物置部屋を毎日眺めて、恋い焦がれていたなんて。
バカすぎて
誰にも言えない。
倉橋にだって、この真相は言えるわけない。
まだ、あの部屋はおばあさんの部屋だった、ということにしておいた方がいい。
その夜は、ショックなのか、コーヒーを飲んだせいなのか、なかなか眠れなかった。
本当に、いなかったんだ。
それが確定してしまって、俺は人知れず泣いた。
俺が作りあげた存在しない少女。
陰山ユキ。
ある日、隣に美少女が引っ越してくる。
よくよく考えれば、あり得ないほど出来すぎた妄想だと自覚する。
そう思うと、いまさらながら恥ずかしくなってきた。
まわりにあんなに力説してしまうなんて。
でも、だからと言って、陰山ユキちゃんの記憶は消えない。
ずっとずっと、妄想の陰山ユキちゃんを思い続けていたんだから。
だからか、その夜、ユキちゃんの夢をみた。
その姿は、まだ中学生のユキちゃんだった。
夢の中で、陰山ユキちゃんが俺に語りかける。
「……はじめまして、私、陰山ミユキといいます。私のお父さんと、お母さんをよろしくお願いしますね」
ユキちゃんは満面の笑顔で笑った。
オシャレで可憐な姿はいつもどおりだった。
「あ、気になります? この鞄、ものすごくかわいいですよね?」
(おわり)




