第1話「ひきこもりの美少女」
これは俺の初恋の話。
存在しない少女に恋した話。
その子の名前はユキ。
中学3年生から、3年間、ずっと片思いだった。
彼女のことは、今まで誰にも話したことはなかったが、家に遊びにきた友達の倉橋に、つい話してしまった。
「かげやま、ゆきちゃん? 聞いたことないな」
「だろうな。ずっと、ひきこもってるんだ」
「んぁ? ひきこもってる?」
「そうだ。ほらっ」
俺は窓を開けて、向かいの家を指差す。
その先にはカーテンが閉ざされた一部屋があった。
「おまえ、ここから覗いてるのか? ストーカーか?」
「何を……ただ見守ってるだけだ」
そう、俺は自分の部屋から、彼女の部屋をただ見守っている。
それだけでよかったんだ。
「どんな感じの子だ」
それはそれは
かなりの美少女。
可憐で、オシャレな女の子だった。
「本当か? 写真は?」
「写真はない」
「いくつくらいなんだ?」
「同い年、同級生だな」
「だったら、中学の時に一緒だったんじゃないか?」
「いや、ちょうど3年前に引っ越してきたんだ」
会ったのは、その引っ越し時の挨拶の一回だけ。
それ以来ずっとひきこもっている。
「は? ずっと? 一回だけ? 3年間、一度も会ってないってことか?」
「あぁ」
窓を締め切ったまま、ずっと引きこもっている。
一度も外には出ていない。
「なんだよ。だったら美少女だなんてわからないじゃないか」
そんなはずはない。
「いーや、部屋から出ていないなら、きっと太っているんじゃないか?」
そんなわけがない。
彼女は美少女で間違いない。
俺の中では可憐なまま成長しているんだ。
「ちらっと見たとかは?」
「それもない」
「3年間で一度もか? コンビニに出掛けたり、庭に出たりとかは?」
「いや、ない」
「一瞬でも、窓を、いや、カーテンを開けたりとかは?」
「ない」
それができないからひきこもりなんだろ?
「いやいや。さすがに一度もみかけていないなんて。本当にいるのかも疑問になってきた。もしかしたら、いないんじゃないか? 今だって、電気がついてなくて、いる気配がないぞ」
「きっとまだ寝ているんだよ。彼女は夜型だからな」
「ほんとか? 本当にいるのか? ほかの誰かに確認とかしたか?」
もちろん。
俺は、母親に聞いたことがあった。
母はよく、お向かいさんとおしゃべりをしているからな。
しかし、向かいの家は、年寄りの夫婦が二人暮らし。
子供はいないはずだと言われた。
そりゃそうだろう、と思う。
だって、3年間も引きこもってるんだ。
おそらく年齢的に子供じゃなくて孫娘のはずだが、
たぶん、公にはできない事情があるんだろう。
「そうか? 怪しいな。母親のいう通りなら、おばあさんの部屋と勘違いしていて、実は、お前の妄想の中のだけの女の子なんじゃないのか。しかも美少女だなんて」
「いや、違う。妄想の中の少女じゃない。現実にいるんだ」
そう力説したが
倉橋は何故か、俺が妄想の中の少女に恋している、なんて、そう決めつけて帰っていった。
陰山ユキちゃんが存在しない?
そんな、まさか……
考えたこともなかった。
あぁ、話をしなければよかったと、少し後悔する。
が、まぁ、しかし意地になって反論するつもりはない。
俺だけがわかっていればいい。
俺は毎日、ユキちゃんの部屋を見守るのが日課だった。
それだけでしあわせだった。
季節によって違うが、辺りが暗くなると、部屋の電気がついて、起き出す。
そして、朝になると電気が消えるんだ。
それが毎日。
おばあさんが、あるいはおじいさんが、そんな夜型生活をできるわけがないだろ。
事実、二人は日中は散歩や買い物に出掛けているしな。
◇ ◇ ◇
しかし、事件は起きた。
ある日、陰山ユキちゃんの家が火事になった。
俺は、消防車のサイレンと人々の騒ぐ声で目を覚ました。
飛び起きて窓を開けると、目の前には巨大な炎があった。
陰山ユキちゃんの家が燃えていた。
俺は部屋着のまま、家を飛び出した。
サイレンは聞こえるが、まだ消防車は来ていない。
ここが住宅街の真ん中で、狭い道に苦戦しているのだろう。
野次馬が集まる中、老夫婦は家の前で、立ち尽くしていた。
よかった、老夫婦は無事のようだ。
でも、ユキちゃんは?
無事なのか?
そう思った時だった。
「ユキっ、ユキが……」
おばあさんが、声にならない声で叫んでいた。
まさか……
まだ、この中にいるというのか?
陰山ユキちゃんが。
俺は目の前の家を見る。
炎で顔が熱い。
一歩近づこうとすると、肩を捕まれて制止される。
「危ないっ、下がるんだ」
「え、だって、まだ中に、人が……」
「大丈夫だ、もう家の中には人はいない」
「え?」
野次馬の中の男性は、俺の肩を掴んだまま。
いや、ユキちゃんが
いるんだろう?
「ユキ、ユキが……」
おばあさんは、そうつぶやいてるじゃないか。
俺の肩を掴んでいる男性は、どうやら近所の人のようだ。
この人も、ひきこもりの少女のことは知らないのか。
くそっ。
そうこうしているうちに、目の前の炎は勢いを増していく。
俺は、男性の制止を振り切って、燃え盛る家へと走り出した。
俺に考えている時間はなかった。
陰山ユキちゃん。
俺の初恋の相手。
待ってろよ。
必ず、救い出してあげるから。
必ず……
◇ ◇ ◇
「……ありがとう、守ってくれて」
陰山ユキちゃんが笑顔で俺に語りかける
「ユキちゃん……会いたかった。おれ、俺……」
ほらっ、ちゃんといたじゃないか。
ユキちゃんに近づこうとしたら、ユキちゃんは消えていった。
ユキちゃん
待って……
気づいたら、そこは病院のベッドだった。
どうやら、俺はユキちゃんの夢を見ていたらしい。
記憶が散漫で、よく覚えていないが、なんとか燃え盛る家から出たところ倒れてしまったらしい。
「……よかった。よかった」
目の前には家族の姿があった。
母は泣きじゃくっている。
「まったく。無茶なことをして……」
父は目頭を押さえながら文句をたれている。
家族から、俺が助け出された様子と、今の状況を説明される。
家は全焼したが、幸いなことに怪我人は、自分以外いないとのこと。
俺も、少し煙を吸っただけで、大事はないとのことだ。
俺以外?
怪我人は?
じゃあ……
「ユキちゃんは? 無事なのか?」
母はなんだか、とまどった表情になる。
なんだ、この間は。
確か、あの時、ユキちゃんの部屋には入ったが
ユキちゃんをみつけることはできなかった。
まさか……
「もう、この子ったら。記憶が、混乱してるのね。ユキちゃんなんて子はいないのに、ねぇ」
まわりには医者と看護師、そして、なにやら警察官らしき人もいた。
きっと、ユキちゃんのことを俺の妄想の中の彼女だと思っている母は、それをまわりの人達に隠そうとしているんだ。
そんな……
こんなことになってまで、そんなこと言ってる場合じゃないのに……
「とりあえず、詳しい話はまたあとで。今は安静にしてあげないと」
医者が割ってはいる。
「いや、俺は、大丈夫。とにかく、ユキちゃんが……」
「まぁ、まぁ」
俺はまだ話したいのに、無理やり休むようにうながされる。
「あ……」
みんなが出ていき、一人にされる。
一人にされた病室で、俺の心は不安に押し潰されそうで、とてもじゃないが、休めそうではなかった。
あぁ、きっと陰山ユキちゃんは助からなかったんだ。
だから、それをみんなで隠しているんだろう。
「よぉ、生きてたか」
「うわっ、びっくりした」
みんな出ていったと思ったら、何故か倉橋がいて、声をかけられる。
「見直したぜ。ビビりのお前が燃え盛る火の中に入っていくなんて。バンジーすら飛べなかった奴とは思えないな」
昔、バンジーを飛べなくて、その時以来ずっといじられてる。
しかし、倉橋の顔は、笑っていなくて真剣だ。
いや、そんなのはどうだっていいんだ。
「なぁ、ユキちゃんは、どうなったんだ」
「あぁ、そのことな。とりあえずは助かったみたいだ。お前が助け出したんだ」
「俺が? だって、さっきはそんな事、誰も」
それに、そんな記憶もない。
ユキちゃんがいなくて、どこを探してもいなくて、とうとう限界で逃げ出してしまったんだから。
「間違いなく、お前が助けたんだよ。認めるよ。お前の愛情を」
「本当か?」
よかった。
本当に。
「あぁ、感謝してたぜ、おばあさん。誰もが猫なんかあきらめろと言ってたのに、決死の行動でお前が助け出してくれたんだからな」
「あぁ」
うん?
今、なんて?
何か変なことを言ってなかったか?
「猫?」
「あぁ、お前が助け出したのは、猫だったんだ。猫のユキちゃん」
「ま、まさか……」
でも、そう言われて、だんだんと思い出してきた。
どんなに探しても、いなかったユキちゃんのかわりに、部屋の片隅に子猫が身を縮めて鳴いていた。
確か、子猫を抱えて逃げ出したような気がする。
「いやいや、ちょっと待て、猫じゃない。人間のユキちゃんは?」
「猫、だっんだよ。間違いない。おばあさんが警察から家族構成を事情聴取されていたのを聞いたから間違いない」
「そんな……ねこ?」
嘘だ
嘘だ
嘘だぁ……
俺の中の、陰山ユキちゃんは美少女で、あの部屋の中で確かに生活していたはず。
どういうことだ?
あの部屋ごと、猫のためだったというのか?
だったら、猫のために電気を夜中つけていたってのか?
じゃあ、引っ越しの挨拶をしたあの少女はいったい?
それすらも、俺の妄想だったというのか?
あぁ
俺は、ベッドに倒れこみ、再び気を失った……
◇ ◇ ◇
退院した俺は、ある日、おばあさんの家に呼ばれた。
そこは小さなアパートだった。
「コーヒーでいいかしら?」
「あ、はい」
おばあさんがコーヒーを出してくれた。
俺はコーヒーを飲みながら、考える。
本当の本当にユキちゃんはいないのだろうか?
だとしたら、何故、あの部屋は、夜中じゅう電気がついていたのだろうか?
それも毎日きっちり……
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